虐待おやじが逮捕されたという発表を聞いたのは車の中のラジオであった。
『警察によりますと、容疑者は息子と妻に対し習慣的に暴行を加えていた疑いが持たれています。警察はこの事件が誘拐事件に関連している可能性なども視野に含め慎重に捜査を進めているとのことで……』
「先輩……やりましたね!」
「あぁ、やったな……」
ひとまずアキラくんの誘拐犯が逮捕される前に、虐待の犯人である雅史を逮捕までこぎつけることができたことにほっと胸をなでおろす私。
先輩も相変わらず感情を表に出すタイプではないものの、今回ばかりは笑みを浮かべ満足感をにじませた。
だがホッとしている暇はあまりない。
なにせ誘拐事件自体はまだ解決されていない。
それに私たちはこれまでずっと虐待の方を捜査していたせいで、誘拐事件の方に関しては情報不足なのだ。
ほかの警察はすでに犯人の身元や住所までも把握しているにも関わらずである。
「確か犯人の名前は北上信二、でしたよね。一体どこに逃げたんでしょうか……」
「それなら俺がおそらく役に立てると思う」
「え?」
そう言って突如車のオンオフスイッチを押す先輩。
車は音もなくエンジンがかかり、空調から暖かい風が吹き出る。
「役に立てるって……先輩まさか北上の潜伏先に心当たりでもあるんですか!?」
「そのまさかだ、さぁ行くぞ白井刑事!」
久々の刑事呼び……などと感傷に浸っている場合でもない。
なぜ先輩が北上の潜伏先に心当たりが……?
まさか私が知らないあいだになにか気づいたことが?
様々な疑問符でいっぱいになった私は助手席で頭をひねることしかできなかった。
到着したのはとある山の麓にある駐車場。
警視庁から12kmほど離れた場所に有り、車で40分ほどの場所にある里山。
手前の看板には「天高山」と書いてあった。
無論私は知らない場所である。
「先輩、ここって……」
車を降りてドアを閉めてから私は目の前にそびえる山を見上げた。
「まさかここに北上とアキラくんが?」
「そうだ、この山のどこかに山小屋が一軒あるはずなんだ。おそらく誘拐犯の北上もアキラくんもそこにいる。急ごう!」
そう言って全速で駆け出そうとする先輩を私は慌てて追いかけた。
「あ、ちょっと。ちょっと待ってください!」
山道へと走り出した先輩を引き止める私。
「どうした?」
立ち止まって振り返る先輩。私はすかさず質問を返す。
「なぜこの山にいると知ってるんですか?」
「……今はそれどころじゃない。急いで山小屋をみつけて見つけたら連絡しよう!」
そう言って先輩は一足先に。
今度は完全にごまかされちょっとがっかりするが先輩の言うことにも一理ある。
ともかくこの山のどこかにいるというのなら、いち早く見つけてこのようなことを終わらせてあげなければという理屈は確かに納得はできるが、やはり先輩の態度は気になった。
「もうー……後できちんと説明してくださいよ!」
そう言って私も先輩の後を追うように山道へと入っていく。
「アキラくーん!アキラくんどこー!?」
さて、捜索を初めて一時間。捜査は過酷を極めていた。
「いない……。ていうか寒いし疲れた、山なめてた……」
山中はまるで似たような景色ばかりで、はっきり言って山登りの経験なども道具もない私には、非常に厳しい捜査であった。
しかも山小屋どころか人っ子一人いない山の中をあてどもなく探し続けるのは、身体的な疲労だけでなく精神的にも追い詰められるような気がする。
山の中で遭難するときの心境もこのような感じなのであろうか。
(ちょっと休憩……)
足が棒になった頃、私は座るのにちょうどいい石をみつけ、その石にハンカチをしいて少し休憩することにした。
そのようにして5分ほど少し一息入れつつ、辺りの風景を眺めていた時である。
(あれ?あそこなんか開けてるかも?)
ずっと辺りを高い木に囲まれていた場所をあてもなく歩き回っていたということもあり、ちょっとした興味心から今どれほど山を上ってきたのか木の切れ目から確認してみたくなった私。
(まぁこれくらいの興味心はサボリには入らないよね)
と自分に言い訳をして開けた場所へと走っていく。
思ったとおりそこは麓の景色が一望できる場所で私は疲れも忘れその風景を楽しんでいた。
「きれい……」
もう太陽が昇ってだいぶ経つが、まるで一秒一秒光の当たり方で景色の変わる麓の街に目を奪われる。
(すごい、しかもこれ山の頂上の方まで見えて……って、あれ?)
山の上の方を見たとき私はあることに気がついた。
山の一角から煙がモクモクと上がっているのだ。
(あれって煙?もしかしてあの煙って誰かが暖を取っているかなにかして……、そうか!」
私は急いでスマホで方位磁石のアプリを取り出し、遭難しないようその方角を調べた。
(北北西の方角か!)
ハイテクなのかローテクなのかよくわからない方法で山小屋の方向を見定める私。
(待っていなさい北上信二にアキラくん。この事件、終わりにしてあげるから!)
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