「何!?被害者の父親の雅史を逮捕した?」
警視庁に戻ってすぐ私と先輩は佐々木課長に報告することにしたが、その反応は予想通りのものだった。
それも当然だろう、誘拐事件の捜査のため被害者のご両親に聞き取りに行っていたはずが、その親を捕まえてくるなど青天の霹靂であるに違いない。
「はい、聞き取り調査の途上被害者アキラくんの父雅史が家庭内において深刻なDVを行っていたことがわかりました。父の身柄は公務執行妨害で抑えてます」
「DVの方は間違いない事実なのか?」
「はい、妻霧子の証言もあります。間違いありません」
「うーむ……」
佐々木課長は少し考え込んでいた。
少々予想外のこの事態に色々と考えることがあるのだろう。
「やれやれ、大変な一日だなぁ全く。朝には誘拐犯の身元と居場所がわかって夕方には被害者の父親が逮捕。マスコミ対応追いつかんよ。あるいはこのことはしばらくマスコミには伏せておいたほうがいいか?」
「いや、これは速やかに公表するべきです課長」
課長の言葉に先輩が力強く反論した。
「アキラくんはもしかしたらどこかでニュースなどを通してこの捜査の進展を見ているかもしれません。それを考えたら一刻も早くマスコミ発表すればアキラくんも安心して帰ってくることができると思います」
「うーん……」
課長は腕を組んで少々考えていたが最終的に組んでいた腕を解いて先輩の肩に手を置く。
「わかった、明朝マスコミ発表をすることにする」
「完璧です」
「ただし今から報告書を書いてもらう」
「え?まさか今から……?」
課長のその言葉に一瞬で顔を青くする先輩、逃げようとするが南無三もう先輩の肩は課長がしっかりとホールドしている。
「まぁ今から書けば日付が変わる前には終われるかもしれないな。じゃ、こっちに来てもらおうか」
「いや、あの。俺はまだ捜査が……」
言葉と裏腹に引きずられていく先輩。
私はその先輩と課長を慌てて追いかけるしかなかった。
結局上司に抗えずに渋々と書類に向かう先輩。
刑事課はみんな事件の聞き込みなどで出払っているのか誰もおらず、いるのは私と先輩だけであった。
静かな事務所で書類作業をこなす先輩。私はその様子を、可哀想だという気持ちと自業自得だという気持ちの両方の感情を抱きながら見ていた。
「全く課長も人が悪い……」
「仕方ないですよ、ほとんど報告せず勝手に動いていたのは私たちですし報告書は出さないと……」
一応励ましの意味も込めたつもりでそのように述べる。先輩はそれを聞き黙々と作業を進めていくが、ある程度書き進めてから、
「ありがとうな白井」
と突然予想外の言葉を口にする。
私はまさかこのタイミングでお礼を言われるとは思いもせず一瞬黙りこむが、先輩はそのすきに書類を進めながら更に言葉を続けていく。
「白井がいなきゃ多分俺はあの霧子の手首の傷跡には気づかなかった。もし傷跡に気づけなかったら多分霧子は落とせなかった」
「あぁ……そういうこと」
なんとなく合点がいったが別にお礼を言われるほどのことでもないと思っていた。それでも正直悪い気はしない。
「そんな別に……。仕事をしただけですよ」
「それにこれも手に入れることができた」
そういって先輩は一枚の紙を取り出す。
その紙にはひとりの男性の似顔絵が書かれている。
これは児童相談所で手に入れたもので、児童相談所の鏡さんから聞いた証言を元に自走相談所に訪ねてきた男性の似顔絵を私が作成したものだ。
「しかし白井にそんな特技があったとはな」
「なかなか良く出来てるでしょ。警察学校のクラスでも一番の腕だったんですよ」
「ホント、お世辞抜きで上手だ」
もう少し私の絵が上手いという話を続けても良かったのだが、私にはどうしても気になることがあった。
それは無論誘拐事件の2週間前に児童相談所を訪ねてきた男性についてである。
似顔絵にも反映しているが児童相談所を訪ねてきた男には右目に大きなやけどの跡があった。
そして今回の誘拐犯とみられる男にも……。
「先輩はやはりこの児童相談所を訪ねてきたこの男が誘拐犯だと思っていますか?」
「ん?」
唐突な質問に先輩は思わず書類作業の手を止めてこちらを向いた。
「とぼけても無駄です、あの時私がごねるのも聞かずに児童相談所に行こうと言いだしたのは先輩です。こうなるのが分かっていた……てことですよね?」
先輩はそれを聞き少し目を背けてペンを置いた。
「そうだ。俺はその児相を訪ねた男と今回の誘拐犯は同一人物だと思ってる」
「やっぱり……。ですがそうなると今回の誘拐事件の動機は虐待児の保護……?」
「そうだと思う」
「さっきマスコミにあの虐待親のことを発表するよう進言したのもそのためですか?」
先輩はこの質問に少々答えづらそうに口をつぐんでいたが、少ししてから、
「そうだ」
と答え、また止めていた手を動かして書類作業に戻った。
私の方はというと、そのことを聞いて先程から考えていた悩みが幾分かなくなるのを感じた。
「そうだとしたら……もう早く終わらせてあげなきゃですよね。虐待の親も逮捕されたことですし」
私この言葉に先輩はまたまたしても動かしていた手を一瞬止めるが、ややあってから
「そうだな」
と答えまたペンを動かすのであった。
コメント