煙を頼りに行くというのは我ながら冴えた手だとは思ったのだが、無論そこまで行くのは自分の足である。
そして山道に近道というのはないに等しいので、結局私は汗だくの喉カラカラになりながら山道を駆け上っていった。
(こ、こんなの警察学校での訓練に比べたら……!)
なんとかそう思いの平衡を保ちつつ、細い体に鞭打って必死に山道を駆け上がっていると、ようやく建物の輪郭のようなものが見える。
「あ、あれは……!」
間違いなくそれは山小屋の輪郭であり私は思わずガッツポーズをしたが、すぐに気を引き締める。
(この中にアキラくんが……。いやそれ以前にもしかしたら北上信二もここにいるかもしれない)
そう考えて私は腰元にまるでホルスターのように挿してある携帯用の警棒に左手を伸ばしつつ、入口のドアノブを回した。
意外にもドアの鍵は空いておりドアノブがガチャリと軽い音を立てて回ったことが、驚いている暇はない。
私は慎重にドアノブを回してドアを押して中に入った。ドアもやはり小さい音を立てて開いたので私は遠慮なくお邪魔させていただくことにして有事に備え土足で踏み込む。
部屋は大きく分けて三つ。私は右から順に入っていく。
一つ目の部屋。そこはキッチンとリビングのような部屋でテレビや暖炉のある部屋であった。
暖炉は赤々と燃えており確かにさっき人がいた形跡こそあったもののアキラくんや北上の姿は見えない。
第二、第三の部屋も同様にもぬけの殻であり、少々がっかりしたが、同時にあることに気づいた。
(そうだ、トイレ……!)
子供は家にいるときに危険を感じるとトイレに逃げ込むという話を思い出した。
私が急いで廊下に出てトイレのドアノブをひねると果たしてトイレのドアがあき、そこに目をまんまるくした子供が便器に座っていた。
「アキラ、くん……?」
「……はい」
律儀に返事をする以上本人に違いない。
ずっと探していたアキラくんが今目の前にいるという事実に、私は安堵するやら疲れが出るやらで力がふっと抜けて行くのを感じた。
「大丈夫だよ、アキラくん。私は警察。あなたを助けに来たの」
「けい、さつ……?」
まるで言葉を確かめるように口に出すアキラくん。
私はできるだけ怖がらせないよう笑顔で頷いてみせた。
(……そうだ、電話しなきゃ)
お互い電話で連絡を取り合うことにしていたことを思い出して先輩に電話をかける。
だが、電話からは呼び出し音が響くだけで一向に先輩が電話を取る気配はない。
「あーもう!ほんとにあの人は……」
思わず小声で毒づいた後、私はなんだか嫌な予感がして、今度は佐々木課長に連絡を入れた。
「はい佐々木」
「佐々木課長!誘拐されていたアキラくんを見つけました!」
「何!?今どこだ」
「はい、ここは天高山のだいたい5合目の……」
と言いながら私は辺りを見回すが、あたりに目印らしきものが見当たらないことに気づき、どう説明したものかと少し考え込むが
「ここにスマホを置いときますのでGPSで探してきてください!」
と半ば丸投げするような感じにスマホをそこにおいてから私は先輩を探しに外へ飛び出した。正直今は先輩の方が気がかりだった。
というのも先ほどの先輩の様子はなにかまるでこの山に来たのは初めてではないかのようでもあったし、そもそもこの場所に迷わず来ることができたのも不可解である。
「本当に手のかかる先輩なんですから……」
そうつぶやいてどう先輩を探したものかと悩みながら外へ向かおうとしたとき、急に後ろからなにか服の裾を引っ張られるかのような非常に弱々しい抵抗を感じ、不意に立ち止まった。
振り向くとアキラくんが、必死になって私のトレンチコートの裾を引っ張っている。
「待って!おじさんは悪くない、おじさんは僕を助けてくれてここに来たの。おじさんは悪くないから大丈夫だから、だから……」
少ない語彙で必死に北上をかばおうとしているのが分かるアキラくん。
その様子に私は少々言葉を失うが、だが北上を救いたいと思っているのは私も同じである。
「わかったよアキラくん」
私は振り向いてアキラくんの両肩をしっかりつかみ言い聞かせるように答えた。
なんとなくだがこのアキラくんの意を決したこの瞳だけは誤魔化してはならないと感じたのだ。
「わかってるよ、あのおじさんがアキラくんを救った。だけどもう終わらせてあげなきゃ。アキラくんもこのままあのおじさんと一緒にいれるわけじゃないっていうのはわかっているでしょう?」
私のこの言葉にアキラくんは納得してくれたか、涙目になりつつも大きく頷く。
「私たちを信じてアキラくんはここで待っていてくれる?」
「……わかった」
アキラくんのその目を見てひとまず大丈夫かと私は山小屋を飛び出したが、考えてみれば相変わらず先輩を探す方法がないことを思い出し愕然とした。
(……ってことはこの山の中から先輩と北上の両方を探し出さないといけないってこと!?)
この山小屋の煙を見つけるだけでも相当苦労したというのに、そんな目印すらないふたりの人間を探し出さなければならないというのか……。
「刑事は足だって言うけど……まさかこんなところで実感するとは」
私は意を決し、疲れ果てた足にムチを打ってまた山の中へと走り出すのだった。
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