【ネタバレ有り】坂の途中の家 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!
著者:角田光代 2016年1月に朝日新聞出版から出版
坂の途中の家の主要登場人物
山咲里沙子(やまざきりさこ)
3歳の娘を持つ33歳の母親。専業主婦。補充裁判員として選ばれる。
山咲陽一郎(やまざきよういちろう)
里沙子の夫。家具などを設計する会社に勤める。
安藤水穂(あんどうみずほ)
八ヶ月の女の子赤ちゃんを殺した母親。
安藤寿士(あんどうひさし)
水穂の夫。
坂の途中の家 の簡単なあらすじ
いやいや期真っ只中の娘文香を育てる里沙子。可愛くもあるけれど大変さもある子育てを実感しながら生活していました。そんな中、裁判員裁判の補充裁判員になります。乳幼児を殺害した母親の事件の話を聞いているうちに、里沙子はその母親が他人とは思えません。事件の詳細を聞いているうちに、里沙子が母親として生きてきた中で感じていた違和感が整理されていくのでした。
坂の途中の家 の起承転結
【起】坂の途中の家 のあらすじ①
もうすぐ3才になる娘の文香を持つ里沙子は裁判員裁判の補充裁判員に選ばれます。
里沙子が参加する公判は乳幼児虐待です。
八ヶ月の長女を水の入ったお風呂桶に落とし、30代の母親が逮捕されています。
法廷で見た被告、安藤水穂はごく普通の母親に里沙子の目からは見えました。
文香はもうすぐ3歳とはいえ、赤ちゃんだった日々は遠い昔のことではありません。
里沙子は事件の様をつい想像してしまうのでした。
検察は水穂がうまく子育てできない責任を赤ちゃんのせいとして事件を起こし、殺意があったと主張します。
六ヶ月の時、水穂の夫が娘である凛の足に抓ったような跡も見つけられたと言います。
里沙子は急に妊娠中の不安や文香が生まれてから赤ちゃんを抱っこして途方にくれていたような感覚を思い出します。
一方弁護士は水穂が周囲からの心無い言葉で追い詰められていったと主張します。
里沙子は弁護側の主張を疑問に感じましたが、赤ちゃんを連れた母親に配慮ない言葉を投げかける人たちの存在を思い出します。
1日目が終わり、夫の両親の家に文香を迎えに行きなんとか帰宅します。
慌ただしく家のことを済ませますが落ちつかずよく眠れませんでした。
公判2日目、安藤家の写真や救急隊員の説明などがあり事件の様子が浮かび上がってきます。
文香を夫の両親のところへ迎えに行くと文香が帰りたくないと駄々をこねます。
泊まっていけばよいという義両親。
里沙子は嫌な予感がしますが、一旦は義両親の言葉に従います。
予感は的中し帰宅途中に義両親から連絡があり、はっきりとは言わないものの迎えに来て欲しいと言うのです。
里沙子はさすがに苛立ちを隠せず、ぐずる文香を連れて帰るだけで精一杯です。
帰宅すると他人事のような夫にさらに苛立ちます。
しかしこれは自分のもやもやであることは理解していました。
【承】坂の途中の家 のあらすじ②
公判3日目は夫安藤寿士の話でした。
寿士は水穂になにかを強要したことはなく、それどころか自分は子供のため転職し、収入をふやすため努力していたこと、子育てに不安がる妻のために母親を呼び、土日は子供連れて出かけていたと話します。
喧嘩もごく普通の程度だったと主張します。
水穂は親失格というような心無い言葉をかけられたと主張していますが、寿士はそれを否定します。
水穂こそ協力的でなかったと言うのでした。
ところが寿士が土日に子供を連れて出かける際、元交際相手に会っていたことが明かされました。
里沙子はその事実に困惑したものの、子育て経験のある元彼女相談したかったと寿士は言います。
なんとなく寿士に恐怖を感じます。
しかし休憩時間に意見をすり合わせると、里沙子の考えは少数派であることがわかりました。
水穂は寿士がその元交際相手とメールしていたのを見て浮気をしていたのではないかと勘ぐります。
寿士自身が水穂のことを専門機関などに相談しにいかなかったのはなぜかと問われると、子供を取り上げられ、家族がバラバラになる不安を感じていたと答えます。
里沙子は寿士が大事になることが嫌だったように感じるのでした。
証言台に立った寿士の元恋人穂高真琴は相談にはのっていたと答えます。
二人のメールのやりとりも読み上げられますが、勘ぐる部分などないように思えました。
しかし産後というホルモンバランスがおかしな状況で、まともな判断ができるかは難しいと里沙子は感じます。
帰宅し、文香の相手をする里沙子はあまりのイヤイヤに手を焼いていました。
そんな中文香の足が里沙子の目にあたり、反射的に文香を突き飛ばしていまします。
里沙子は愕然としますが、なんとか文香をなだめ寝かしつけます。
未だに文香が泣くと漂う強い孤独感に水穂を他人と思えず不安を覚えます。
また寿士が子供の成長過程に関することを何も覚えていなかったことを思い出します。
【転】坂の途中の家 のあらすじ③
公判4日目に証言台に立った寿士の母親は、水穂をこれでもかと罵倒しました。
そして同時に自分がどれほど協力したか、水穂がいい嫁、母親でなかったと主張するのでした。
事件前から関係性が良くなかったとしか思えません。
しかし水穂が夫や義母と交わしたやりとりは誰も見ていません。
里沙子は陽一郎の母親のやんわりとした嫌な自分へのあたりを思い出しました。
その日の帰宅途中、里沙子は文香がぐずったため置いていくと脅していたところを陽一郎に見咎められます。
世の虐待母と同じだと皮肉る夫に焦る里沙子。
しかし夫は里沙子の話を聞きません。
公判5日目、凛の体には死亡当時虐待の痕跡自体はなかったと説明がありました。
里沙子は自分が裁判員にふさわしくないような気がしていました。
その帰り道、陽一郎は今日から土日家族みんなで自分の実家に泊まって楽をさせてもらおうと提案しますが、里沙子は一人で家にいることを望みます。
言いようのない焦りを感じ、里沙子は落ち着きません。
土日を終え、帰ってきた陽一郎と文香を前にしてなんとか立て直したと感じる里沙子でしたが、文香の面倒に対して無責任とも思える陽一郎の発言に納得できないものを感じます。
公判6日目に水穂の友人有美枝が証言台に立ちます。
彼女は寿士へなんとも言えない嫌な感じを受けと発言します。
水穂と寿士のやりとりは外から見えていて普通のようなのに見ていて辛かったと言うのでした。
他の裁判員たちと「嫌な感じ」のニュアンスに関する話し合いが始まります。
想像ができてしまう里沙子は自分が周りと違うのではないか、おかしいのではないかと不安になります。
また検察が、有美枝のやりとりで、水穂をブランド志向と前提しながら話を進めているのが気になりました。
同日行われた水穂の母は、言葉を尽くして娘を庇いだてする気配が見えるものの自分自信の子育ての不備への保身が見え隠れしていました。
【結】坂の途中の家 のあらすじ④
里沙子は自分が意地を張ったり無理をしているようで滑稽に思えました。
自分でも思いながら自分が損なわれます。
帰宅途中、相変わらずぐずる文香。
しかし文香のぐずりは向かいの女性に笑われてしまいました。
それを見て、文香のぐずりを重大なことのように考えていたけれど、気持ちが軽くなったのでした。
公判7日目を迎え、水穂は結婚前から結婚のこと、そして事件当日のことを話し始めます。
水穂の話は裁判員たちには物事を悪く取りすぎているという話でした。
しかし里沙子には水穂の話が全て事実のように聞こえるのでした。
公判8日目、裁判所へ向かう最中、里沙子は気がつきました。
水穂が周囲から感じ取っていたものは、周囲から繰り出される緩やかな悪意です。
意図もない無意識のもの、それは悪意を証明しづらく、説明しにくいものです。
それが有美枝の感じたなんとなく嫌の正体だったように思いました。
評議では里沙子と同意見の人はおらず、それでも里沙子はそのことをなんとか説明しようとしましたがうまくいきません。
そのことに虚しさを感じ里沙子は黙ってしまいます。
帰り道、気もそぞろだった里沙子は慌てて電車を降り、文香を電車に残してきてしまいます。
幸い文香は無事でしたが、おかしな不安で心がいっぱいになってしまうのでした。
翌日の評議で里沙子は具合が悪くなってしまいます。
子供に対する虐待事件の判例を聞いていたのもあり中座することになりました。
里沙子はずっと自分のことを考えていました。
水穂に共感する部分はたくさんあり、まるで自分のように思えたから辛かったのです。
しかし水穂は里沙子ではないのです。
そのことに気がつき、里沙子は評議室にもどって事件を通じて里沙子が感じた水穂が感じたであろう「嫌な感じ」を言語化することができました。
だからといって水穂の罪を絶対に許すことはできないと、自分と水穂を違う人間だと切り離すこともできたのです。
坂の途中の家 を読んだ読書感想
決して許されない児童虐待。
どんな理由があっても幼い命を大人が奪って言いことはありません。
そうとわかっていながらも虐待をした水穂に心が寄り添ってしまう里沙子。
里沙子はまるで自分が責められているように辛く感じてしまいます。
乳幼児の主たる保育者として考えられる親、一般的には母親ですが、そういう人たちの社会での弱さが浮き彫りになっています。
困った時に助けを求める先がなく、不安を解消してくれる公共機関はありません。
一般的にあるとは言われていますが、水穂や里沙子が感じたような相手を追い詰めるだけの精神論を語り、その実具体的なアドバイスを出さない人はたくさんいます。
赤ちゃんも様々、保育者も様々です。
正解はないと言われているのに、なぜか母親の正解は押し付けられがちです。
親切を装った悪意はありとあらゆるところに存在します。
しかしそれは母親だけに限りません。
特に水穂は、実家でそれに苦しめられてきました。
若い女性は少なからずそういうことがあり、その時ははっきりとその悪意に気がつきませんでした。
母親になり、それらの悪意は、赤ちゃんを標的にして母親を攻撃するのです。
それにより、母親は子供を守るため、その悪意に気がつくのです。
里沙子も子供を優先するため、気がついていましたが耐えていました。
そして時間がないためそれを深く考えることができず、自分が良い母親になろうとすることで対処しようと考えたのです。
その地獄に飲み込まれてしまった水穂と地獄との付き合い方の答えを出せた里沙子。
似たような経験のある人ならあまりのリアルさにおののいてしまうかもしれません。
母親の感じる孤独の描写は秀逸です。
ふとした風景から強く感じる孤独と頼りなさは経験がある人なら赤ちゃんを抱きかかえていた感触も思い出してしまうでしょう。
子育て経験の母親の疑似体験ならこれ、と言うべき一冊です。
コメント