著者:鈴木涼美 2023年6月に新潮社から出版
浮き身の主要登場人物
私(わたし)
三十代後半の女性。物語の語り手である〈私〉。作中に名前は出てこない。
梨絵(りえ)
〈私〉が大学生のとき、勤めていた飲み屋があったビルの、別の飲み屋にいた女性。〈私〉より四歳年上で、〈私〉と同郷。
マリア(まりあ)
〈私〉が大学生のとき、これから開業するデリヘルで働くことになっていた女性。当時、二十歳。〈私〉と同じ生まれ年。
ユリカ(ゆりか)
〈私〉が大学生のとき、これから開業するデリヘルで働こうとしていた女性。それまで、黄金町の箱ヘルで働いていた。ユリカは源氏名で、本名は照子。当時、二十五歳。
黒髪(くろかみ)
〈私〉が大学生のとき、デリヘルを開業しようとしていた男たち三人のひとり。作中に名前は出てこない。
浮き身 の簡単なあらすじ
〈私〉は三十代後半の女です。
同居していた男が、喧嘩の末に出ていってしまいました。
〈私〉は、十九年前、大学生のときに住んでいたマンションの、別の部屋を内覧しにいきます。
同時に、当時の、クスリと酒と男で乱れていた自分の青春時代を思い出すのでした……。
浮き身 の起承転結
【起】浮き身 のあらすじ①
〈私〉は三十代おわりのアラフォー女子です。
昨日、同居していた男と喧嘩になり、男は出ていきました。
預けてあるカギは返してくれませんでした。
〈私〉も返してくれとは言いませんでした。
男がいなくなって、ぽっかりと予定のあいた翌日、〈私〉は学生のころに住んでいた五畳半のマンションの、別の部屋を内覧に行きます。
十九年前、〈私〉は都市部へ出てきたばかりの大学生でした。
父は公務員、母は地方議員の娘です。
妹がふたりいます。
両親は〈私〉が高校を卒業すると、自分たちの子育ては終わったと考えているようでした。
〈私〉が実家から通えない、少し離れた大学に入学し、一人暮らしを始めるのを止めもせず、アパートの保証人になり、仕送りだけはしてくれました。
自由になった〈私〉は、飲み屋でバイトしました。
同じビルにある別の飲み屋でホステスをしている梨絵さんと親しくなり、歓楽街につれていってもらいました。
ある晩、梨絵さんに、カジノのある店に連れて行ってもらった深夜に、ボーイが「先輩がデリヘルを始めることにした」という電話を受けます。
梨絵さんは「遊びに行くだけならいいよ」と、ボーイの顔を立てたのでした。
【承】浮き身 のあらすじ②
〈私〉たちはボーイに案内されて、クラブに行きました。
中国人の中年男と、黒髪の男と、金髪の男が席についていました。
しばらくして中国人が店を出ていき、残った男たちがくつろぎます。
黒髪がボーイの先輩のようです。
〈私〉は勧められ、ストローで鼻からクスリを吸いました。
やがて〈私〉たちはデリヘルを始めるという部屋へと移動しました。
マンションの十一階にある一室です。
汚い部屋には、マリアという女性がいました。
〈私〉と同じ歳です。
彼女は、ホストに貢いでできた借金を返すために、このデリヘルで働くつもりでいます。
部屋に泊めてもらうと、黒髪がやってきて、抱かれましたが、〈私〉は抵抗しませんでした。
その日以来、〈私〉はその部屋に出入りするようになりました。
デリヘルを開業しようとしているのは、黒髪、金髪、顔長男の三人です。
そのほかに、パソコンに詳しい、眉細男が出入りしました。
まもなく、二十五歳のユリカが来ました。
彼女が引っ張ってきたチカちゃんは下半身が太く、男たちはあまり歓迎していない様子です。
金髪の元彼女の渚ちゃんもやってきて、クスリをやったりします。
皆でピザでもとろうという話になり、注文しました。
【転】浮き身 のあらすじ③
細眉の男は、音楽をかけながら、店で働く女たちの画像を修正し、ホームページに載せていきます。
彼には里ちゃんという彼女がいて、結婚しそうな雰囲気です。
〈私〉はなんとなく細眉の男が気になっています。
その頃〈私〉たちは、その部屋に入り浸っていました。
マンションの十一階にある、世間から浮いた場所でたむろしていたのです。
まだデリヘル開業前で、とりとめのない話ばかりしていました。
ユリカの元カレは威張っていて、風俗嬢をバカにしていた、とか、ユリカがその彼と別れた理由は、会う機会が限られていて、会えば彼が必ずセックスを求めてくるのだが、生理の時はしたくないから、といった話をしていたのでした。
〈私〉はそんな話を聞き、ときどきクスリをやり、なんとなくすごすのでした。
飲み屋のほうでは、〈私〉は可もなく不可もなく、攻撃されないような立場に立ってすごしました。
ある日、デリヘル部屋に入ってみると、渚ちゃんが泣いていました。
靴箱に入れておいた、お気に入りのおニューの靴がなくなっているというのです。
今日面接に来た女が、撮影スタジオに連れていかれるときに、勝手にはいていったらしいのです。
はいていった女も女なら、それを許した男も男でした。
【結】浮き身 のあらすじ④
やがて女が戻ってきました。
体型も頭もおかしい女でした。
男たちは、売り物にはならないが、面倒な客用になら使えるだろう、と話します。
ポンという源氏名をつけたその女を無理やり帰らせた、その夜のこと。
ユリカがこんなことを告白しました。
いま働いている箱ヘルに仁義を通そうと、デリヘルに移ることを話したところ、干されてしまったそうです。
ならば、辞めてやる、と荷物をまとめたものの、デリヘル開業まで、一週間収入がないのは痛い、で、内密に客と直接交渉して、その客の家に行ったそうです。
そしたら、乱暴され、オナニーを強要され、オシッコをかけられ、と散々な目にあったそうです。
そんな話のあと、部屋から人が減り、クスリでバッドトリップした〈私〉に、男たちが強引に挿入してきたのでした。
セックスのあと、〈私〉は外廊下に出て、吐きました。
その翌日、男たちは、ユリカをひどい目にあわせた客の家に乗り込んでいって、侘びを入れさせたのでした。
それを最後に、〈私〉は十一階の部屋には行っていません。
デリヘルは半年で潰れたらしいです。
十九年たったいま、かつて住んでいたマンションの別の部屋を内覧させてもらいながら、〈私〉は当時のことを思い出しています。
実家という箱を出て、十一階の箱に閉じこもっていた日々が、今の〈私〉には、とてもきらめいて見えるのでした。
浮き身 を読んだ読書感想
一読して感じたのは、おそろしくサラリと、当たり前に描かれているなあ、ということでした。
主人公の〈私〉は、父が公務員で、母は地方議員の娘という、けっこうお堅い家に育った娘さんです。
それが、大学に入るなり、大学にはろくに行かず、飲み屋(キャバクラのようなところ?)で働き、デリヘル準備中の部屋に入り浸って、クスリでトリップし、くさい男たちとセックスし、風俗嬢たちと接する、というわけなのですが、それがぜんぜん「大ごと」としては描かれていません。
淡々と、ごく普通の、当たり前の日常として描かれているのです。
それが、かえってリアルで、読んでいて真に迫ってくる迫力があるのです。
それからもう一つ、読んで面白いと思ったのは、十九年後の現在の〈私〉はすっかりアラフォーの女になり、若かった頃の、言ってみれば「乱れた」暮らしぶりを、「きらめいていた日々」として思い出している、ということです。
その懐古趣味的な様子が、またなんとも胸にグッとくるのでした。
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