「冥土めぐり」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|鹿島田真希

冥土めぐり 鹿島田真希

著者:鹿島田真希 2012年7月に河出書房新社から出版

冥土めぐりの主要登場人物

奈津子(なつこ)
ヒロイン。大卒だが派遣やパートなど不安定な職場しか見つからない。自身に潔癖さと禁欲を強いる。

太一(たいち)
奈津子の夫。区役所に勤めていたが病気になって退職。他人の悪意に鈍感。

母(はは)
奈津子の母親。CA時代の名ごりでプライドが高い。

弟(おとうと)
奈津子の4歳下。何もしていないが何かを成し遂げると過信している。

中山(なかやま)
太一を担当する保健師。資格を取ったばかりで実務経験は少ないが気が利く。

冥土めぐり の簡単なあらすじ

奈津子の一族は3代に渡って裕福な暮らしを送ってきましたが、父親が亡くなった頃から少しずつ没落していきます。

現状を受け止められない母と弟に振り回されていた彼女が選んだ結婚相手は、質素で愚直な公務員の太一です。

やがて太一はやっかいな病気にかかってハンディキャップを負いますが、奈津子は彼と静かに生きることを決意するのでした。

冥土めぐり の起承転結

【起】冥土めぐり のあらすじ①

消えた栄光にすがるファミリー

奈津子が8歳になった年の夏休み、両親と弟と一緒に海を見下ろす老舗のリゾートホテルでバカンスを過ごしました。

祖父母の代には上流階級の人々のサロンとして利用されていたり、ダンスパーティーが開かれたこともあります。

社長としてひと財産を築いた祖父は肺気腫が悪化して亡くなり、パイロットに憧れてキャビンアテンダントになった母の結婚相手はごく普通のサラリーマンです。

その父もある日突然にこの世を去り、遺族年金で暮らすようになった母ですが浪費癖は治りません。

ハーバード大学に留学すると宣言していた弟も、クレジットカードでキャバクラに通いつめて散財したために所有していたマンションを売る羽目になりました。

大学を出てから派遣社員をしていた奈津子ですが、正社員の男性からしつこく関係を迫られるようになったため会社を辞めざるを得ません。

不登校の児童の居場所のために開放されている児童館でのパートタイマーに転職したところ、会報紙を受け取りにきた区の職員が太一です。

【承】冥土めぐり のあらすじ②

ささやかな新婚生活がビリビリに引き裂かれて

知り合って3カ月後にいきなり太一からプロポーズをされた奈津子は、実家に連れていって家族に紹介しました。

生まれ育ったのは北海道の小さな町、自然が多くて素晴らしいところ、子供たちのためのプリントをクリップで留めている奈津子にひと目ぼれをしたこと。

年収を聞いた途端にあからさまに不機嫌になった母は、ニコニコと笑っている娘の婚約者にお茶の1杯も出そうとしません。

太一が近所の韓国料理屋でごちそうをしてくれるというので、弟はここぞとばかりに高い料理とお酒を注文して好き勝手に飲み食いしています。

小さなアパートに引っ越して安っぽい結婚指輪に満足していた奈津子でしたが、突如として太一が雷に打たれたようになり手足や舌の震えが止まりません。

搬送された脳神経外科で受けたのは、心臓に電極を埋め込むという大掛かりな手術です。

何とか日常生活には支障がない程度に回復した太一ですが、つえを使わないと歩行は困難なために仕事を続けることは不可能でしょう。

【転】冥土めぐり のあらすじ③

たそがれのホテルへチェックイン

太一が入退院を繰り返していたある日のこと、町内会の掲示板の前で奈津子は思わず立ち止まりました。

海の見える保養所、シーズンオフの平日限りで区民割り引き対象、1泊5000円… それは紛れもなく幼い頃に家族4人で出掛けたあのホテルで、すぐに区役所に行き予約をして新幹線のチケットも用意します。

太一の症状もだいぶ安定してきたために、1泊2日程度の旅行であれば無理はないと主治医のお墨付です。

かつての黒塗りのハイヤーは今では塗装のはげたシャトルバスに、ホテルに併設されたバラ園は閉園して荒れ放題、ウェルカムドリンクはジュースの自動販売機に。

かつてはセレブリティの御用達だった高級ホテルが、庶民のための宿に寂れてしまったことは間違いありません。

すっかり落ち込んでしまった奈津子に比べてみると、太一は思い出を巡るような旅をそれなりに楽しんでいるようです。

土産物コーナーでは日頃からリハビリでお世話になっているという中山にハーブを買って、帰りの新幹線の車内でのんきにアイスクリームを食べていました。

【結】冥土めぐり のあらすじ④

エンジン全開で走り出す

旅先から帰ってきた次の日の朝、アパートまで迎えにきてくれた中山と一緒に新宿区の福祉課へと出掛けました。

ニッケル電池が搭載された車イスは馬力があるかわりに値段も高価ですが、区の1割負担で買うことができます。

中山がセンターであらかじめ手続きと医師との面接を済ませていてくれたために、あとは太一は実技の操縦試験を受けるだけです。

坂を上がったり信号を渡ったりする際に何度も通行人にぶつかってしまい、試験は思ったよりも難易度が高いのでしょう。

結果は付き添いがいる時のみ乗車が認められるとのことで、完全な不合格ではありません。

アダルトDVDからグラビア雑誌までと、太一のコレクションは奈津子からすると理解に苦しむものばかりです。

そんな太一がこれからは電動車イスに乗って、奈津子のほしいものを何でも買ってきてあげると嬉しそうにしています。

人混みの中を誰よりも真っすぐに突き進んでいく太一の愛車を見て、ほしいものが思い浮かばない奈津子はこの人のためだけに生きることを誓うのでした。

冥土めぐり を読んだ読書感想

大勢の上客たちが入れ代わり立ち代わり訪れたホテルが、時代の流れとともに廃れていく様子には哀愁を感じてしまいます。

そんな忘れられたホテルへの未練を捨てきれない母と弟、しっかりと現実を見つめている主人公の奈津子。

双方の架け橋になるべく意気揚々と現れた太一が、あっさりと冷たい扱いを受けてしまうシーンもほろ苦いですね。

周囲の無理解に臆することもなくふたりだけの幸せを探していた夫婦に、やがては降りかかってくる運命はあまりにも残酷です。

記憶の中の風景にきっぱりと別れを告げた奈津子と、相変わらずマイペースに生きる太一の姿には癒やされました。

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