著者:鴻池留衣 2019年1月に新潮社から出版
ジャップ・ン・ロール・ヒーローの主要登場人物
僕(ぼく)
物語の語り手。音楽の知識もなく楽器の演奏も平凡な大学生。
喜三郎(きさぶろう)
僕のサークル仲間。口から出任せを言う癖があり敬遠されがち。
アルル(あるる)
高校生までをボストンで過ごす。相手を威かくする化粧とサブカル系のファッションで固める。
有森(ありもり)
若い頃はドラマーとして演奏していたがレコード会社に就職。スケジュールから体調管理にまで気を配る。
オサヒロ(おさひろ)
喜三郎の父。妻と幼い息子を置いて失踪し消息は不明。
ジャップ・ン・ロール・ヒーロー の簡単なあらすじ
大学の音楽サークルで意気投合した「僕」と喜三郎が結成したのは、架空のバンド「ダンチュラ・デオ」です。
本物のダンチュラ・デオは冷戦時代に暗躍したスパイで、その存在を知られると不都合な権力者から僕たちは命を狙われてしまいます。
オリジナルのメンバーであり唯一の生き残りの有森と合流を果たし、真実を訴えるためにもバンドは活動を続けていくのでした。
ジャップ・ン・ロール・ヒーロー の起承転結
【起】ジャップ・ン・ロール・ヒーロー のあらすじ①
慶應義塾大学の公認サークル「キエンギ」に所属していた僕でしたが、飲み会に参加するだけで満足していました。
秋の合同ライブの打ち上げで渋谷の居酒屋に顔を出すと、「ダンチュラ・デオ」というバンドの物語について熱く語っているのは喜三郎です。
空手を習っていて高校時代には全国大会へ出場、東大に受かったが入学を辞退、父親は連邦政府の職員。
虚言癖のある彼はこの日も「ダンチュラ・デオ」なるバンドについての物語を熱く語っていましたが、「聞いたことがある」と僕は知ったかぶりをします。
ダンチュラ・デオの存在がにわかに真実味を帯びていったのは、その場にいたメンバーがウィキペディアに記事を執筆したからです。
2011年頃から動画サイトに投稿を始めて、東横線の日吉駅から5分ほど離れた喜三郎の下宿先で曲作りを始めました。
作業場のようになったアパートには、キエンギの中でも異彩を放っているアルルという女子学生も訪ねてきます。
帰国子女のアルルは英語の歌詞とベースギターを担当、喜三郎は作曲とギター、ボーカルは僕。
2年後にはCDデビューが決まりますが、いつか本物のダンチュラ・デオから著作権侵害で訴えられるかもしれません。
【承】ジャップ・ン・ロール・ヒーロー のあらすじ②
「Clay Tablet」というヴィジュアル系専門の事務所に所属したダンチュラ・デオの、イメージ戦略を担当するのは40代の半ばかと思われる有森です。
ウィキペディアに載った僕たちの記事が編集されていくうちに、動画のアカウントには多くのメッセージが届くようになりました。
チャンネル登録者数は1日あたり20人の割合で増えていき、本格的に売り出すために公式ファンクラブも設立されます。
お笑いタレントの矢島が「オリジナルのダンチュラ・デオを覚えている」とツイッターでつぶやいて、炎上の騒ぎになったのは2013年の12月のことです。
矢島の所属するプロダクションがダンチュラ・デオの物語に載っかって何かをやろうとしているのは明らかですが、僕たちも似たようなもので文句は言えません。
そんな最中に東京湾のタワーマンションで開かれた芸能人の忘年会に参加した矢島が、ドッキリ企画の撮影とだまされて拷問を受けて重体となる事件が発生しました。
ダンチュラ・デオに関するウィキペディアの記述を大幅に改変したことへの警告のようですが、犯人は捕まっていません。
身の危険を感じ始めた僕や喜三郎を、アルルは隠れ家へと案内します。
【転】ジャップ・ン・ロール・ヒーロー のあらすじ③
地下鉄銀座駅の迷路のような通路をくぐり抜けた先には、寝泊まりできる簡単なテナントのような部屋が用意されていました。
ダンチュラ・デオは当面のあいだはここを拠点に創作活動に励むことになり、皇居の周りを走って体力アップをしたり格闘技の訓練を受けたりします。
僕たちの身の安全を保障してくれるのは「知り合い」と呼ばれる組織で、アルルもその構成員のうちのひとりです。
「知り合い」もダンチュラ・デオのオリジナルメンバーも1980年代頃から東側のスパイとして情報収集を続けていましたが、1991年の西側の勝利を期に役目を追えて無期限の活動休止に入りました。
アメリカの中央情報局や日本政府では今でもその存在自体がトップ・シークレットになっていて、世の中に公表しようとした瞬間に矢島のような悲惨な目に遭うでしょう。
ウィキペディアに加筆しようとしても編集履歴ごと削除されてしまうために、真実を伝えるためには大勢の観客の前で直接的に訴えるしかありません。
【結】ジャップ・ン・ロール・ヒーロー のあらすじ④
ダンチュラ・デオの握手券はファンのあいだでは「同意券」と呼ばれていて、僕たちの物語に同意してもらうためのものです。
握手会では度々襲撃を受けるようになり、ついにはアルルも犠牲になり銀座駅の部屋にも帰れません。
喜三郎の日吉のアパートも爆破されて行く当てのなくなった僕たちを、有森が車で迎えにきてくれます。
ホテルの一室で有森が見せてくれたのは1枚のDVDで、手元に残っている唯一のオリジナルの映像です。
ボーカルは長髪で美しい男性で喜三郎の父・オサヒロ、ドラマーは若き日の有森。
かつてふたりはバンドを隠れみのにして工作活動に携わっていましたが、オサヒロが敵対する勢力に殺害されてしまいます。
音楽業界に潜伏してダンチュラ・デオの情報が広まるのを阻止していた有森も、オサヒロに息子がいたことは知りません。
大学生になった喜三郎が父親のコピーバンドを始めたことを把握したため、自分の事務所に所属させ行動を逐一管理していた次第です。
アルルの代わりに自分がサポートメンバーとして加わるという有森は、ダンチュラ・デオのベストアルバム「ジャップン・ロール・ヒーロー」の発売日をウィキペディアを通じて発表するのでした。
ジャップ・ン・ロール・ヒーロー を読んだ読書感想
大して歌唱力もなくギターが弾ける訳でもないのに、キャンパス内で居場所を作るために音楽サークルに入ってしまう主体性のない青年が主人公です。
マニアックなロックバンドの名前を引っ張り出して熱く語る喜三郎に対して、素直に「分かりません」と言えないところもいかにも今どきの若者ですね。
ごく普通の大学生がロックスターへと駆け上がっていくサクセスストーリーかと思いきや、中盤以降のアップテンポな展開には息をのむしかありません。
米ソの対立にまでさかのぼるほどの国家的な陰謀から、現代のネット社会を背景にした情報戦までスリリングでした。
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