【正義の鎖】第10話「児童相談所」

正義の鎖

私は悩んでいた。
その悩みの種は今隣で人を待っている先輩である。

先ほど私の「私の誘拐犯を追いましょう」という言葉をどう曲解したらそうなるのか、私には本当に理解できなかったが、先輩が私を連れてきたのはこの区の児童相談所であった。

先ほど先輩は私を引き連れ、児童相談所の自動ドアをくぐり受付の30代ほどの女性に、女性が「確認しますので少々お待ちください」といって奥へ行った直後のこの状況が今のこの状況である。

私と先輩はカウンター越しにその女性が戻ってくるのを待っていたが、少々その女性が戻ってくるのが遅かったというのもあり私の隣でそわそわしながら待っている先輩に対するイライラはピークを迎えようとしていた。

「あの、先輩。なんで児童相談所なんですか?」
「大丈夫、見ていればわかる」

なんだか先輩は明らかに先日から何を隠すかのようにはぐらかしている。
だがそのはぐらかすかのような答えもまた私をイラつかせるものだった。

「先輩よく聞いてください。アキラくんは今誘拐犯に誘拐されて、孤独で怖くてすごく不安に過ごしているんです。あるいはもっと大きな犯罪に巻き込まれたりして命の危険に晒されてるかもしれません。今は一人でもたくさんの捜査員が現場で捜査して、手がかりを見つけなきゃいけないんです。私たちがこうやって無為に時間を過ごしてる時間も聞き込みとかに当てていれば見つかる有力な手がかりとかだってあるかもしれません。なのに私たちはこうやって道草を食ってばかり……」

コンコンと説得する私の言葉も先輩に届いていないのか、先輩はやはり先ほど受付の女性が去っていった方向ばかりを見ている。
セリフでも付けるとしたら、「まだ戻ってこないのかなぁ」といったところか。

だが私はここでやめるつもりはなかった。
なにせアキラくんの安否がかかっていると思えば、ここで負けるわけにはいかない。

「お願いですから先輩、捜査に戻って誘拐犯とアキラくんの行方を追いましょう。今はそれが一番重要です。虐待の件はその後追求したっていいはずです。ね?」
「……」

私の頼みを黙殺する先輩。
その態度は私からすればまるで無視するかのようにだんまりを決め込んでいるかのように感じ、ついに先輩に私は声を上げていた。

「先輩!」
「白井、あのなぁ――」

そう言って先輩がついに私の方に向き直って、何かを言おうとする。
私も先輩の方を睨んでいたため、自然と向かい合う形となったときである。

「あのー……」

一瞬先輩と私がにらみ合ったその時に先ほどの受付の女性が少々気まずそうに声をかけるのが横目で見え私も先輩もほぼ同時にそちらの方に振り向いた。

「すいません……お取り込み中でしょうか?」

受付の女性はなんとなく険悪な私たちのムードを瞬時に感じ取ったのか申し訳なさそうに若干上目遣いでこちらを見ている。

あまり申し訳なさそうに、そのように尋ねるものでなんだかこちらのほうが申し訳なくなってしまう。

「すいません、大丈夫です」

私の代わりに先輩がそう答え、私もいろいろ納得できないところはありつつさきほど先輩がなにを言おうとしていたのかき放ったが、その対応してくれた女性の次の言葉に一旦耳を傾けることにした。

「確認してみました。今誘拐事件で話題になっているアキラくんの家ですよね?確かに二週間前にひとり中年男性が3丁目のアキラくんという子が虐待されているとの通報をしてきています」

その時の記録をその女性が差し出したので先輩がそれを受け取り一通り目を通す。
が、その記録者のところを読んでいる時に先輩の目が止まり、受付の女性の方をもう一度見上げた。

「この記録者の鏡っていうのは……?」
「私です」

先輩はそれを聞いて薄い目を少し見開いた。少し驚いたような表情にも見える。

「その男性はここに訪ねてきたんですよね?」
「はい」
「その男性の顔などは覚えていますか?」
「えぇっと……さきほど行ったように中年くらいの男性で背は低くてこれくらい?あと右目にやけど?みたいな傷がありました。結構大きかったと思います」
「え?」

右目のやけど、そのキーワードには聞き覚えがあった。

間違いない、今朝捜査会議において発表された有力情報の一つに右目にやけど跡のついた男というワードが出たではないか。
思いもよらぬ場所で思いもよらぬ言葉を耳にし私は思わず先輩に尋ねずにはいられなかった。

「右目のやけどって……先輩これは一体どういうことなんでしょうか?」

そのように先輩に問いかけようとして、先輩の顔を見上げた時私は思わず押し黙った。
普段は基本無表情な先輩の顔が、私にもわかるくらいはっきりとまるで怒りに打ち震えるように紅潮していたのだ。

一体何に怒っているのか私には到底わからなかったが、そのまるで静かに怒りを燃やすような先輩の表情に、私は割れ物を抱えているような面持ちとなり、ひとまず先輩の次の言葉に耳を傾けることにした。

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