【ネタバレ有り】吾輩は猫である のあらすじを起承転結でネタバレ解説!
著者:夏目漱石 1995年6月に集英社から出版
吾輩は猫であるの主要登場人物
苦沙弥(くしゃみ)
吾輩の飼い主。教師。
迷亭(めいてい)
苦沙弥の友人。美学者。
水島寒月(みずしまかんげつ)
苦沙弥の元門下生。卒業後に理学者になる。
多々良三平(たたらさんぺい)
苦沙弥の家の元書生。現在では鉱山会社に勤務。
金田(かねだ)
実業家。
吾輩は猫である の簡単なあらすじ
産まれて間もなく捨てられた猫の「吾輩」は行く当てもなく彷徨っていたところを、教室の苦沙弥先生の家に拾われて一命を取り留めます。厚かましい美学者の迷亭、ヴァイオリンと研究に夢中な理学者の水島寒月、猫鍋が大好物の多々良三平。個性豊かな来客たちが訪れる中でも、吾輩の名前はいつまでたっても決まることはないのでした。
吾輩は猫である の起承転結
【起】吾輩は猫である のあらすじ①
吾輩が初めて人間を見た場所は薄暗くじめじめとしていて、ニャーニャーと鳴いていたことだけは記憶しています。
最初の飼い主は人の家に住み込んでお手伝いをしながら学問に励んでいた青年で、彼によって母親や兄弟たちと引き離された末に笹原に捨てられてしました。笹原を抜け出すと竹垣があって、1箇所だけ崩れていた穴から潜り込んだ先は1軒のお屋敷の台所です。何か食べる物をとねだってみましたが、家政婦に首筋を掴まれて放り出されてしまいました。
騒ぎを聞き付けてやって来たのは、この家の主人です。
いくら撮み出しても戻ってきて困ると訴える家政婦に対して、家に置いてやれと言ってくれます。それ以来吾輩は、この家を自分の住み処として決めることにしました。
主人の妻や3人の娘たちからは冷たくあしらわれていて、まるで相手にされません。
主人からも未だに名前を付けてもらえないために、吾輩は生涯この家で無名の猫として終わることを決意するのでした。
【承】吾輩は猫である のあらすじ②
主人の家の裏には10坪ばかりの茶園があり、この場所で日向ぼっこや運動をするのが吾輩の日課です。
ここで知り合ったのが、車屋に飼われている大きな黒猫でした。
ネズミを捕まえることが大好きながさつな性格なため、吾輩とは余り気が合いません。
斜め向かいの軍人の家に住んでいる白猫や、隣りの弁護士の家に居る三毛猫と仲良くしています。吾輩が密かに思いを寄せているのが、二絃琴の師匠の所にいて近所でも美貌家として有名な三毛子です。教師の家に居候している吾輩には尊敬の念を込めて、「先生」と呼び掛けてくれます。
そんな三毛子も些細な風邪を拗らせて、あっという間に亡くなってしまいました。
飼い猫を失ったお師匠さんは甚だ哀しみに暮れて、上等な位牌を特注した後にお坊さんまで読んでお経を読んでもらうほどの手厚いお見送りです。
吾輩も暫くはすっかり落ち込んでしまい、外出する勇気もなくなって世の中の全てに対して物憂く感じてしまうのでした。
【転】吾輩は猫である のあらすじ③
主人の職業は中学校の英語教師で、学校から帰ってくると終日書斎に籠もりっきりでほとんど外に出てきません。
そんな偏屈な主人を目当てにして、この家にはしばしば風変わりなお客さんが訪ねてきます。
中でも友人の美学者・迷亭は1番の変わり者になり、人の家に勝手に上がり込んで風呂に入り散々無駄話をして帰ってしまうのは何時ものことです。
主人の旧門下生のひとりに水島寒月という名前の理学者がいて、首縊りの力学や蛙の目玉の論文など奇妙な研究ばかりしていました。
近頃では趣味のヴァイオリンが高じて合奏会まで開催する程で、その席で実業家の金田氏の令嬢に一目惚れしてしまったようです。
かつてはこの家で書生をしていた多々良三平は、とある会社の鉱山部に就職が決まった後も日曜日になると主人の所にお土産を持って遊びに来ます。
多々良君の地元では猫を食べる風習が今でも残っているようで、彼が来ると吾輩は思わず身の危険を覚えてしまうのでした。
【結】吾輩は猫である のあらすじ④
ある時に4日くらい国に帰っていた寒月が、3本の鰹節を抱えて主人を訪問します。
結婚祝いのために親類から貰った名産品のようですが、その相手は金田家の令嬢ではなく地元の女性でした。
令嬢が選んだのは勤め先での評判が良い多々良君で、ゆくゆくは実業家の跡取りとなるようです。
多々良君が前祝いに持ってきた4本のビールを飲みながら、主人たちは披露宴の打ち合わせに大盛り上がりでした。
短い秋の日が暮れていくと陽気な人たちも次第に静かになっていき、ひとりふたりと玄関を出ていきます。
吾輩も少し物悲しい気持ちになってしまい、お客たちが飲み残したビールで憂さ晴らしをしてみることにしました。
コップの中の液体は思いの外苦かったですが、暫くすると不思議な高揚感が湧いていきます。
気が付いた吾輩がいたのは、庭先に置いてある水を張った甕の中です。
死を覚悟した吾輩は無駄な抵抗を諦めて、ありとあらゆる苦しみから解放されるために念仏を唱えるのでした。
吾輩は猫である を読んだ読書感想
明治時代の知識人たちが繰り広げる無駄話が延々と続けられていく、独特な語り口に引き込まれていきました。
猫の目から見た人間社会の滑稽さや欺瞞が、鋭く捉えられていて面白かったです。
職場と自宅を行き来するだけのしがない中学校教師を訪ねてくる、個性豊かな登場キャラクターたちも魅力溢れています。
自分の家のように勝手に上がり込んでくる迷亭や、何の役にも立たない研究に没頭する寒月がユーモアたっぷりです。
クライマックスの宴会が終わった後の静けさと、全てを受け入れながらこの世を去っていく吾輩の姿が哀愁漂っていました。
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