「仇文 秘められた欲望」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|中上淳

仇文 秘められた欲望 中上淳

著者:中上淳 2016年4月に文芸社から出版

仇文 秘められた欲望の主要登場人物

向原小夜子(こうはらさよこ)
ヒロイン。短大の教壇に立ちつつ能の研究を続ける。容貌と立ち振る舞いで異性の心を乱す。

板垣隅雄(いたがきすみお)
小夜子の教え子。私大で日本文学を学んでいたが現在は会社勤めをしている。純情で利用されやすい。

小早川純一(こばやかわじゅんいち)
板垣の大学時代の友人。地方の山を巡るのが趣味で体力がある。

平山健太朗(ひらやまけんたろう)
板垣のサークル仲間。不動産投資で稼いでいる。勘が鋭く目先の手掛かりに惑わされない。

松浦時信(まつうらときのぶ)
「事典」の異名をとる能楽師。知識だけでなく舞いも一流。

仇文 秘められた欲望 の簡単なあらすじ

幻の能楽を世に送り出して研究者として名を挙げようとしていた向原小夜子、そんな彼女に心酔してしまった板垣隅雄。

板垣を事故に見せかけて始末した小夜子でしたが、友の死に不信感を募らせていたのは小早川純一と平山健太朗です。

早川と平山は力を合わせて事件の真相へとたどり着き、小夜子はふたりの仕掛けたワナに陥って逮捕されてしまうのでした。

仇文 秘められた欲望 の起承転結

【起】仇文 秘められた欲望 のあらすじ①

過去に消えた演目を拾い集める

山陰地方の一般家庭で育ち地元の女子高に進学した向原小夜子は、上京してからは大学の邦楽科で能楽史の研究に夢中です。

卒業後には文京区の短大で講義を受け持ちつつ、神田神保町の能楽文化会館で講師も務めていました。

教え方も語り口も分かりやすいのに加えて、彼女のルックスは自然と注文を集めていきます。

渋谷のデパート集配センターで働いている板垣隅雄ものそのうちのひとりで、個人的にお近づきになりたいのは山々ですがなかなかチャンスがありません。

何とか小夜子の関心を引くために、港区の都営地下鉄の沿線にある図書館で見つけた文献について話題を振ってみました。

タイトルは高山花、主役は加賀の白山に住む女性、脇役は旅の僧侶。

夫がいながら別の男性に恋をした女性が苦しみのあまりに百合の精に変化して、僧侶の祈りによって成仏するというのが大まかなあらすじです。

作者は不明で原本も散りぢりになっているようで、上演にこぎ着けることができれば能楽史にその名を刻むことができるでしょう。

【承】仇文 秘められた欲望 のあらすじ②

危険な恋の山道

板垣とは一夜をともにするほどの仲に進展していきましたが、小夜子の興味はあくまでも高山花にしかありません。

能にかける情熱の半分でもいいから自分に構ってほしいという彼の訴えを、この頃では疎ましく思うようになっていました。

能楽研究者としての名誉を独占するために、6月のある日に奥多摩の北部・御岳山へハイキングと称して誘い出します。

小夜子がハンカチを山道の脇に伸びた低木にわざと引っ掛けたのは、展望台で絶景を満喫していたまさにその時。

板垣が手を伸ばして取ろうとした瞬間に足を踏み外し、緊急通報を受けたレスキュー隊が駆け付けますがすでに息はありません。

大学時代から付き合いがある小早川純一は板垣の訃報を知り、後日現場を確かめてみると折れた小枝や葉っぱで足元が細工してありました。

明らかに不自然だと主張しますが地元の警察署ではまともに取り合ってもらえずに、唯一話を聞いてくれたのが板垣と同じ能楽の同好会に所属していた平山健太朗です。

【転】仇文 秘められた欲望 のあらすじ③

期待の新人と大家の承認

能楽文化会館では基本的に春の入会しか受け付けていませんが、9月の半ばに平山健太朗が夜間コースに応募してきました。

口述・筆記それぞれの試験で抜群の成績を収めたという新入りのことが、小夜子は早くから気になっています。

昼間は不動産業で相当に稼いでいるという平山と、講習の終わりに食事に出掛けたりホテルに行くようになるまでそれほど時間はかかりません。

都内の図書館で発見した古文書、長いあいだ誰の目にも触れなかった能の演目、解説書を製作中で11月の発表会で公表予定… 板垣の名前こそ出てきませんでしたが、あっさりと秘密を打ち明けたということは信用されているのでしょう。

小夜子が平山から世田谷区経堂に住む松浦時信を紹介されたのは、秋も深まった10月の半ばのこと。

幼少の頃から高名な師匠から伝統芸能について指導を受けてきた松浦は、高山花を新境地を開く名作だと認めてくれました。

発表会ではオリジナルの舞いを披露してくれるそうで、松浦のお墨付きがあればこの世界で容認されたも同然です。

【結】仇文 秘められた欲望 のあらすじ④

お披露目のステージが敵討ちの場に

当日を迎えて会館内の能楽堂に着席した小夜子でしたが、後方の席にやたらと目付きの鋭いふたりの男性がいました。

装束を身にまとって能面を付けた松浦が舞台で踊り始めましたが、あきらかにストーリーが高山花ではありません。

主役は貧しい荷役の青年、脇役は美しい女、恋をした青年が差し出したのは大切な書き物、女は書き物を自分のものにした揚げ句に青年を山中に遺棄。

血の気のなくなった小夜子がさけび声をあげて席を立とうとすると、平山はポケットから1枚の紙切れを取り出します。

高山花には「ハシタワニコヨサラハウコ。

タシアルレサロコ」という1文がありますが、小夜子はつまらない書き込みだと気にも止めていません。

「。」

を境にして交互に読んでいくと「私はあした向原小夜子に殺される」、ひそかに身の危険を感じていた板垣が残したダイイングメッセージです。

高山花は能とはまったくの無縁の創作物であり、板垣の無念を晴らすために平山たちが放った「仇文」でもあります。

例のふたり組が近づいてきて署までの同行を求めた瞬間、辛うじて保持していた気品が小夜子の顔から消え失せるのでした。

仇文 秘められた欲望 を読んだ読書感想

JR水道橋駅を降りて大通りを神田方面へと歩き、細く入り組んだ道を抜けると見えてくるのが能楽文化会館だそうです。

陳列された貴重な資料や小道具を眺めたり、演能を鑑賞したりすると教養が身に付きそうですね。

そんな歴史と風格のある建物を背景に繰り広げられる物語は、スリリングでまるで展開が予測できません。

才能と容姿に恵まれて探究者として輝かしい未来がありながら、一線をこえていく危ういヒロインの向原小夜子。

そんな小夜子に魅せられた末に、悲劇的な結末を迎えてしまう板垣隅雄が何とも気の毒です。

せめてもの救いは熱い友情にこたえるふたり、小早川純一と平山健太朗が名探偵のように締めくくるラストでしょうか。

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