【正義の鎖】第22話「最終話」

正義の鎖

事件が発生してから2年後。

俺と白井は東京拘置所の前へとやってきていた。
そわそわとして落ち着かない俺に対し、白井は何度目かの深いため息をつく。

「先輩いい加減に落ち着いてください。そんなに心配しなくても、きっと大丈夫ですから」
「……でもよく拘置所でご飯が合わなくて体調崩したり極端に痩せたりとかあるじゃないか。もし将軍がそんなことになっていたら」
「たった2年ですよ?それに拘置所の食事はよく栄養バランスの考えられた食事なはずです。痩せたりはともかく体調が悪い方に崩れるなんてことはないはずです。そもそもあれから時々面会とかにもいってたけど元気そうだったじゃないですか」

不安そうな俺をなだめるかのように白井は言うがやはり不安であった。

 

先日北上信二に判決が下った。
とは言っても20年前の事件に関しては既に時効が成立しており、今回の事件も身勝手な犯行というわけではなく虐待されている子供を救いたいというものだったことが情状酌量され、3年の執行猶予付きの2年の判決が言い渡された。

とにかく長期間の実刑を言い渡されてもおかしくはない誘拐監禁事件で、執行猶予付きの判決が下ったことは俺としても非常に安心した。

一方昭の父――梶木雅史にも判決が下った。

雅史は初犯ながらも熱湯をかけるなどの事件の悪質性、またそれを執拗に隠そうとしたことや直近の児童虐待に対する裁判員の心情なども考慮され、実刑2年の懲役という判決が下った。
奇しくも懲役の年数が信二と同じ年数だったのは皮肉である。

さて、そんなことに思いを馳せているうちに拘置所の門扉が開かれ、そこから目に傷を負った男が出てくる。

「将軍!」

俺は思わず駆け寄った。

「彰!」

将軍も肩を抱き寄せて力いっぱいに抱きしめてきた。
ようやく放してから10秒ほどそのように抱き合って喜びを分かち合ってから、お互いに肩を叩き合う。
今はこのように拘置所での面会ではできなかったスキンシップなどもそうだが、それらができることが嬉しかった。

「本当に良かった……」
「心配かけてすまん。それにいつも面会に来てくれてありがとう。お前らのおかげで拘置所でも不便をせずに済んだし何より昭の様子も知れた」

昭……、すなわち今回の事件の方のアキラくんこと梶木昭は現在小学二年生。
現在は母方の実家に母霧子とともに暮らしており、幸せに暮らしているという裏付け済みだ。

「今日は昭くんの方からも預かっているものがあるんだ」
「本当か!?」
「今日出所すると言ったら絶対におじさんに渡して欲しいといわれて持ってきたんだ」

そう言って俺は白い封筒を将軍に渡した。
将軍はその封筒の糊を丁寧にはがしてから中のものを取り出し、まず一枚目の写真を取り出して目を丸くする。

「すごい、こんなに大きくなったのか……」

中に入っていたのは小学生の服を着た昭くん、それにその隣には満面の笑みを浮かべて昭くんに頬ずりをしている霧子の写真であった。

その写真に思わず白井が俺の耳元で

「……霧子さんって、笑うとこんなに美人なんですね」

などと失礼な事を言うもので、

「……おい、やめないか」

と釘を刺す。
しかし確かにそうだ、あの事件の最中は霧子の表情はずっと暗いままか、あるいは泣いている表情しか見たことがなかった。

無論その時も幸薄げで儚げな美人という印象ではあった。
女性は化粧で化けるなどというが、一番女性を輝かせるのは笑顔だなとキザなことが頭をよぎる。

「手紙も入っているらしいから読んでやってくれないか?」
「そうなのか」

将軍は慣れない様子で中の手紙を目を通していたが、途中まで読んだところで突然吹き出して笑い始めた。

「なんて書いてある?」
「いや、”また一緒に遊ぼう”だと。お前にしてもそうだがなんでお前らはこうしてすぐに懐いてくるんだろうかと思ってな」

はっはっはと声を上げて大笑しながら封筒に手紙と写真を戻したところで白井が申し訳なさそうに俺と将軍の間に入ってきた。

「あのー……、盛り上がってるところ申し訳ないんですけど続きはほかの場所で話しませんか?ほら、ここはそのーあれですし?」

そう言って白井は拘置所の入口の方とそこに立っている拘置所職員を指さした。

「あぁ、そうだな」
「なにせ話したいことがまだまだ山ほどあるんだ!」

そう言って俺はプリウスを指さし白井は助手席に、そして将軍は後部座席に乗るよう促してから俺も乗り込む。

こうして車の中に警察と前科者、そしてその被害者の全員が揃う。
それでも俺と将軍の関係はそのような額面通りの言葉で表現できるような簡単なものではなく、もしそうであるなら俺と将軍の間にある絆も、そしてあの時の葛藤もなかったに違いない。

しかし逆にあの時の葛藤はもっとシンプルなものだったのかもしれない。
すなわち今みたいに命の恩人に恩返しがしたい、というただそれだけ、それだけだったのだろう。

(完結)

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