話してみてわかったけど、この栗生ありすという子は素直で大人っぽい子だ。
自分の感情を控えめながらもちゃんと表に出す。
過度に笑ったり喜んだりしない。
でも大人しいわけじゃなくて、合間合間に面白いこと言ったりするユーモアセンスも持ち合わせている。
なんというか、言動一つ一つから滲み出る品の良さがすごい。
きっと両親は大切にこの子を育てたのだろう。
だからこそ謎だった。
なぜありすちゃんの両親は自爆テロなんて起こしたのだろうか。
「あの事件がきっかけで、私はご主人さまの奴隷になりました」
なんてありすちゃんは言ってたけど。
そのあたり、色々と事情がありそうな気がした。
「朝倉さん、意外と肝が据わってるんですね」
紅茶を飲みながらありすちゃんは私にそう言った。
「そう……かな?自分ではそんな気がしないかな……」
「だって2時間くらい前にいきなり奴隷にされて、それでいまそんなに落ち着いていられるなんてなかなかですよ」
「それは……なんというか、就職先がなかなか決まらないしどうせ私の人生は不幸の連続だし、こんなこともあるのかなーって思ってて」
「あー……」
ありすちゃんは苦笑いを浮かべる。
冷静に考えなくてもおかしな思考回路なんだろうけど、でももうだいぶ思考が麻痺していた。
もう限界が近かったんだろうなって、ふと思った。
そのタイミングで奴隷にされて、内心どこかでほっとしていたのかもしれない。
もう将来のことを考えなくて済むって。
「あと、魔法とか。
最初びっくりしませんでした?」
「びっくりは……あんまりしなかったなぁ。
どっちかというと見知らぬヤクザみたいな人が私の個人情報をペラペラ喋ってくるほうがびっくりしたし怖かった」
「それは確かにあるかも。
ご主人さま、ぱっと見怪しい人だし」
黒いコートが良くない。
あの目つきで黒いコートは絶対に良くない。
うん。
「でも、魔法がこの世界に本当に存在していたなんて思わなかったなぁ……アニメみたいで、ちょっとワクワクする」
魔法が存在していたことには驚きはしないけど、今だって心の中で微妙に本当にあれは魔法なの?って疑ってる自分がいるのは間違いないのだけど、それでもついさっき私の身に降り掛かった災難は間違いなくその類のものだった。
私達がよく知っているはずの現実の向こう側にある何か。
非現実的な、これまでの人生を変えてくれるきっかけになるんじゃないかって。
良い方には向かってくれなかったけど、ここから何か変わってくれるんじゃないかって、心のどこかで信じている。
「魔法少女もののアニメとか、私は結構好きでしたよ」
「それすごく分かる。
女の子なら誰だって一度は夢見ちゃうよねー」
「戦う女の子ってなんだか憧れません?なんというか、とてもカッコイイと思います」
「あーわかる、うん、毎週日曜日の朝とか……懐かしいなぁ」
そういえば最近全く見てないなと気がついて、見なくなったのは明らかにブラック企業のせいだったと思い出して少しナーバスになった。
あの日々には戻りたくないと思い続けて、行き着いた先は奴隷でした。
辛い。
こほんと咳払いを一つ。
「ありすちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
ここに来るまでずっと考えていて、結局答えが出なかったことをありすちゃんに伝える。
「奴隷って、どんな仕事をすればいいの?というか、これから私はどうなるの?」
急転直下の出来事ですっかり忘れていた、純粋な疑問だった。
このまま何も仕事を与えられず死ぬまで放置なんてことはないだろうし、きっと何か仕事が与えられて馬車馬のように働かされるのだろうという予想はあったけど、具体的には何をすればいいのか。
あの黒コート男からはまだ何も言われていないから、このあたりがまだよくわからない。
「お仕事ですか?あー、えっと……多分それはご主人さまに聞いてもらえるといいかと思います。
あと、これからの朝倉さんですが、奴隷魔法の契約が切れるまではご主人さまの奴隷のまま、ここで生活してもらいます。
あ、正確に言うとちょっと違うんですけどね」
「え、でもそれってつまり、もうお家には帰れないってこと……?」
嘘でしょ、買い溜めておいた冷蔵庫のプリン、もう食べられないの……?「そういうことになります。
けど、朝倉さんのお家はそのまま放置というわけではなくて、ここの一室に引っ越しという形になりますので、朝倉さんのお家は今日からここの一室ということになります」
いや、いやいやいや。
「流石にそれは問題になるんじゃ……」
「それはもちろんそうなんですけど……残念ながら、私達は奴隷ですから。
大家さんにはご主人さまが仕事の都合で急遽引っ越しすることになったと説明しているはずです」
えぇ……ほんとになくなったの……私のお家……。
「とりあえず見に行ってみますか?そろそろ引っ越しも終わっているはずですし」
「そんな、こんな短時間で出来るわけ……」
「まぁまぁ。
とりあえず見に行ってみましょうよ。
真偽はその目で確かめよっ!ってね」
【ブラックのむこうがわ】第3話「真偽はその目で確かめよ!ってね」
【ブラックのむこうがわ】第4話「……ゴミ屋敷、ですかね」
「ご主人さまー、お引っ越し終わりましたー?」 「もう少しで完...
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