【正義の鎖】第8話「不可解な事実」

正義の鎖

「付近の住民の聞き込みで、一昨日16:30頃助手席にあきらくんらしき少年を乗せた黒いワンボックスカーが諸星区三丁目を都内方面に向けて走っていくのを見たという証言を入手しました。車のナンバーまでは覚えていないようですが、運転席の男は4~50代ほどで右目にやけど跡のような傷がついていたということです」

翌日日曜朝、基本警察の捜査に週末休みはない。
日曜だろうが水曜だろうがお構いなしに始まる捜査会議が始まって一時間ほど立った時である。

警察のほとんどが有力な目撃証言を発表できずにいる中、私たちの前の席に座っていた本多と御池ペアのこの目撃情報に、少々会議室がざわめく。

「なるほど、黒いワンボックスに右目のやけどか……。よし、この情報はマスコミに発表しさらに目撃情報を募るとしよう。倉木、姫さんペアはどうだ?」

前方で引き続き進行をしていた佐々木課長が、自然と私たちにも捜査結果を開示するよう求める。

すると先輩が立ち上がった。

「はい、自分たちは昨日被害者の両親に聞き込みを行いましたが、やはり一昨日遊びに行ってから行方がわからないという以上の情報は聞き出せませんでした。特に怪しい人物などにも心当たりはないようです」
「……そうか、ご苦労様」

渋い顔で返事をする課長、平静を装っていたががっかりしていたようだった。

(結局雅史さんが嘘をついていたという件は言わないんだ……)

 

「雅史さんが嘘をついてたって件は言いませんでしたね先輩」
捜査会議が終わって30分後、私は先輩にそのように問いかけていた。

「当然だ、全部俺の頭の中の仮説だからな。余計な事を言って捜査を混乱させていたら本末転倒」
「その仮説っていうのは雅史さんがその……あきらくんを裸足で倉庫に閉じ込めて虐待まがいのことをしているということですか?」

「馬鹿げてると思う?」
「そこまでは言いませんがちょっと発想が飛躍しすぎだとは思います」

「発想が飛躍しているのかはこれからわかる」
そこまで会話したところで私たちはつい先日もお邪魔をした一軒の白い家の前にやってきた。

 

「先日に引き続き度々すいません」
「とんでもない、昨日も言ったとおりアキラが戻ってくるためなら私たち協力を惜しむつもりはありませんから」

昨日あんなに失礼な態度をとったにも関わらず、快く迎える雅史は、昨日も座ったソファに私たち二人も座るよう促した。
こんな素朴で柔和そうな人物が、子供を倉庫に閉じ込め虐待することなどあり得るのだろうか、と考えた。

私はふと隣に座る霧子に目線を移した。

霧子の方はあいも変わらず袖までぴっちりと閉めた白いカッターシャツを着用し、俯けていてよくは見えないが非常に顔色は悪かった。
その固く握り締めた霧子の手を、雅史は包むように握っている。
ほとんど昨日と同じような構図である。

「実は昨日聞き忘れたことと、昨日の捜査で新たにわかったことなどを含めて新たに質問したいことが出てきたので立ち寄らせていただいたんです」
「それは一体……」

雅史さんは怪訝そうに首をかしげたので私がここで問いかける。

「実は昨日のほかの捜査員の聞き込みで、あきらくんをのせた黒いワンボックスカーが都内方面に向かうのが目撃されていることがわかったんです。運転している40代ほどの男は右目に大きいやけど跡のような傷があったらしいのですが、その人物に心当たりはありませんか?」

「黒いワンボックスカーに右目のやけど、うーん……」

雅史さんは腕を組んで考え込む。
だがどうも頭の中にその情報に合致する人物はいなかったらしく、霧子さんの方にも「誰かいたっけ、そんな人」と問いかける。

霧子さんの方も首を横に振って無言の答えをしていた。なんとなく昨日も見た流れだ。

「すいません、やっぱり心当たりないです」
「そうですか……」

私はがっかりしたように肩を落としてみせるがこの質問はいわば前座だ、本番は次の質問である。

「次はちょっとおふたりの昨日の行動について確認をさせていただきたいのですが」
「えぇ、構いませんよ」

雅史さんは組んでいた腕を解いて膝の上に乗せ、受け入れ態勢を見せた。非常に自信たっぷりといった様相である。

「昨日あなたと霧子さんは17時頃、あきらくんの帰りが遅いのを不審に思い近所を聞き込んだりして周囲を探し回ったり、翌日警察に通報するまで続けたと。これに間違いはありませんか?」
「えぇ、確かにその通りです」

「しかしですね、実は昨日あのあとこのあたりのブロックの家をくまなく聞き込みしたんです、しかしあなたたちが訪ねてきたという人は一人もいなかったんですがどういうことでしょうか」

一瞬雅史さんの顔色がわずかだが確かに曇った。
私には刑事の勘などというそんなことを語るほどの資格も経験もないが、そんな私にもはっきりとわかる。
間違いなく痛いところを突かれたというそんな表情だった。
がそれも一瞬の間だけで、コンマ1秒といったところで雅史さんは元の顔に戻る。

「あぁなるほど。確かに一昨日私は夕方から夜いろんな家を回って、息子のアキラを探したんですが、実はあの日は間が悪かったのかほとんどの人に会えなかったんですよ。お留守ばかりで」

なるほど一応筋は通ってるように思える。

私も刑事として聞き込みをすることがあるが、意外と感じるのが留守の多さであるし、これは妥当な意見にも思えた。
先輩もこの件については、これ以上追求する気になれなかったのか。

「なるほど」

などと頷いて納得する素振りを見せたが、内心納得などはしていないのは明白だった。

「ではあなたが夜中の23:00までパチンコ屋にいたのを目撃したという人がいたんですが、これに関してはどうでしょうか」

今度は完全に雅史さんの顔から血の気が引いていくのが完全にわかった。
柔和そうな顔から一変目をカッと見開き額からは冷や汗が流れ落ちて、「いや、それはえーっと……」とつぶやきながら次の答えに窮していたが、それを助けたのは意外な人物であった。

「あの、すいません。主人が悪いんじゃないんです」

ここで突然、昨日から雅史さんより先に口を開くことなどなかった雅史さんの隣に座っていた霧子さんが口を開いた。

「確かに主人は一昨日は夕方から夜までずっとパチンコにいました。一方で私は家にいてアキラの帰りが遅いのを不審に思って夕方17時から探し始めたんです。でも主人には知らせなかったんです」
「主人に知らせなかった?なぜですか?」

「主人の手を煩わせたくなかったんです。それにまさかこんなに大事になるなんて私思わなくて……」

煩わせたくなかった……その言葉に若干の違和感を感じつつも私は黙って聞いていると先輩は私の代わりとでも言わんばかりにさらに質問を畳み掛けた。

「なぜ嘘をついていたんですか?」
「息子が誘拐されているときにパチンコにいたなんて世間から非難されると思ったからです。そもそもは連絡しなかった私のせいで主人が非難されるなんてあんまりだと思ったんです」

その強い抗弁に一瞬先輩がひるんだ。
そのスキを狙ってか今度は夫の雅史さんの方も発言する。

「そもそもあなた方はアキラと誘拐犯の行方を追っているんじゃなかったんですか?それなのにどうして私たちの行動ばかり追いかけているんですか?そんなことをしている暇があったらアキラを早く見つけて取り戻してください!」

これに関しては私もそう思う。

さて一通りの抗弁を終え、まだ質問はあるかとキッとこちらを見返す雅史さんと霧子さん。
その有無を言わさぬ強い目線に先輩も言葉を詰まらせ、頭をかく。

(今日はここが潮時じゃないかなぁ……)

ひとまず疑問が解決したわけだし、引き下がるべきではないかと私は思っていたが、どうやら先輩も同じような気持ちだったらしく、
「わかりました、また来ますのでその時はよろしくお願いします」と声をかけソファから腰を上げるのであった。

「……ふぅ」

愛車プリウスに戻って思わず先輩はため息の手前ほどの長い吐息を漏らした。
私もその広い助手席について、先輩の表情を伺いつつ脳内を整理した。

先輩の顔はやはり先ほどのキリコさんとの問答のせいか疲れが出ていたたが、ただやはり納得はしていないようだった。

私としては納得して欲しいのだが。

「どう思いました?」
「どうもこうもない、あんな答えじゃ納得できないよ。行方不明になってすぐ警察に通報しないだけでも不可解なのに夫にも知らせないなんてそんな無茶苦茶な話はないだろう。そうは思わないか?」
「うーん……」

なかなか納得してくれない先輩。
私は昨日から思っていたことを言おうか言うまいか悩んでいたが、この際なので率直にいうことにした。

「先輩、虐待かどうかはわかりませんが確かにあのふたりは不可解です。それは認めます、だけど今は一旦それは置いときませんか?やっぱり私たちも雅史さんの言うとおりあきらくんと誘拐犯の足取りを追ったほうがいいと思います。家の事情はどうあれ今こうしてる間にもあきらくんは誘拐されて心細い思いをしているのは間違いないんですよ?幸い目撃証言で犯人は黒いワンボックスカーに乗った右目にやけど跡がある4~50代の男性ってとこまではわかってるんですからまずはその目撃情報を頼りに……って先輩聞いてます?」

何やら運転席で腕を組んで沈思黙考している先輩に、私はちゃんと私の率直な意見を聞いているのか不安になった。
それなりに迷って発言した内容だったので、聞いてもらえないと困るのだが、どうやらその心配はないようだった。

「誘拐犯の足取りを追う……か。そうか、その手があるか」

何やら一人で納得し、プリウスを走らせる先輩。
はっきり言って今の私の発言で何を合点がいったのか皆目見当がつかないのだが、どうやら誘拐犯の方の捜査の方に戻る気になったのは間違いないようで少々安心した。

(だけど……一体どこに向かうつもりだろう)

一抹の不安と、捜査に戻れる安心感。
二つの感情を抱く私を助手席に乗せたままプリウスは音もなく目的地へと向かうのであった。

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