【正義の鎖】第19話「再会」

正義の鎖

(……全く見つからないな、全くどこに逃げたんだ)

かれこれ1時間、北上信二の行方を追い山の中を捜索していた俺。
そろそろ、山の風景も見飽きて来た。

(くっそ、できれば白井よりも先に見つけていっていうのに……)

少々苛立ちつつ探しているとふと、見慣れた景色に差し掛かり立ち止まった。

すぐ搜索を再開するのだが、また見覚えのある風景を見て歩を緩める。
そんなことを繰り返しつつ、俺は事件のことを思い返していた。

(……そうはいっても白井にも悪いことをしたよな)

正直白井には悪いことをしたとは思っている。
初めての捜査だったというのに誘拐犯の捜査ではなく虐待の方の捜査に付き合わせてしまったことや、事情もろくに説明せずにこのような山の中に連れてきてしまったことなどである。

だが、俺にはアキラくんを確実に無事に家に返すということと、あとひとつどうしても誰より先に北上信二に行き着きたい理由があった。
無論全てが終わったとき、色々と迷惑をかけた白井には全てを包み隠さず話し、謝るつもりだが、あの子は納得してくれるだろうか。

さて、そのようなことを一時考えながらも歩を少しずつ進めていると、俺の見覚えのある風景の中で最も印象に残っている場所に行き着き俺はついに完全に足を止めてしまう。

というのもそれは感慨深さ故に立ち止まるといったたぐいのものではなく、足が震えて前に進めなかった。

忘れもしない、20年前のあの日。俺はここであの声を聞いたのだ。

(そうだ、あの声がしたとき俺は確かにここにいた。そしてそれからは俺はここの草薮から姿を現して……)

俺はまるで20年前そうしたのと全く同じように、草薮から意を決して姿を現した。

そこにいたのは、中肉中背の体躯。
そして鬢には軽い白髪を蓄えそして右の目に大きなやけどの跡を負った作業着のようなつなぎに上から黒いライダースジャケットを着た男性がスマホを手に立ちつつこちらを見ていた。

「!」

こちらを見た男性は一瞬固まったが、すぐに回れ右をして全速力で逃げようとする。
だが俺はそれを追いかけようとはしなかった。
というのも俺はその男性を立ち止まらせる方法を知っていた。ただ一言、こう声をかければいい。

「将軍!」

思惑通り男はぴたっと動きを止める。そして恐る恐るこちらに振り向く。

「嘘だろ、お前まさか……彰か」

将軍は逃げるのをやめたばかりか、大股でこちらに歩み寄ってくる。

「そうだよ、将軍。彰だ」
「信じられない……」

将軍は先ほど逃げていたのとは打って変わって感慨深げに将軍の方からこちらの方へと歩み寄り、そして俺の肩に手を置いた。

「正義の味方、か……。夢を叶えたんだな」
「それもこれも全部将軍のおかげだ。あの時もし将軍が俺を寒い倉庫の中から救ってくれなかったら今頃俺は……」

早くもここで俺は言葉を詰まらせてしまう。

「そうか、この場所は……」

ここで将軍もどうやらこの場所があの場所であることに気がついたようで、辺りを見回す。

「あぁ、将軍が俺を麓に下ろした時のあの場所だ」
「そうか、あの時お前はここ立ち聞きをしていた。俺がそれに気がついて……」
「そして、将軍はこういったんだ。『アキラは足手まといだから、警察に引き渡す』って。……もうちょっとマシな言い訳はなかったのか?」

笑いながらそういう俺に将軍も頭を掻きながら苦笑いをする。

「あんな言い訳、さすがのあの時の俺でさえ信じなかったぞ」
「あの時は俺も必死だったんだよ、お前を山から下ろすのでな。それに……」

そういって意味ありげに言葉を続けようとする。俺はその続きに耳を傾けた。

「あれくらい強く突き放さないと、耐えられなかったんだよ。あんなに慕ってくれたお前と離れるってことに……」
「……」

将軍のその言葉に俺は思わず言葉を失った。とはいっても失望などではない、嬉しさからくる絶句である。

(あれから20年……、歳はとったみたいだが将軍はあの時の将軍だ。全然変わっていない)

背はあの時と同じ中肉中背よりやや低め。あれから白髪は増え、顔は少しくたびれて右目のやけどもその存在感を放っていた。

だが、その優しい目つきや、ゴツゴツしつつも大きい手。そしてにこやかで穏やかな表情などはまるで20年前と変わらない。

そのような将軍の様子を見ていると俺の胸の中にも熱いものがこみ上げてくる。

なにせ20年ぶりの再会である。
あれからこちらから会うことはない、そう思っていたが、このようにしていざ目の前にしてしまうと昔の思い出や命を救ってくれた感謝や、そして別れる時わざと突き放した将軍の気持ちなどがこみ上げてきてそれらを言葉にすることができない。

将軍もそれを察するように優しい目でこちらを見ていたが、やはりこらえきれなくなったのが目元を力いっぱい拭って俺をの肩を抱き寄せる。

その時に俺の右のポケットに入っていたスマホが少し震えた気がしたが、俺は全くそれに気がつかず、その着信がアキラくんを見つけた白井からの着信であったことを知って白井から大目玉を食らうのは後になってからであった。

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