【正義の鎖】第20話「アキラ」

正義の鎖

もうあれは20年ほど前のこと、この俺倉木彰は父親から虐待を受けていた。

父親からはろくに遊んでもらえず、朝から晩まで文字の書き方や読み方、数字の数え方の勉強をさせられ、ミスをすればどんな小さなミスであっても殴られたり蹴られたり、ときに食事をもらえなかったり浴室で熱湯を背中から浴びせかけられたりした。

そのため俺の背中には今でも醜いやけどの跡が残っている。

父親の暴力が特にひどくなるのは決まってお酒を飲んだあとであった。
お酒を飲んだ後の父は俺だけではなく母親にも暴力をふるった。

俺が将軍に誘拐されたあの日、俺は父親が酔って俺やお母さんに暴力を振るうのをやめさせようとお酒を隠そうとしたが、無駄であった。

父は余計に逆上し唇や額が切れ、顔面がアザだらけになるほど俺を殴ってから寒風吹きすさむ野外の倉庫の中に放り込んだ。

身を縮めて凍えながら、あまりの寒さに痛みの感覚さえもなくなってきた頃、俺の最後の意識は倉庫がガラガラと音を立てて開いたところで終わっていた。

そして次に覚えているのはおぼろげながら車に揺られながら移動していたこと、そして次に俺が目を覚ましたのは知らないアパートの一室、部屋は暖かくそしてそこには将軍がいた。
将軍が俺を誘拐している間に、警察は捜査の途上で俺の父親が家庭内暴力を振るっていたことを知り父親は暴行や傷害の罪で逮捕された。

その後将軍は目撃者を装って警察に電話し、俺を警察に上手く引き渡してから逃亡。

捜査の際、俺は警察から捜査の役に立つ情報や、犯人の顔など情報提供を求められたが、俺は将軍に助かって欲しかったためほとんど何も喋らなかった。

その後俺の母は父と離婚してから実家に戻り、俺も香月彰から母の旧姓の倉木彰と名前が変わった。

「それから俺は警察学校に入って、こうして夢だった警察になれたんだ」
「そうか、あれからいろいろあったんだな……」

まるで我が子との再会でも喜ぶ父親のような感慨深げな、そして満足気な表情と優しそうなやけど付きの瞳で俺を見ている将軍。

「あの時将軍が俺を誘拐してくれてなかったら俺はあの倉庫の中で凍え死んでいた、でなきゃ父親に殺されていたか……。どちらにせよこうして生きていることも夢を叶えることもできなかった。それもこれも全部将軍のおかげだ」

「そんなことはない、お前が立派な人間だからだ、良かった。良かったな彰……」

そう言って俺の両肩をつかんでから背中をさする将軍。

さて、もうお互い再会の喜びを表すのは済んだ。
当然次にするべきことも俺はわかっていた。
だが俺は将軍を前に言葉を返すことができずただ俯いて将軍のスキンシップを受け入れていた。
将軍はどうもそんな俺の様子を察したようで、俺を抱きしめるのをやめて俺の目を見た。

「……だから、こうしてお前自らが終わらせに来てくれたってわけか」

将軍の言葉に俺は思わず言葉を詰まらせた。
できれば触れたくない話題、いや言わなければならないとわかってはいたのに口から出なかった言葉が将軍の口から出たということに強い衝撃を受けていた。

「将軍……」
「心配しなくていい。覚悟は出来てるさ。ほかの警官ならいざ知らずほかでもない彰に捕まるのなら悪くはない、ほら。持ってるんだろう?手錠」

そう言って将軍は自分の両手を前に持ってきて見せる。
手錠をかけろということであろう。

優しい顔だが覚悟を決めた表情の将軍。
だがその一方で俺は覚悟が決まらずにいた。
手錠はコートの右ポケットに入っているものの手が震えて一向に取り出せない。

重々しく手錠をようやくポケットの外に出したかと思えば、俺はやっとポケットから取り出した手錠を落としてしまい、手錠が少し湿った枯葉の上に落ちる。

慌てて俺は手錠を拾おうと前かがみになるがこの体勢がまずかった。
無意識のうちに抑えていた涙が重力に従って一粒こぼれ落ちて、地面を濡らす。

一粒落ちてからはまるで堰を切ったかのように涙が溢れ落ちて止まらない。
俺は手錠を拾おうとしたその体勢のまま崩れ落ち、まるで子供のように声を上げて泣き出す。

「お、おい彰、大丈夫か……」

俺の号泣に将軍の方が心配して駆け寄るが俺の涙は止まらなかった。

「……こうなるのはわかってた。というか、こうするために俺は誰より将軍をみつけようとしたんだ。そうすれば将軍が自首したことにできると思ったから。でもこうやっていざ将軍を目の前にすると……。このまま将軍には逃げてのびて欲しい。そんな思いばかりがこみ上げてくるんだ」

もはやこうなってしまっては再起不能である。
俺は山中であることも将軍の前であることもお構いなしにかがみ込んでしまいわんわんと泣き続けた。
20年前、将軍と別れる時でさえここまでは泣かなかったのではないかという泣き様であったと思うが、俺にとって命の恩人に手錠をかけるというのはそれほどに覚悟の必要なことだったのだ。

「彰……」

そんな俺に将軍の方がなんと声をかけていいのかわからない様子で立ちすくみ、かがみ込んでそんな俺の肩をさするように手を置いていた。
だが、そんな俺の後ろから高い声をかけてくるものがいた。

「先輩!」

ここ数日連日のように聞いていた聴き慣れた声に、俺は思わずその体勢のままで振り向いた。

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