著者:新胡桃 2023年1月に河出書房新社から出版
何食わぬきみたちへの主要登場人物
伏見(ふしみ)
大学生の男子。高校時代はかるた部の部長だった。
大石(おおいし)
伏見と同じ高校の、かるた部の副部長だった男子。いまは別の大学の軽音楽部所属。
明石(あかし)
伏見と同じ高校にいた女子。クレヨンでみごとな絵を描いた。
古川辰巳(ふるかわたつみ)
伏見と同じ高校にいた男子。いじめがきっかけて、高校を中退。
坪井敦子(つぼいあつこ)
古川がいじめ問題を起こした男子の妹。現在、伏見がいたのと同じ高校にいる。
何食わぬきみたちへ の簡単なあらすじ
大学生の伏見は、夏休みに実家に帰省します。
そこで出会った奇妙な男子と、のっぽの女子。
女子は、伏見の母校の女子高生のようです。
伏見は、かつて母校であった、分級でのいじめ事件のことを思いだします。
彼はそのとき単なる傍観者でしかなかったことに、忸怩たる思いを抱いていたのでした。
一方、その奇妙な男子こそが、かつてのいじめ事件の被害者であり、のっぽの女子高生は彼の妹なのでした……。
何食わぬきみたちへ の起承転結
【起】何食わぬきみたちへ のあらすじ①
東京の大学へ行っている伏見は、夏休みに実家に帰省します。
家に帰る途中、わけのわからないことを言う奇妙な男子と、のっぽの女子高生に出会いました。
彼女は、伏見の出身高校の後輩のようでした。
家に帰ると、家族の間で、高校時代の友人だった大石の話題が出ます。
大石は、東京の別の大学へ進学したのです。
先日、伏見が大石と会った時、明石さんの話が出ました。
明石さんは、高校の同級生の女子で、大石と同じ大学へ行ったはずですが、大石は知りません。
明石さんとは、高校時代、美術の写生のときに、何度かいっしょになったのです。
クレヨンで力強い絵を描く子でした。
帰省中、伏見は、大石といっしょに母校をおとずれます。
ふたりとも、かるた部所属でした。
現在の母校を見ながら、ふたりの間で、古川のことが話題になります。
古川はクラスで浮いていた男子で、あるとき分教室(特別支援学級)のほうへ行って、彼らをからかいました。
それを見た大石は、やめるように注意しました。
ふたりはあわや喧嘩になるところで、クラスの連中に止められました。
「大石は正しいことをした、自分はなんだったのか?」と、伏見は思うのでした。
さて、いま、母校を歩きつつ、伏見と大石は「現在、とても楽しい」と言いつつ、ふたりとも、顔色がさえません。
やがてふたりは「かるた部」の部室の前に立つのでした。
【承】何食わぬきみたちへ のあらすじ②
伏見は、高校時代のあるときから、古河が学校に出てこなくなったことを思いだしています。
夏の体操の授業で、大石が怪我をしました。
伏見は大石に付き添って保健室へ向かいます。
途中、分教室の前を通ると、女の子の歌声が聞こえ、大石は目を伏せます。
大石の気がふさいでいるのは、古河とのことがあるからです。
一方、スケッチでいつもいっしょにいた明石さんとは、二回目までは普通におしゃべりしましたが、三回目から、彼女が無口になりました。
明石さんは「かっちゃん」の絵の才能を認めています。
「かっちゃん」とは、分教室の「かつお」くんのようです。
さて、現在にもどり、母校を訪問している伏見と大石は、部室に入って、あまりの変わりように驚きます。
そこはかつて、かるた部とは名ばかりで、行き場のないオタクたちのたまり場だったのです。
しかし、一見まともなかるた部になったかに見えたそこは、実はいまでもオタクたちのたまり場であったのでした。
伏見はまたかつてのことを思いだします。
それは分教室の生徒が来ない日でした。
古川が分教室に忍びこんで、机になにかを入れるのを、伏見は目撃しました。
そこへ大石が来て、「文教室の生徒をいじめるな」ととがめます。
ふたりは喧嘩になり、出ていきました。
伏見は、古河が机に入れたものを取りだします。
それは、古河がかつおくんにあてた手紙でした。
「お前と会えて、なんだか安心した」という、一種の友情の告白のような手紙でした。
【転】何食わぬきみたちへ のあらすじ③
坪井敦子は精神科に受診に来ています。
高校にはほとんど行っていませんが、精神科には小学校のときからまじめに通っています。
先生は、次回から薬が変わるので、親と来るように言います。
帰宅して母にそのことを伝えると、面倒くさそうです。
でも、敦子が今日学校へ行くと言うと、大喜びです。
自称小説家の父も大喜びです。
実は、単位が危ないという教師からの連絡があったので、しかたなく行くのでした。
少しだけ登校して、同じ生き物係の女の子とおしゃべりして、帰宅しました。
すると、兄の勝男がシンクで嘔吐して、父に叱られていました。
知的障害の兄にはこだわりがあって、台所で嘔吐したり、風呂場で大便するのです。
父はもう限界で、母もふてくされています。
敦子も、これは異常だと知りつつ、わが家はハッピーだという思いもあるのでした。
また、敦子にもこだわりがあって、いつものルーチンを崩すことができないのです。
敦子は古川辰巳に連絡しました。
以前、勝男をいじめたとして、高校を中退した男です。
彼は当時、謝罪の手紙を持って、敦子の家に来ました。
しかし、父にはねのけられて帰ったのです。
それ以来、敦子は何度か古川と会いました。
彼はしだいに読んだ本の話をするようになりました。
同時に、ルーチンを崩すことのできない敦子の異常性は、しだいに大きくなっていったのでした。
【結】何食わぬきみたちへ のあらすじ④
坪井敦子は中学生のとき、通学の途中で道路工事があったものの、心理的に迂回することができず、嘔吐しました。
敦子が普通でないことがバレて、友達は離れていきました。
敦子は好きな古川と接触しなくなりました。
好きということは普通でないから、と自分にいいわけしますが、本当は、自分が普通でないことがバレて、彼に嫌われるのが怖かったのです。
ある日、下校途中で古川が待っていました。
彼は、自分自身を許せない敦子に怒っており、「普通じゃなくてもいい」と言うのでした。
それ以来、敦子は古川と付きあいはじめ、やがて体の関係を持つようになります。
それから二年後、敦子の薬が変わるということで、母親といっしょに精神科に来ています。
診察後、敦子はもう一度先生の所へ行きました。
先日、勝男が大学生といるところへ出くわしたとき、自分は兄と他人のふりをしたことを告白します。
先生は、「自分をもっと許しなさい」と言うのでした。
さて一方、伏見と大石が、母校のかるた部を訪問しているところへ、季節はずれの入部希望者が来ました。
その女子に付き添ってきたのが、坪井敦子でした。
敦子は、伏見と大石が、かつての分級のことを忘れ、そんなふうに何食わぬ顔をしていることを責めます。
その問題は、解決はしませんが、三人は三様に、なんらかの思いを胸に生じさせ、別れたのでした。
何食わぬきみたちへ を読んだ読書感想
「星に帰れよ」で第57回文藝賞優秀賞を受賞した著者による、受賞後第一作です。
とある高校には分級があります。
知的障害者向けの特別支援学級なのでしょう。
そこに通う勝男を軸にして、知的障害者を含む普通でない人と、普通の人のストレスを描いています。
読むとすぐにわかりますが、時間軸がバラバラに切り刻まれ、不規則に配置されています。
最近の映画でよく見られる手法です。
時間軸に沿って単純に並べると、もしかすると、それほど起伏のない物語なのかもしれません。
それを並べ替えることで、サスペンスが生じるようになっています。
なかなか考えられた手法だと思いました。
そうして描かれた物語のラストでは、各人が前向きに人生を生きるようになっています。
ひとまずハッピーエンドで、ホッとした気分になりました。
青春文学の佳作かと思います。
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