著者:羽田圭介 2012年3月に河出書房新社から出版
隠し事の主要登場人物
鈴木(すずき)
主人公。医療器具メーカーの営業担当。特技は暗記。
佐藤茉莉(さとうまり)
鈴木の恋人。 広告業界で働いていて交遊関係が広い。
小澤タカ(おざわたか)
茉莉の元カレ。一時期は芸術家を志していた。
渡辺健太(わたなべけんた)
鈴木の大学生の頃の友人。 仕事は広告関係。
小橋礼子(こはしれいこ)
鈴木と同期の社員。 頭が切れて打たれ強い。
隠し事 の簡単なあらすじ
恋人の佐藤茉莉に浮気の気配を察知した鈴木は、彼女の携帯電話を勝手に見るようになっていきます。
前々から同僚の女性社員との間柄を疑っていた茉莉も携帯電話に転送機能を仕掛けをしていたために、鈴木のメールでのやり取りは筒抜けです。
メールの転送に気づいた鈴木が携帯の盗み見を認めたために、取りあえずは和解するのでした。
隠し事 の起承転結
【起】隠し事 のあらすじ①
サークルの飲み会でふたつ年下の後輩・佐藤茉莉が彼氏の愚痴をポロリとこぼしたのをきっかけに、鈴木は親身になって恋愛相談に乗るようになりました。
30歳を過ぎたのにアーティストを目指しているという小澤タカから、鈴木はあっという間に茉莉を奪います。
大学を卒業してからは鈴木は全国に支社を持つ医療器具メーカーに入社、茉莉はかねてからの希望だったネット広告の会社に就職。
2DKのマンションを見つけて家賃と水道光熱費を折半にして暮らし始めたのは、付き合ってから5年たった頃です。
近頃では鈴木は休日でも緊急の要件が入って呼び出されることが多くなり、茉莉の方も金曜日の深夜まで働いて土曜の昼まで寝ているために一緒に過ごす時間がありません。
めずらしく定時に退社したある日のこと、先に帰っていた茉莉がシャワーを浴びていて携帯電話をローテーブルの上に置き忘れています。
メールを受信したことを示す赤い光に欲望を刺激された鈴木は、とっさに折り畳み式の携帯を開いてしまいました。
【承】隠し事 のあらすじ②
ディスプレイに表示されていたのは鈴木の大学生時代のクラスメート・渡辺健太の名前で、茉莉とは同業者のあいだで開かれる飲み会で知り合ったはずです。
バスルームから出てきた茉莉にそれとなく着信があったことを知らせてみましたが、今では焼き鳥屋さんで正社員として働いている小澤からのメールだとごまかされてしまいました。
ベッドに入って消灯してからも目が覚めたままだった鈴木は、茉莉が深い呼吸をたてて寝ているのを確認してから彼女の携帯を操作します。
会社の同僚や地元の友人、学生時代の仲間や鈴木からのアドレス表示ばかりで渡辺の連絡先は登録されていません。
暗記科目だけを頼りに受験勉強を乗りきった鈴木は記憶力に自信があり、営業の仕事もほとんどカーナビとアドレス帳を使わずにできるほどです。
「渡辺健太」というあの時の文字は視覚情報として確かに脳に焼き付いていたために、茉莉が都合の悪いメールを消去している可能性があります。
【転】隠し事 のあらすじ③
30人近くいる同期入社の中で転勤の辞令もなく、長く東京本社に配属されているのは鈴木と小橋礼子しかいません。
社内でも数少ない喫煙者であるふたりはしばしば喫煙ルームで顔を合わせては、お互いのパートナーの愚痴を言い合っていました。
ここ数日間の茉莉の不審な行動について相談してみると、消去される前にメールを見る方法を教えてくれます。
茉莉の携帯電話に転送設定を施せば、受信したメールをサーバーを経由して任意のアドレスに届けることが可能です。
鈴木が自分の携帯を確認してみると自動転送設定がオンになっていたために、これまでの小橋とのプライベートなやり取りがすべて茉莉には筒抜けになっていたことが分かりました。
多くを隠していたのは自分の方だったことを思い知らされた鈴木は、転送設定をオフにして水面下での探り合いを終わりにします。
茉莉は会社のパソコンで転送メールを読んでいる可能性が高いので、2日後にはふたりの関係に変化が訪れるでしょう。
【結】隠し事 のあらすじ④
2日後の夜、この日の朝にオフィスにメールが1通も転送されてないことを確認した茉莉はいつもより早めの時間帯に帰宅していました。
平日の夕飯はたいてい外食で済ませてくるはずが、この日に限って鈴木の好きなミネストローネを作って待ち構えています。
ダイニングテーブルの真ん中には鈴木のシルバーの携帯と茉莉のピンクの携帯が置かれているために、せっかくの大好物にも一向に食が進みません。
茉莉はあくまでも渡辺には悩み事を打ち明けていただけ、鈴木も小橋とは戦友のような関係。
すっかり冷えてしまったミネストローネを無理やりに流し込みながら盗み見と転送機能の無断設定を認め合うと、ようやくお互いに歩みよった気分です。
久しぶりにスケジュールが空いている明日はデートに出かける約束もしましたが、行き先がなかなか決まりません。
どこか行きたい場所はないかと訪ねた鈴木に対して、「聞けば、本当のことを答えると思うの」と茉莉は謎めいた笑みを浮かべるのでした。
隠し事 を読んだ読書感想
都会のワンルームマンションでファッショナブルな暮らしを送っている男女が、ふとした瞬間からお互いへの疑惑を募らせていく様子にリアリティーがあります。
面と向かって切り出すのではなく、携帯電話に隠された秘密を暴こうと手の込んだ工作の応酬に発展してしまうのも今どきの若いカップルならではですね。
ひと一倍記憶力が優れていて進学も就職もそつなくこなしてきた主人公・鈴木が、大切な人の心の中だけは決して理解できないのが切ないです。
ようやく自分の全てをさらけ出して分かり合えたかと思えば、ラストに佐藤茉莉が見せた笑顔がミステリアスでした。
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