著者:有栖川有栖 2015年10月に幻冬舎から出版
鍵の掛かった男の主要登場人物
有栖川有栖(ありすがわありす)
本作の語り部。34歳男性の推理作家。穏やかだが少し抜けた性格の大阪人。
火村英生(ひむらひでお)
有栖川の大学時代からの友人で探偵役。34歳男性の大学准教授。怜悧で合理的な性格で、犯罪社会学のフィールドワークのため、犯罪捜査に協力している。
梨田稔(なしたみのる)
半年前、大阪の「銀星ホテル」でベッドの脚に紐を掛けて縊死した69歳男性。資産家でホテルに住んでおり、穏やかな性格だったらしい。
影浦浪子(かげうらなみこ)
重鎮作家の女性。梨田と同年輩で、同じホテルに投宿していたので仲が良く、その死を疑っている。
桂木鷹史(かつらぎたかし)
銀星ホテルオーナー、美奈絵の夫であり、ホテル支配人。旧姓は山田で、梨田の実の息子だが最初はそれを知らない。
鍵の掛かった男 の簡単なあらすじ
大阪市のホテル「銀星ホテル」で、梨田稔という男性が縊死し、警察は孤独を苦にした自殺と断定します。
しかし、友人の影浦はその死に不審を抱き、推理作家の有栖川有栖と犯罪社会学者の火村英生に調査を依頼します。
有栖川は梨田の身の上を調べ、実はホテル支配人、桂木鷹史の実父であることを突き止めました。
梨田は鷹史を見守る幸せを感じており、宿泊客の露口が殺したことが火村によって看破され、露口は逮捕されました。
鍵の掛かった男 の起承転結
【起】鍵の掛かった男 のあらすじ①
推理作家の有栖川有栖は、業界の重鎮作家、影浦浪子に呼び出されました。
緊張して対面した影浦は、有栖川の友人である犯罪社会学者の火村英生に調査して欲しい件があると明かします。
火村は警察に協力して多くの事件を解決しており、関係者の間では知られた存在です。
依頼の件は、大阪市中之島にある小さなホテル「銀星ホテル」で縊死した、梨田稔のことでした。
警察は、身寄りがなかった梨田は孤独を苦に自殺したと断定しましたが、そんなそぶりなどなかったと、同じホテルの常連客である影浦は納得していません。
誰かに殺されたのではないかと疑い、有栖川に相談してきたのです。
それを受け、有栖川は銀星ホテルに泊まり込み、調査を行うことにします。
火村は多忙なので後日合流となります。
それまでに成果を出したいと意気込んでいます。
有栖川は警察の担当者の繁岡、ホテルの支配人・オーナーである桂木鷹史・美奈絵夫婦、従業員の丹羽、常連客の露口や日根野谷らに丁寧に話を聞いて回ります。
しかし、五年以上ホテルに長期滞在して住人と化し、ボランティア活動を熱心に行っていたという梨田の人生は見えてこず、まるで「鍵の掛かった男」としか言いようがありません。
性格も穏やかで優しかったといい、とても殺されるような人物とも思えないのでした。
【承】鍵の掛かった男 のあらすじ②
調査を続ける有栖川のもとへ、繁岡から情報が入ります。
梨田の過去を調べてみると、傷害罪で執行猶予となったあと、三十年前に飲酒運転で老人を死なせ、さらに逃亡して知人男性を突き飛ばし、金銭を奪った強盗傷害罪で服役していたことがわかりました。
また、逃亡中は三日も行方知れずだったのです。
ボランティア熱心で穏やか、という梨田の像が崩れていきます。
しかし、梨田はその後宝くじの一等が当たり、それをもとに会社経営を行って二億円にものぼる資産を有していました。
梨田の人生はジェットコースターのように浮き沈みが激しい、と有栖川は嘆息します。
そして、ホテルの常連であり梨田の知人でもある鹿内と調査し、梨田が毎月山田家の墓へ参っていたことを突き止めました。
山田という姓は、支配人の鷹史の旧姓です。
今は亡き母の夏子は事件当時、梨田と恋人だったのです。
鷹史を妊娠したのは、梨田が服役中のことですので、親子関係はないと思っていた有栖川でしたが、合流した火村と調査を続けるうち、夏子の亡き友人が産婦人科医であったことを知り、一つの結論に到達します。
事件当日、夏子は海外旅行に出ていたので梨田に会えませんでした。
しかし、梨田から電話がかかってきて、彼が重罪を犯したことを知ります。
夏子は、友人の産婦人科医のもとへ行けと梨田を急かしました。
捕まれば何年も会えなくなる梨田に精子を提供してもらい、自身が帰国後に人工授精して彼との子供をもうけるためでした。
梨田がなぜ三日も行方知れずだったのか、謎が解けました。
そうすると、亡くなった夏子しか知らない鷹史の実父は梨田ということになります。
【転】鍵の掛かった男 のあらすじ③
火村は、梨田が亡くなった部屋や遺留品を検分し、梨田が何者かによって絨毯の上を引きずられた痕跡があると見抜いていました。
さらに、たった一人の身寄りである息子・鷹史が経営するホテルで暮らし、温かく見守っていたのですから、不幸であるはずがありません。
さらに、最近鷹史の妻・美奈絵に妊娠が発覚していて、梨田もそれを知っていたというのです。
その日の梨田は明らかに機嫌が良かったと、常連客は証言しています。
しかしその直後、死んでしまいました。
自殺説は消え、有栖川と火村は殺人事件と確信します。
DNA鑑定を警察に依頼し、梨田と鷹史が実の親子であるという証拠も揃いました。
その直後、不可解な手紙が銀星ホテルへと届きます。
梨田が生前に書いた遺書でした。
遺書には鷹史との親子関係の告白と、遺産の半分を鷹司に、半分を交通遺児育英会に寄付する旨が書かれていました。
これで、今までの推理が裏付けられたことになりますが、関係者はうろたえるばかりです。
梨田の死後半年以上経った現在、この手紙を出したのは誰なのか? しかし、火村は「鍵は開いた」と真相に至ったことを告げました。
【結】鍵の掛かった男 のあらすじ④
犯人は常連であり、美奈絵の友人でもある露口でした。
実は、梨田殺しは完全犯罪で、そこから犯人を導き出すのは非常に困難でした。
その尻尾を掴めたのは、遺書が郵送されてきたときです。
なぜあのタイミングで隠していた遺書を送りつけたのかを考えると、犯人がわかったと火村は言います。
美奈絵が妊娠していることを火村が知って驚いた直後、遺書は投函されていました。
火村は、梨田が孫の誕生を楽しみしていたことから「殺人」と結論付けたのですが、殺害時に遺書を盗んでいた犯人も、梨田が鷹司と親子であることを知っており、殺人事件が露見したと勘づいたというわけです。
そのとき、火村と話していたのは露口だけでした。
犯人である露口は、ホテルに隠していた遺書を大慌てで投函しました。
そのメリットは、「嫉妬する友人の美奈絵が手にする遺産を、二億から一億の半分に減らすことができるから」というものです。
そのために、投函のタイミングを火村に疑われ、防犯カメラから切手などを買う証拠を得られてしまいました。
犯行動機も、梨田が鷹史との秘密を露口に打ち明けたことから始まっていました。
梨田は「親子であることを鷹史に明かしたい」と迷っていました。
ここで梨田を殺せばそれは露見しないので、遺産を美奈絵に相続させなくて済みます。
万一親子関係が明らかになったときのために、遺産を半分にさせる遺書を保険として盗みだしていました。
さらに、露口は過去、梨田と知り合う前、電車で「体調が悪いので席を譲ってほしい」と頼んできた梨田を邪険にしたことがありました。
それがSNSで拡散され、恋人も職も失い、一方的に梨田を恨んでいたのです。
反面、露口は梨田が万一鷹史に拒絶されたらどうするのかとも心配でした。
それも動機らしく、複雑な感情が入り乱れています。
後日、ホテルで梨田の葬儀が行われました。
有栖川は、鷹史夫婦から子供の名前が、祖父の名「稔」になると教えられました。
鍵の掛かった男 を読んだ読書感想
デビューから三十年以上、日本本格ミステリ界の第一線で活躍している有栖川有栖の人気シリーズ、「火村英生」十三年ぶりの長編書き下ろし作品です。
デビュー以来、進化を続ける著者の作品の中で、屈指の読み応えと感動をもたらしてくれました。
事件自体は非常に地味で、「とあるホテルの一室で変死した男性」というものですが、捜査の過程で、彼が歩んできた艱難辛苦の人生が丁寧に明かされていきます。
この丹念さによって、男性・梨田の人生が徐々に立体的に表れてきますし、ラストの感動に繋がってきます。
多くの作家や読者は、手っ取り早い感動や結末を求めて性急に話を進めてしまいますが、近年の著者はそうではありません。
この積み重ねによって、読者は有栖川や火村と一緒に捜査に参加しているという気持ちになれますし、キャラクターに共感できます。
ラスト近く、「鍵の掛かった男はもう一人いる。
火村先生です」という影浦の台詞も心憎いものがありました。
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