著者:宮沢賢治 1990年10月に角川書店から出版
なめとこ山の熊の主要登場人物
淵沢小十郎(ふちざわこじゅうろう)
なめとこ山の熊捕りの名人である主人公。熊の毛皮と薬になるといわれる胆を捕るために何頭も熊を殺しているものの熊たちから好かれてもいる。
主人(しゅじん)
小十郎が熊の毛皮を売りに行く荒物屋の主人。小十郎が弱腰なのを良いことに、安い額でしか毛皮を買おうとしない。
母(はは)
小十郎の九十歳になる母。小十郎の妻や息子が赤痢で死んだ後、小十郎と一緒に孫たちの面倒を見ている。
なめとこ山の熊 の簡単なあらすじ
なめとこ山の熊捕りの名人・淵沢小十郎は、年老いた母と小さな孫たちを養うために熊の毛皮と薬になるといわれる胆を捕っていたので、熊を殺しては「憎くて殺したのでねえんだぞ。
この次には熊なんぞに生れなよ。」
と言っていました。
しかし、ある日から熊の言葉がわかるようになり、小十郎の心の中で熊たちへの情がだんだんと深くなってしまうのでした。
なめとこ山の熊 の起承転結
【起】なめとこ山の熊 のあらすじ①
なめとこ山には熊がごちゃごちゃとおり、その熊の胆は腹痛にも傷にも効く薬として有名でした。
淵沢小十郎はなめとこ山のあたりでは熊捕りの名人といわれ、胴は太く、手のひらも大きく厚い。
さらに山刀と大きく重い鉄砲を持ち、たくましい犬とともに山から山へと縦横に歩くのです。
そんな小十郎ですが、実は山の熊たちからは好かれていました。
小十郎が山中をひたすら歩いているとき、熊たちは木の上や崖の上からおもしろそうに見送っていたほどです。
しかし、そんな熊たちも犬が飛びついてきたり小十郎が鉄砲をこっちへ構えてきたりするのはあまり好きではなく、気の激しいやつは小十郎の方へ襲いかかっていきます。
それでも、小十郎は落ち着いて一発で仕留めてみせますが、息絶えた熊に近寄ると「憎くて殺したのでねえんだぞ。
おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ。
この次には熊なんぞに生れなよ。」
と言うのです。
そして、手早く熊から毛皮と胆を取ってしまうと谷を下っていくのでした。
【承】なめとこ山の熊 のあらすじ②
小十郎は熊の言葉がわかるような気がしていました。
ある年の春、犬とともに白沢をずっと上って手製の小屋へ向かう途中、小十郎は柄にもなく登り口を間違えてしまったのです。
何度も降りたり登ったりをくり返したすえ、犬も小十郎もへとへとになりながらもついに半分崩れかかった小屋が見つかり、さらに小十郎がその下側に湧き水があったのを思い出して降りかけたときでした。
そこに二頭の母子の熊がおり、月光の中、向こうの谷を見つめながら話をしていたのです。
そして、小十郎はその様子に胸がいっぱいになって音を立てないようにこっそり戻るのでした。
そんな小十郎ですが、町へ熊の皮と胆を売りに行くときのみじめさといったら全く気の毒でした。
町にはざるや砂糖やガラスのはえまである大きな荒物屋があり、小十郎はそこに毛皮を売りに来ていました。
小十郎は店の主人の前では山の中と違って弱腰なのですが、それは年老いた母と小さい孫ばかりの家族に米を買ってあげたいという思いからでした。
そのため、主人があえて毛皮を断るそぶりを見せると、小十郎はいくらでもいいと言ってしまい、あまりに安い額で売るはめになるのでした。
【転】なめとこ山の熊 のあらすじ③
ある年の夏、小十郎におかしな出来事が起こりました。
小十郎が谷を渡り岩を登ったところ、すぐ目の前の木に大きな熊が背中を丸くしてよじ登っているのを発見します。
小十郎はすぐ鉄砲を突きつけ、犬は大喜びで木の周りを駆け回ります。
その最中、木の上の熊はしばらくじっとしたままで、小十郎に飛びかかろうかこのまま撃たれてやろうかと考え込んでいるようでしたが、いきなり両手を木から離してどたりと落ちてきました。
小十郎は鉄砲を構えたまま今にも撃とうとしていたところ、熊は両手を挙げて「何がほしくておれを殺すんだ。」
と叫びました。
小十郎は「毛皮と胆のほかにはなんにもいらない。」
と答えながらも「栗かしだのみでも食っていてそれで死ぬならおれも死んでもいいような気がするよ。」
と付け足します。
すると、熊は「少しし残した仕事もあるしただ二年だけ待ってくれ。
二年目にはおれもおまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから。」
と言ってゆっくり歩き出したのです。
小十郎はぼんやりと立ったままで、熊も小十郎が撃たないとわかっているようで後も見ないでゆっくり歩いていきました。
それからちょうど二年目のある朝、小十郎が庭に出ると垣根の下にその熊が口いっぱいに血を吐いて倒れていました。
【結】なめとこ山の熊 のあらすじ④
一月のある日、小十郎は熊取に出る直前、母に弱音を吐いてしまいます。
母は笑うか泣くかするような顔つきをするだけで、小十郎は急かす孫たちへ「行って来るじゃぃ」と言うと堅雪の上を白沢の方へ登っていきました。
小十郎は白沢から峰を一つ越えたところに大きな熊がいたのを夏のうちに確かめておいたのです。
五つの支流をさかのぼったり滝の下から崖を登ったりして着いたのは栗の木が生えたゆるい斜面で、小十郎はその頂上で休すんでいました。
しかし、いきなり犬がほえ出したので後を見ると、目をつけていた大きな熊が両足で立ってこっちへ襲いかかってきており、小十郎は鉄砲を撃ったものの熊は倒れるそぶりもなく嵐のように向かってきます。
そして、犬がその足元にかみついたと思うと小十郎はがあんと頭が鳴るなり目の前が真っ青になったのに気づきました。
さらに、遠くから聞こえた「おまえを殺すつもりはなかった。」
という言葉にもうおれは死んだと思うと青い星のような光が見え、小十郎は「熊ども、ゆるせよ。」
と思いました。
それから三日目の晩その栗の木の山の上に黒い大きなものがいくつも輪になってじっと動かずにおり、その一番高いところには小十郎の死骸が半分座ったように置かれ、その顔はどこか笑っているようにさえ見えました。
なめとこ山の熊 を読んだ読書感想
熊たちがする人間のような行動がおもしろく、小十郎が山を登っていくのを眺める様子や母子の会話などが微笑ましかったです。
小十郎の熊に対する心情の変化も共感できますし、小十郎の死骸の周りで熊たちがじっと動かずにいるという場面はアイヌの熊送りを逆にしたようでどこか神秘的に感じました。
また、二年だけ待ってくれと言った熊が本当にやって来て息絶えていたという場面に対し、小十郎と熊との間に超自然的な心のやり取りがあったのをわかっていたからか、そのむごたらしい描写とは裏腹にキラキラとした美しさを感じてしまいました。
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