映画「沈黙 -サイレンス-」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|マーティン・スコセッシ

沈黙サイレンス 映画

監督:マーティン・スコセッシ 2017年1月にKADOKAWAから配給

沈黙 -サイレンス-の主要登場人物

セバスチャン・ロドリゴ神父 (アンドリュー・ガーフィールド)
本作の主人公

フランシス・ガルペ神父 (?アダム・ドライヴァー)
主人公と行動を共にする神父

クリストヴァン・フェレイラ神父 (?リーアム・ニーソン)
主人公らの師となる神父

キチジロー (?窪塚洋介)
密入国手助けの村民

井上筑後守?(?イッセー尾形)
長崎奉行の役人

通辞?(?浅野忠信)
主人公らと奉行側の通訳

沈黙 -サイレンス- の簡単なあらすじ

江戸時代初めの頃、イエズス会の宣教師セバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルペ神父 は高名なクリストヴァン・フェレイラ神父が長崎で棄教したとの知らせを受け、キチジローの手助けで長崎トモギ村に密入国しました。

フェレイラ神父とガルペ神父は見たものは、厳しい弾圧をのがれた住民の生活がありました。

やがてキチジローの裏切りで長崎奉行井上筑後守 もとで取り調べを受け、厳しい弾圧の下で「踏み絵」を強いられ村のキリシタン住民は火あぶり、海水の刑で命を絶ちます。

ガルペ神父が簀巻きにされ死んでいく様などでロドリゴ神父の苦悩は続きますが、棄教したフェレイラ神父に会い、ついに棄教を決断します。

沈黙 -サイレンス- の起承転結

【起】沈黙 -サイレンス- のあらすじ①

キリシタンの信仰

17世紀の日本では幕府による厳しいキリシタン弾圧が続けられていました。

イエズス会の宣教師セバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルペ神父は高名なクリストヴァン・フェレイラ神父が捕らえられ棄教したという知らせを受けました。

マカオで日本人のキチジローとであい長崎トモギ村へと密入国する手はずを整え実行するのでした。

潜入に成功した2人は異国の地に驚嘆しましたが、厳しい弾圧を逃れた住民は「隠れキリシタン」として生き延び、キリスト教への信仰を続けるのでした。

そこには司祭はおらず、村の長老だけが洗礼できるという特殊な状況でした。

やがて長崎奉行井上筑後守?のもとキリシタン弾圧はさらに厳しくなります。

キリシタン狩りのなかで「踏み絵」と呼ばれる十字架のイエス・キリスト、聖母マリアの絵踏を住民に決行させます。

絵踏み出来ないものは、簀巻きにされ火あぶりされたり、海水で十字架の刑で亡くなる者も出てきました。

しかし「踏み絵」を何度も踏み、告解をロドリゴ神父 に願うのでした。

【承】沈黙 -サイレンス- のあらすじ②

ロドリゴ神父の苦悩

告解をロドリゴ神父 に願うキチジローでしたが、ついにはロドリゴ神父もキチジローにより裏切られます。

狡猾とも思える手段で礼金を手にしたキチジローは、ロドリゴ神父の元を去ります。

長崎奉行井上筑後守?は穏やかな口調でありながらも老獪さを漂わせ、ロドリゴ神父に棄教をすすめます。

ある日、ロドリゴ神父は棄教を頑として受け入れないまま、捕らわれのキリシタン住民と長崎奉行井上筑後守、通辞に連れられ海辺へと向かいます。

「もうすぐお前が知ってる男が来る」と通詞が言うと、捕らわれの身のガルペ神父が現われました。

やがて住民は簀巻きのまま、海に落とされ溺死してしまいます。

簀巻きにされたキリシタンもガルペ神父も、棄教を拒み続け、無残にも海に落とされ溺死してしまったのです。

通詞はカルベ神父の潔さにくらべ、何もできないロドリゴを恥じるのでした。

ロドリゴ神父は牢の中で苦悩しますが、キリシタン住民の死を何とも思ってない神は、沈黙するだけだと笑いさえ浮かべます。

それを見ていた通詞はそのうちに棄教すると確信するのでした。

【転】沈黙 -サイレンス- のあらすじ③

ロドリゴの棄教

通詞とともに連れ出されたロドリゴ神父は、元師フェレイラ神父と寺で会うことになります。

強制改宗で棄教したフェレイラは、和服で身をこなし、かつての師とまるでことなり、沢野忠庵と名乗っていました。

医学や天文学を翻訳するなど身を立て、キリスト教を諫める書物「顕偽録」に取り掛かっている話を聞かされたのでした。

そしてフェレイラはロドリゴに棄教をすすめ、首の部分を見せます。

それは、穴づりによる傷で、人を逆さにし耳の後ろの穴から滴り落ちる血液で、ゆっくりと死にいたらしめる刑の傷あとでした。

拷問に耐えかねて、フェレイラはついに井上筑後守に棄教したのです。

通詞は再びロドリゴに棄教を迫り、最後の宣教師であること、これは地獄であることなどと言い放ちます。

ロドリゴはフェレイラの言う、キリシタンたちの死はキリストのためではなく、お前のために死んだと言います。

ロドリゴはこの言葉に、恥さらしで無情だと言い、フェレイラは日本人の名前もあり、日本人の妻もいると反論し、ロドリゴは穴づりの刑を受けようと決心するのです。

ロドリゴは街を引き回され牢に入ります。

再び告解にきたキチジローですが役人らに追い出しを受けます。

ロドリゴは低い苦悩のうめき声を聞きます。

やってきたフェレイラに穴づりにされたキリシタンのうめき声だと知らされます。

牢から出されて見たものは、穴づりされた5人のキリシタンでした。

2人は激しい問答の末、ついにロドリゴは踏み絵を決心します。

踏み絵が出されるとロドリゴはゆっくりと歩み寄り、足を乗せるのでした。

【結】沈黙 -サイレンス- のあらすじ④

ロドリゴ棄教のその後

先に棄教したフェレイラとともに、今度は長崎奉行の下、貿易を許可されたオランダ貿易商社では貿易品の中から十字架にはりつけられたイエス、聖母マリアの像や画などのキリシタン関連の物品を探し消滅への手助けにされます。

2人は貿易品の中からひたすらキリシタン関連品探しを続けます。

フェレイラは、同じ外国人が軽蔑の眼で見ていると、汝を軽蔑するものを愛せと心の中でつぶやくのでした。

やがてフェレイラも亡くなりますがロドリゴの仕事をこなし続ける姿勢は完璧でした。

長崎奉行井上筑後守より、お前は私に負けたのではない、この土地にまけたのだと語られ、今は亡き岡田三右衛門の名を継ぎ日本人の嫁をもらうように勧められます。

残りの人生を江戸で過ごすことになったロドリゴは棄教した証を井上筑後守に書く日々でした。

キチジローに対しては感謝の言葉を言うと、キチジローは再びロドリゴをパードレと呼び告解を願いでて、今までの裏切りを懺悔すると頭を下げるのでした。

その後も踏み絵は定期的に行われるのですが、キチジローはキリストの絵が見つかり捕らわれるのでした。

やがてロドリゴも亡くなり、棺に納められた遺体には妻が待たせた守り刃と秘かに持たせた十字架でした。

沈黙 -サイレンス- を観た感想

元の原作は遠藤周作で歴史小説です。

イエスの教えとキリシタンの信仰、宣教師の苦悩が描かれ谷崎潤一郎賞を受賞しました。

映画化は2回目で、1回目の篠田正浩監督は遠藤周作との脚本を共同で作り上げました。

今回の2回目は巨匠マーティン・スコセッシ監督で構想に数年かけ、アカデミー賞ノミネートされています。

ロドリゴ、カルベ、の2人の神父が、師フェレイラの棄教の真実を知るためキチジローの手引きで長崎トモギ村へ密入国します。

彼ら2人の見たものは、キリシタン弾圧に怯えながらも信仰を貫き徹す村のキリシタンの姿勢でした。

やがて弾圧は激しいものとなり、棄教を拒否する人々は海辺で焼き殺されたり、十字架にされ溺れる運命でした。

スコセッシ監督の独自の殺人、見せしめ行為がBGMもほとんどないままに展開されます。

カルベ神父が簀巻きのまま海に沈められるシーンや、映画の終盤近くの穴づりのシーンはロドリゴだけではなく、見ている視聴者の頭にも映像が残ります。

ロドリゴは、いったんは殉教の道を選択します。

ロドリゴが老いて亡くなり、荼毘に付されるシーンでは小さな木製の十字架とともに天へ召されます。

日本人は苦しいときの神頼みをすると言われていますが、神と関わつている時間はどれくらいあるのでしょうか。

宗教と信仰は永遠の人生のテーマです。

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