著者:岩城けい 2023年6月に集英社から出版
М エムの主要登場人物
安藤真人(あんどうまさと)
オーストラリアの大学生。小学生の時に父といっしょにオーストラリアに移住した。通称はマット。
アカビ・グリゴリアン(あかびぐりごりあん)
オーストラリアの大学生。通称はアビー。両親はアルメニア出身で、オーストラリアに移住してから次女のアカビを産んだ。
ジェイク(じぇいく)
真人の小学校以来の親友。このたびイモジェンと結婚した。22歳。
イモジェン(いもじぇん)
アビーの友人。このたびジェイクと結婚した。26歳。
ゼイド(ぜいど)
オーストラリアの大学生。真人のシェアメイトのひとり。黒人と白人の混血児。
М エム の簡単なあらすじ
小学生のときに、転勤する父についてオーストラリアに移住した安藤真人は、大学生になりました。
彼はふとしたきっかけから、人形を製作するアビーと知り合い、彼女が所属する人形劇団に参加することになりました。
初めのうち、反目しあったふたりでしたが、やがて少しずつひかれていきます。
しかし問題は、彼女がアルメニアからの移民で、両親はアルメニア人男性以外との結婚を許さないことでした……。
М エム の起承転結
【起】М エム のあらすじ①
安藤真人は、父の転勤にともない、小学生のときに、一家でオーストラリアにやってきました。
姉は日本の高校へ進学するためにすぐに帰国し、じきに母も帰国しました。
真人は父と二人でオーストラリアに残り、今は大学生です。
一回生のときには寮にいましたが、やがてシェアハウスに引っ越しました。
シェアメイトは、黒人と白人の混血のゼイドと、生粋のオーストラリア人のアシュトンです。
真人はカフェでアルバイトする一方で、こっそりと映画の端役の仕事を引き受けて、いいお金を稼いでいます。
そんなあるとき、真人は、アビーという女性から、人形劇団への参加を誘われました。
真人の友人、ジェイクの結婚式に参加したとき、新婦イモジェンの友人であるアビーもそこにいて、真人の声に聞き惚れたのだそうです。
アビーは、アルメニア人の両親がオーストラリアに移住してから生まれた子です。
両親は故国に誇りを持っており、アビーにはぜひともアルメニア人の男性と結婚して、生粋のアルメニア人の子供を産んでもらいたいと願っています。
さて、人形劇に参加した真人ですが、映画とは勝手が違い、なかなか苦労しています。
アビーが、演技する側ではなく、人形を作る側だとは、参加して初めて知りました。
一方、大学では、文学部の教授が真人の才能を認め。
文学部でもう一年勉強することを勧めますが、真人は銀行に就職する気持ちを変えないのでした。
【承】М エム のあらすじ②
小児病院での人形劇公演は大成功でした。
終わったあと、打ち上げパーティをおこなったのですが、真人は参加しませんでした。
後日、アビーに、なぜ来なかったのかと訊かれた真人は、その日がアンザック・デーだったから、と答えます。
以前、アンザック・デーで嫌な思いをしたことがあるのです。
いっぱしのオーストラリア人のつもりで飲んでいて、オーストラリア人に罵声を浴びせられたのです。
真人は日本人のようで日本人でなく、オーストラリア人でもありません。
一方、アビーもまた、シドニー生まれで、メルボルンへ移ってきた、国籍不明の人間と自覚しています。
故国のアルメニアに行ったこともなく、母国語で話すこともやっとです。
それなのに両親は、アビーにアルメニア人以外の男性の交際すら認めていないのでした。
さて、ジェイクとイモジェンの夫婦が、真人の誕生日を祝いにきてくれました。
アビーもついてきました。
夫婦はスキー旅行を思いつき、その場でアビーの親を電話で説き伏せ、四人でいくことを決めました。
そのあと、真人はアビーと二人で飲み屋に行って話をしました。
話すうち、アビーには、自分の思想と重なる部分があることに気づきます。
また、アビーのほうは、文学部の教授と同じように、真人がいつも怒っているように見える、と指摘するのでした。
【転】М エム のあらすじ③
ジェイクとイモジェンの夫婦と、アビーと真人の四人で、スキー場に行きました。
二日目、真人は、アビーとソリで遊んだあと、雪原に寝転んで空を見上げます。
自分の小ささを感じながら、上体を起こしてアビーを見下ろすと、彼女は自然に目を閉じたので、キスしました。
受け入れてくれたと思ったのですが、突然アビーは起き上がり、逃げていったのでした。
一方、日本では、姉が、シンガポールに赴任する彼氏についていくために、籍を入れたそうです。
母は、父がオーストラリアで交際している女性との間に子を作ったので、五年前に離婚し、旧姓に戻っています。
もうじき家を売って、祖母の家に行くそうです。
真人の家族はもうバラバラですが、でもやはり家族なのだ、という思いがあります。
さて、一時期ケンカ状態だったアビーと真人は、仲直りして、酒場に入りました。
二人は、自分が何国人であるか悩むと同時に、ステレオタイプに◯国人と見られることに抵抗感を持ちます。
酒場では、隙を見てアビーのグラスに薬を入れられてしまったようです。
真人はふらつくアビーを家に送っていきます。
家の近くで、娘の帰りが遅いのを心配した父親が待っていました。
アビーは必死になって、自分の方から誘ったのだから、彼は悪くない、と弁解するのでした。
【結】М エム のあらすじ④
その日以降、アビーは劇団に顔を出さなくなりました。
図書館で偶然アビーに会った真人が尋ねると、彼女は劇団をやめるそうです。
そして、卒業後には、プラハへ行って、本場のワークショップに参加するそうです。
二人とも、相手に対し、自分を振り回さないでほしい、と言い合います。
アビーは真人のことが頭から離れず、彼に似た人形しか作れなくなりました。
真人はアビーさえいなければ、お金のために夢のない銀行員になってなんだってやれたのに、と思うのでした。
やがて、小児科病院で、真人は最初で最後となる、子犬の人形とのパントマイムを上演します。
そのあとアビーから連絡が来ました。
ふたりでドライブし、彼女の作業場に入りました。
ふたりでこれまでのことをおしゃべりして、そのあと、自然な流れでふたりは身体を重ねたのでした。
数日後真人は、海外へ行くアビーを見送りに、空港へ行きました。
真人はアビーを束縛しないように「待たない」と言いつつも、本当は待っているという気持ちを表します。
アビーは真人を両親に紹介しました。
それは、アルメニア人以外の男性との結婚を許さないという両親からの、親離れの行為でした。
見送りを終えて自宅に帰った真人は、就職先の銀行の、最初の配属先へ飛ぶ航空券を破いてしまいます。
真人のなかでもなにかがふっきれたのでした。
М エム を読んだ読書感想
一読して感じたのは、これは恋愛小説であると同時に、青春小説でもある、ということでした。
恋愛小説としては「ロミオとジュリエット」の形式をふんでいます。
ただし、本作では、愛するふたりの障壁となっているのは、ヒロインのアビーの両親がアルメニア人で、娘にはアルメニア人以外の男性との結婚を許さない、ということです。
一方、青春小説としての特徴が表れているのは、真人とアビーが、自分のアイデンティティに苦しんでいる、というところです。
ふたりは移民で、自分が何国人なのか悩みます。
それでいて、「お前、〇国人なんだろ? だったら、××なんだろ?」という、ステレオタイプで見られることに、ひどく反感を覚えます。
ふたりは思います、何国人でも、人種が何でも、自分を自分として見られたい、と。
そういった移民たちの苦悩が、読んでいて、ずしんと心に響いたのでした。
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