「これより諸星区男児誘拐事件捜査本部の決起集会を開始します。」
捜査一課の佐々木刑事の声が響いた。
これから始まるのは先日起こった誘拐事件の情報共有と今後の捜査方針の話し合いだ。
間仕切りを取り払った会議室にはいかにも強面な刑事数十人のが集まっていて、その雰囲気に私は体がこわばるのを感じた。
「新人、緊張してんのか?」
そんな私に声をかけてきたのは倉木だった。
配属初日にパートナーを組むように言われ先輩刑事、
いろいろと教わるよう紹介されてはいるのだが、
いつも寡黙であまり口を開かない彼に質問をするのがどこか億劫で、結局のところ年の近い女性の先輩にお世話になることがほとんどだ。
「緊張なんかしていません。そして私には白井姫香と言う名前があります!」
しまった、正直図星だった私は、思わずトゲのある言葉を返してしまった。
これから二人で捜査にあたるのだから、一刻も早く事件を解決するためにも気まずい関係にはなりたくない。
「そうか、すまなかった。白井刑事。」
素直な謝罪に一瞬反応に困りながらも、私は「白井刑事」という響きを反芻していた。
刑事・・・そう、私は念願の刑事になれたのだ、正しいことをして苦しむ人を救うのだと。
私が念願だった捜査一課に配属されてまだ1週間、初めて担当する事件が今回の誘拐事件だ。
「いえ、こちらこそ、正直多少緊張しているところがあったので図星を突かれてつい。」
「配属1週間でこの規模の事件だ、無理もない。」
そう言うと彼は手帳を開き、事件の詳細をメモし始める。
私も思い出したように手帳を広げ事件についての説明に耳をかたむけた。
佐々木刑事の口から語られる事件のあらましを、私は一言も漏らすまいとペンを走らせた。
事件は両親が留守にしていた隙に、自宅にいた6歳のあきら君が誘拐されたというものだった。
その日、両親は遊びに行っていると思っていたあきら君の帰りがあまりに遅いことを心配し、夜の間に自宅の周囲や心当たりがあるところを探したが1晩たっても帰って来なかったそうだ。
翌朝、改めて自宅のまわりを捜索していたところ、付近の住民から見知らぬ男に抱っこされて行くアキラ君を見たとの目撃証言があり、通報に至ったと言うことだった。
現在のところ身代金の要求なども無く、犯人の目的も不明となっている。
私は、今も怯えているかもしれない幼いあきら君のことを想像し犯人に怒りを覚えながら事件の状況を整理した。
あらかた事件発生当時の状況の説明が終わってからも佐々木刑事の話は終わらなかった。
「なお今回の事件の現場から、20年前に起きた猿田市男児誘拐事件の際と同じ指紋が検出された。同一犯とみて捜査に当たって欲しい。」
ガタッ
音のした方に目を向けると倉木刑事がペンを落としていた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。連続誘拐犯と言うことになるんだな。」
少し気になったが、連続誘拐犯ということは前回の事件の際に逮捕することができなかったと言うことだ。
倉木刑事も逃げ延びた犯人がまた同じ犯行に及んでいることに思うところがあるのだろう。
「そうですね、あきら君のことが心配です。」
私がそう言うと、倉木刑事は悲しそうな目をしながら頷いた。
幼い子どもが危険な目にあっているのだ、想像している私も苦い顔をしているのだろう。
「それでは各捜査員は状況証拠の洗い出しと付近の聞き込みから当たってくれ。」
佐々木刑事の説明が終わると室内にいた刑事たちが一斉に立ち上がり、捜査が始まっていくのだった。
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