【正義の鎖】第21話「正義のヒーロー」

正義の鎖

「先輩……!」

白井の甲高い声に驚いて思わず振り向いた俺は、そこに白井が仁王立ちしてこちらを睨みつけているのを認めた。

「全く探しましたよ先輩!何度も電話したのに先輩全く出ないんですから!そもそも山の中でなにかわかったらスマホで連絡を取り合おうって言ったのは先輩の方じゃないですか!先輩は本当に…」

白井の小言を聞きながら俺は別のことを考えていた。

(まずいな、どこから聞かれていたんだ……)

どこから聞かれていたかによってはなんとか取り繕うことができるか。
などと頭をひねる俺だったがその心配はなくなった。

「まぁそれは改めて怒らせていただくとして、先輩一体どういうことですか……?20年前に誘拐されたあの子供が先輩だったって……?」

(参ったな、ほとんど全部聞かれてたか)

もはや全部聞かれてたとわかるとなんだか気が楽になった。

「あぁ、隠しててすまん。実は20年前の猿田市男児誘拐事件の被害者こそ俺なんだ」
「そんな……。じゃ先輩がこの山を見つけることができたのは……?」
「この山に監禁されていたのが俺だったからだ」

目を大きく見開いて驚きが隠せない白井。

「そんなまさか、信じられないです。こんなことって……」
「まぁ、そうだよな。俺も最初にこの事件の犯人があの猿田市の誘拐事件の犯人だと言われたときは信じられなかった」
「それで先輩一体どうするつもりですか?」

まさしくおそるおそるといった様子で切り出す白井。

無理もない。
先ほどの話を全部聞いていたということは、俺の本当は逃がしたいと思っているというくだりも聞いたのであろう。

それに対し俺は答えられなかった。
なにせあれは本心だったのだ。一体どうごまかすというのだ。

どうやら白井もそれに勘づいたようで非難したげな目でこちらを睨みつける。

「ダメです先輩!正気に戻ってください、いかなる理由があろうと北上は犯罪者なんですよ?どんな動機があろうと犯罪者を裁きから免れさせるような真似は……」
「わかってる!」

突如大きな声を出した俺に白井は少し肩をビクつかせて黙る。

「わかってるからこんなに苦しんでいるんだ……」

まるで身勝手な子供のような言い分だと分かってはいるが、それでも主張せずにはいられなかった。

「俺の気持ちがわかるか?昨日までは、この事件は絶対に俺が解決して誰より先に将軍を捕まえないといけない、そうすることが将軍を助ける方法だと思っていたからだ。だがいざこうして将軍を目の前にして……、命の恩人に手錠をかけて連行することの苦しさが、辛さが新人に分かるってのか……」

俺はそう言って落ちている手錠を拾い上げ、苦しげに眺めた。
身勝手な言い分を言うだけ言うとなんとなく少しだけ気持ちが落ち着いたが、やはりこのようにして手錠を見るのは苦痛であった。

一方白井はそんな俺にどう声をかけたものかと悩んでいる様子であったが意を決して口を開く。

「確かに私には先輩がどれほど苦しいのかはわかりません。でもきっとものすごく辛くて苦しいことなんでしょうね。自分を助けてくれた恩人を逮捕しないといけないってことは」

俺は白井のその言葉に思わず顔を上げる。

(わかってもらえた……?まさか……)

白井の優しい言葉にそう思ったのも束の間であった。

「白井、お前……」
「だけどそうじゃないとだめなんです」
「なっ……!?」

わかってもらえたかと一瞬思ってからのこの白井の言葉は予想以上に強烈であった。

「今の先輩みたいに、苦しんで悩んで考えて、そうでないといけないんです。きっとそれはとても大変なことかもしれないけど、私たちが選んだこの警察っていう道は――正義を執行するという道はそういう道なんだと思います。……その上手くは言えないですけど」

懸命に説明する白井の言葉に俺は、思わず顔を上げた。
多分その顔は泣きはらした後だったので真っ赤になっていたと思う。だが心の中から迷いが消えていくのを感じる。
いや、というより迷いが消えたというより迷いを受け入れられたことによって見方が変わったことによって腹が据わったという方が正しいかも知れない。

将軍の方もそれに気がついたようで、少し笑って俺に声をかける。

「覚悟が決まったようだな。彰」
「うん、見苦しいところを見せてごめんな。将軍」

軽く鼻を鳴らし将軍の、いや、北上信二のもとに歩み寄る。北上の方はもうとっくに覚悟が出来ていたようで手を前に出している。

「正義の味方っていうのも楽じゃなさそうだな」
「当たり前だ」

北上のジョークに笑いながら応じる。
だが、やはり迷いはなくなったものの手錠をつける段になると心の中では抵抗が生じていた。

「やっぱり俺は正義の味方よりもお前が言うように悪玉の将軍の方がお似合いみたいだ」
「そんなことはない、誰がなんと言おうと将軍は俺の正義のヒーローだ」
「彰……」

今度は北上が少し顔を崩して泣きそうな顔になる。
だが俺は意を決してその北上の手に手錠をかけた。

「11時17分43秒。北上信二。誘拐並びに監禁の罪で逮捕する」

こうして俺にとって最も長い3日間の誘拐事件、そして白井にとっては捜査一課配属初となったこの誘拐事件の捜査は幕を閉じるのであった。

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