著者:山下澄人 2020年3月に中央公論新社から出版
小鳥、来るの主要登場人物
おれ(おれ)
物語の語り手。自由な大人に憧れている9歳。猫アレルギーがあり体が弱い。
テル(てる)
おれの父。仕事が長続きせずに当たり散らす。
トシ(とし)
おれのおじ。ギャンブルが好きで服装も派手。
うえだ(うえだ)
おれの担任。正義感は強いが教師としての経験は不足している。
たけし(たけし)
おれの友人。注意が散漫でよく車にひかれる。
小鳥、来る の簡単なあらすじ
小学3年生になった「おれ」は父親のテルから理不尽な暴力を受けていましたが、周りの大人たちからは助けてもらえません。
テルを「倒す」チャンスをうかがっていたところ夏休みにふたりっきりで海水浴に行くことになりましたが、結果として親子の距離は縮まることに。
読書に熱中しつつ友だちとも交流を深めていくうちに、おれは夏と少年時代の終わりを実感するのでした。
小鳥、来る の起承転結
【起】小鳥、来る のあらすじ①
テルが働いていた工場を突然に辞めてしまうと母はひどく驚いていましたが、おれはある程度は予想していました。
次第に機嫌が悪くなっていくのもいつものことなので気をつけていましたが、こたつの足で殴りかかってきたのは1学期が終わりに差し掛かったある日のこと。
次の日になると右腕にはアザができていて、それを見たうえだ先生が大げさに騒ぎ出し保健室へと連れていかれます。
教頭先生にまで報告がいき病院で診察を受けましたが、医師の診断によると打撲とのことで骨に異常はないでしょう。
大学を卒業したばかりだといううえだには、近いうちに緊急の家庭訪問をするという対応くらいしかできません。
相変わらず昼間から競馬新聞を読んでいるテル、そのふたつ上の兄でパチンコに熱中しているトシ。
大当たりを出したというトシがかき氷をごちそうしてくれたのは、クーラーを付けていても暑くてたまらない夏休みの初日です。
テルは幼い頃から頭の中のネジが外れていたそうですが、赤い花柄の半袖シャツに白いズボンを履いたトシもおれにはまともな大人には見えません。
【承】小鳥、来る のあらすじ②
白いの、黒いの、ねずみ色、緑色、セキセイインコ… しばちゃんの家に遊びに行くとたくさんのカゴが飾ってあって、中では色とりどりの小鳥が鳴いていました。
急に喉が詰まったような息苦しさを覚えたのは、おれの目の前に3匹の猫が現れたとき。
そこからはしばちゃんの祖母が救急車を呼んでくれたことと、サイレンが聞こえてきたことくらいしか覚えていません。
しばらくは入院することになったおれ、ベッドの上では映画館で見た「ドラゴン危機一髪」のことばかり考えています。
手や足がすばやく動くところ、ヌンチャクを使いこなすところ、自分よりも大きい敵に立ち向かっていくところ。
おれが宿題の作文に「将来の夢はブルース・リー」と書いたのは、お見舞いにもこないテルを倒せるようになりたかったからです。
さすがにブルース・リーは無理そうなのでせめて同じクラスの女子、しまだくらいにタフになることを当面の目標にしました。
背も高くて発育もよい彼女は、かけっこをしても相撲をしても男子に負けません。
【転】小鳥、来る のあらすじ③
朝から釣り道具の準備をしているテル、塩をまぶしただけのおにぎりを10個ほど作っている母。
退院したばかりのおれもコーラやお菓子を運ばされて、電車とバスを乗り継ぐとビルの向こう側にフェリー乗り場が見えてきました。
1時間ほどすると波の音が聞こえてきて、白い砂浜と青い空が一面に広がっている島へ到着します。
ゴムボートをレンタルして防波堤へとこぎ出すテル、両手でオールを握っているためにおれの力でも軽く背中を押すだけで海中へと転落していくでしょう。
ボートが流されていることに気がついたのは、陸から見えなくなる距離までチャンスを伺っていたその時。
テルはイカリを投下して何とか止めようとしますが、すでにロープの長さが底に届かないほどの沖合です。
海に飛び込んで最初はクロール、疲れてくると平泳ぎ。
水泳の時間はもちろん、夏休みの解放プールにもこまめに通っていたために何とか泳ぎきることができました。
浜の上で寝転んで息を整えているおれ、隣ではテルが涙を流しています。
【結】小鳥、来る のあらすじ④
入院中にマーク・トウェインの「ハックルベリィ・フィンの冒険 1」を差し入れてくれたのは、テストの点数が学年で1〜2番にいいまーちゃん。
主人公は元気な男の子のトム・ソーヤ、親友のジムといかだで川下りをするシーンが特におれの心に残りました。
続きが気になるために第2巻を立ち読みしに商店街の本屋さんまで出掛けてみましたが、入店して早々に店主に追い払われてしまいます。
地元のお店を荒らしまわっているのはしらとり兄弟、関係がないおれまで万引き犯と誤解されてしまい面白くありません。
まもなく新学期が始まる数日前、同じアパートに住んでいるたけしと一緒に細い裏通りを抜けた先にあるたこ焼き屋へ。
この道で3回ほど自動車と衝突したというたけしですが、相変わらず元気そうです。
1年がすぎて、10年がすぎて、30年がすぎて… 小鳥がついまでも小鳥でいられないように、おれたちもいつかは大人にならなければなりません。
それでも死ぬ時にはたけしと一緒にたこ焼きを食べている、今日この瞬間を思い出すことを確信するのでした。
小鳥、来る を読んだ読書感想
香港の伝説的なアクションスターの主演作が公開された頃のようで、物語の時代設定はおそらく1970年代でしょう。
児童虐待という21世紀まで先送りにされてしまったテーマを取り上げつつも、それほど悲壮感は漂ってきません。
関西弁が次から次へと飛び交う会話のリズムが心地よく響いていき、下町のノスタルジックな背景にも癒やされました。
「強さ」にばくぜんと憧れていたはずの主人公の少年が、父親の「弱さ」を垣間見る海辺のエピソードが秀逸です。
子どもだけが持っているはずの純真さが、やがては失われていくことを予感させるようなラストも名残惜しいですね。
コメント