著者:近藤史恵 2020年1月に徳間書店から出版
歌舞伎座の怪紳士の主要登場人物
岩居久澄(いわいくすみ)
27歳。大学を出て一度就職したが、いまは心を病んで、実家で家事手伝いをしている。
岩居香澄(いわいかすみ)
久澄の姉。医学部を出て、いまは眼科病院に勤務している。
しのぶさん
70代。久澄の父方の祖母。お花の先生をしている。久澄にアルバイトとして、観劇のチケットをくれる。
堀口さん(ほりぐちさん)
60歳前後か。久澄がチケットをもらってお芝居を見に行くと、決まって会う、謎の紳士。押しつけがましいところがないので、久澄は救われている。
山崎真緒(やまざきまお)
27歳。久澄の高校時代の同級生。アパレルの販売員をしている。久澄がつながっている数少ない友人。
歌舞伎座の怪紳士 の簡単なあらすじ
岩居久澄は、仕事上の人間関係のために心を病み、いまは実家で家事手伝いをして過ごしています。
そんな久澄に、父方の祖母から、アルバイトの話が持ち込まれました。
もらいものの観劇のチケットを渡すから、代わりに観て、感想を報告する、それだけでお金がもらえる、というおいしいアルバイトです。
久澄は引き受けました。
久澄がチケットをもらって歌舞伎を観に行くと、堀口という老紳士が、彼女のトラブルに親身になって対応してくれました。
それはよかったのですが、久澄が観劇に行くたびに、なぜか堀口はいつもそこにいるのでした……。
歌舞伎座の怪紳士 の起承転結
【起】歌舞伎座の怪紳士 のあらすじ①
27歳の岩居久澄は、わけあって、いまは実家で家事手伝いをして暮らしています。
父は以前に母と離婚して出ていっており、働いている母のご飯を作るのと、姉から預けられた犬の世話をするのとで、少しばかりのお小遣いを得ています。
そんな久澄に、お花の先生をしている母方の祖母、しのぶさんから、アルバイトの話がもたらされました。
もらいもののお芝居のチケットを渡すから、代わりに観て、感想を報告してくれれば、五千円を払う、というものです。
久澄は引き受け、まずは歌舞伎座へ行きました。
久澄の隣の席には上品な老紳士がいました。
久澄は初めての歌舞伎を楽しみましたが、休憩時間に女性客が、別の女性客の荷物からペットボトルを抜き取って、新しいものに差し替えるのを見て、気になってしようがありません。
隣の席の紳士は、久澄の話を聞いて、ペットボトルを入れ替えらえたアベックに話をしにいきます。
やがて真実がわかります。
アベックの男の方が女に睡眠薬入りの飲み物を飲ませ、眠ったところをホテルにでも連れ込むつもりでいたのです。
ペットボトルをすり替えたのは、男の妻でした。
夫の犯罪を知りながら、いまの生活を守るために、そのようなことをしたのでした。
さて、それから三週間後、久澄が二度目にもらったチケットも歌舞伎座でした。
行ってみると、またしてもあの老紳士がいました。
名前を堀口と言いました。
堀口さんはおしつけがましくなく、傷ついた久澄の心が癒されるのでした。
その観劇中、今度はチケット詐欺にかかわりになってしまいますが、また堀口さんの力添えにより、解決させることができました。
久澄は、手助けを借りながらも、自分の力で問題を解決できたのが少しうれしかったのでした。
【承】歌舞伎座の怪紳士 のあらすじ②
しのぶさんから届いた三回目のチケットは、なんとオペラでした。
演目は「カルメン。」
心の準備をしているとき、姉の香澄から、最近バレエ公演で爆破予告があり公演が中止になった、という話を聞きます。
当日に激情へ行ってみると、またも堀口さんに会いました。
彼は演劇批評が仕事で、月に十五本は観るのだそうです。
そのせいでしょっちゅう会うのかと、久澄は納得します。
そうしてオペラを楽しんでいた久澄ですが、第一幕後の休憩中に、不審な男に話しかけられました。
不愉快さを押し殺して第二幕を観ているうちに、久澄は、会社勤めをしていたとき、セクハラを受けて心を病んだことを思い出します。
第二幕が終わったところで、爆破予告があったために公演は中止になりました。
久澄は、休憩時間に会った男のことを堀口さんに打ち明けます。
そのおかげでしょうか、爆破予告の犯人として、その不審な男が捕まります。
男はオーケストラをクビになったオーボエ吹きで、チケット代払い戻しの方法を使って母親を安心させようと、犯行をたくらんだのでした。
久澄は、犯人と自分との距離が意外に近いのを自覚します。
さて翌週、久澄は、高校時代の友達の山崎真緒と食事をします。
そのうちに口喧嘩となり、「いいとこのお嬢さん」だと非難されたあげくに、「久澄の人生はどこにあるの」とひどい言葉を投げつけられたのでした。
【転】歌舞伎座の怪紳士 のあらすじ③
真緒と喧嘩別れした久澄は、初めて自分でお金を出し、歌舞伎の安い幕見席を買って入ります。
すると、そこでも堀口さんと会ったのでした。
久澄が親友と喧嘩したことを聞いた堀口さんは、あなたを責めようとして発する言葉は、自分が一番言われたくない言葉であり、その友達の方が傷ついているのだとアドバイスしてくれます。
久澄は「勧進帳」を観ながら、真緒のことを考えます。
真緒は高校の時、太っているのを気にして、密かに嘔吐ダイエットをしていました。
真緒は、なにもしなくても痩せている久澄のことがうらやましくてしようがなかったのではないでしょうか。
また、真緒の両親は離婚していて、母親がパートを掛け持ちして真緒を育ててくれました。
その母親を支えるために、今度は真緒が必死で働かなければなりません。
そんな真緒からすれば、働かなくても暮らしていける久澄は、恵まれたいいとこのお嬢さんにしか見えないのではないでしょうか。
久澄はそのことに気づきました。
歌舞伎を観終わった久澄は、真緒のところへ飛んでいきます。
真緒は彼氏とその友達との食事会で、隠れて嘔吐していました。
久澄は彼女に言います、無職で心を病んだこの状態が私の人生なのだと。
さて、しばらくして、しのぶさんから食事に誘われ、久澄は姉の香澄といっしょに出かけていきます。
すると「かもめ」のチケットを二枚渡されます。
久澄は姉といっしょに観に行くことにします。
姉が席を外した間に、しのぶさんは、香澄のことを気にかけてほしい、と言います。
なんのことかわからないまま、当日に劇場へ行くと、香澄が勤める病院の院長とその妻が来ていました。
彼らを見て、香澄はショックを受けたようです。
久澄は気がつきます、姉は院長と不倫していると。
そして、院長が劇場に来たのは偶然ではなく、しのぶさんが手配したのだろう、と。
後日、香澄は病院を退職しました。
【結】歌舞伎座の怪紳士 のあらすじ④
みんながそれぞれに苦しみ、それぞれの道を歩いていることを知った久澄は、勇気を出して、就職活動を始めます。
真緒との仲も修復できました、病院を辞めた香澄は、実家へ戻るつもりでいます。
しのぶさんからまた歌舞伎のチケットが送られてきました。
演目は「義経千本桜」です。
歌舞伎に行ってみると、そこにはまた堀口さんがいました。
久澄は、毎回堀口さんと出会う理由を聞き出すことにしました。
昔、学生だった堀口さんは、三十代だったしのぶさんと歌舞伎座で隣の席になりました。
彼が苦学生だと知ったしのぶさんは、月に一度、堀口さんにチケットを渡して、いっしょに観劇しました。
しかし、一年半ほどして、ふたりで観劇しているところを知人に見つかり、誤解されてしまい、会うことができなくなりました。
堀口さんはしのぶさんに甘えてしまったことを後悔しました。
それから何十年もたって、しのぶさんの消息を知った堀口さんは、彼女に案劇のチケットを送るようになります。
そのチケットをしのぶさんは久澄に渡し、感想を教えてもらうようにしました。
そういうわけで、久澄が劇場に行くと、いつも堀口さんがいたのでした。
久澄は就職して、しのぶさんを歌舞伎に招待します。
すると、そこには、本当に偶然に、堀口さんが来ていたのでした。
歌舞伎座の怪紳士 を読んだ読書感想
とにかくもう、読み終わったときには心がポカポカと温かくて、目が潤んでいました。
主人公の久澄は傷ついた人間です。
自分で自分を卑下している面があります。
しかし、やがて、傷ついているのは自分だけではなく、みんな何かしら失敗したり、傷ついたりして、生きていることわかってきます。
最後に彼女は勇気を持って再び社会に出ていこうとします。
彼女の勇気をたたえない人はいないのではないでしょうか。
もちろん、これはミステリーでもあります。
パートごとに小さな謎が提示され、そのたびに解決します。
その一方で、堀口さんという紳士の正体が大きな謎として最初から最後まで続きます。
そういった二重構造のミステリーでありながら、同時に良質のヒューマンドラマにもなっているのです。
読んで損のない佳作だと思います。
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