著者:岸政彦 2017年1月に新潮社から出版
ビニール傘の主要登場人物
俺(おれ)
物語の語り手。工場で派遣社員を続けている。誰かの温もりを求めつつも突然ひとりになる瞬間が好き。
彼女(かのじょ)
俺と同せい中。安いガールズバーの店員。淡々としていて感情を表さない。
私(わたし)
物語のもうひとりの語り手。田舎町から大阪に出てきた。都会のファッションにばくぜんと憧れている。
先生(せんせい)
私の師匠。愛されるサロンを自称しつつも年下の男に深入りしてしまう。
彼(かれ)
私の職場の先輩。ひとりで生きていくことに不安がある。
ビニール傘 の簡単なあらすじ
大阪在住の「俺」と和歌山県からこの地に移り住んだ「私」は、同じお店で同じ値段の傘を購入しますが直接的に言葉を交わすことはありません。
俺は日々の生活に慌ただしく追われつつ、付き合っていた彼女とも家の事情で別れることに。
美容師を目指していた私は恩師との関係がうまくいかず、自宅に転がり込んできた彼のせいで実家に帰ることにするのでした。
ビニール傘 の起承転結
【起】ビニール傘 のあらすじ①
ベルトコンベアから流れてくる何に使うのかも分からない部品を、ただただ組み立てる作業を俺はもう何年もしていました。
正社員への昇格こそないものの、そこそこの給料で雇われているために恵まれているほうでしょう。
もともと友だちといえるような相手はいなく、恋人と呼び合うような関係に期待していない俺。
大阪も景気がいい頃とは変わってきて、日曜日にはお金のかからない場所で時間をつぶすしかありません。
いつものように千鳥橋を眺めながらマクドナルドで100円のコーヒーを飲んでいたところ、テーブルの反対側の席を立つ若い女性が。
誰かと話して誰かの声が聞きたくなった俺が追いかけてみると、彼女は店の外で待っていてくれたようです。
国道26号線を南にブラブラと歩いて10分弱、四つ橋線の西梅田駅で地下鉄に乗って桜川のアパートまでは20分くらい。
ときどき後ろを振り返ってみると彼女はしっかりとついてきて、しばらく横に並んでいたかと思うと俺の手をそっと握りしめてきました。
【承】ビニール傘 のあらすじ②
水商売のバイト情報誌で見つけたという彼女の勤め先は堂山町の盛り場の端にあって、やることはカウンターを挟んでお客さんとしゃべるか賞味期限切れの瓶ビールや薄い焼酎を出すだけです。
退勤後に待ち合わせをして大阪港までデート、かわいい子猫を見つけてパウチのキャットフードで餌付け、ふたりの休みが重なると日本海へ温泉旅行へ… そんなある日のこと雨の中を散歩したいと彼女が言い出したために、小さなビニール傘をさして淀川水系の河川敷へ向かいました。
コンビニエンスストアで買った500円の透明な膜に包まれた俺たちと、まったく同じ傘をさしている通行人とすれ違います。
四国に帰らなければならないと彼女が言い出したのは、高い堤防が見えてきた頃。
高齢な親の介護を任せっきりにしてきた兄に、転勤の話が舞い込んできたとのこと。
短期間でも一緒に暮らしていた彼女の家族について、これまで俺は何も聞いていません。
特に泣いたり笑ったりすることもなく駅まで見送ると、彼女が公務員か農家の息子とでも結婚して幸せになることを祈ります。
【転】ビニール傘 のあらすじ③
和歌山市内の専門学校に入学してカットやパーマの基礎を学んでいた私でしたが、東京に出る勇気もお金もありません。
とりあえずは難波のすぐ裏にある大国町のワンルームマンションに入居、つてをたどって就職した先は中央区の繁華街の外れにある美容室。
オーナーはみんなから「先生」と呼ばれていて、技術よりも接客サービスを最優先にしていました。
最初にここのルールを教えてくれたのは私よりも1年先に入った彼、実家暮らしをしているためかすぐにマンションに来たがります。
合カギを渡した途端にガラリと態度が変わった彼、無口でぶっきらぼうになり人の部屋で寝ているばかり。
ご飯を作ったり洗濯をしたりと、身の回りの世話をしてみるもののかえって逆効果です。
過保護な母親のような気分になってウンザリとしていた私、自己嫌悪でいっぱいの思春期の中学生のような彼。
ふたりの破局が決定的になったのは、閉店後に彼と先生とが抱き合っている現場を偶然にも目撃してしまった時です。
【結】ビニール傘 のあらすじ④
店を飛び出した私はぽつぽつと雨が落ちてきていることに気がついて、近くのコンビニで500円のビニール傘を買いました。
途中で同じ傘をさしているカップルとぶつかりましたが、謝りもせずにワンルームの部屋に逃げ込みます。
そのまま退職してしばらくは外に出ず、国道に向いた窓を開けっ放しにしてボンヤリとしている毎日。
通りすぎていくトラックやバスの音は和歌山の海の音に似ていて、不思議と安らいだ気持ちです。
すぐに引っ越し業者に電話をして管理会社にもここを引き払うことを通知、彼の服や荷物を捨てることにもためらいはありません。
次の週には海に面した小さな町の一軒家に、父親からはうるさいことを聞かれずに母は簡単な食事を用意してくれます。
1階の座敷に布団を敷いて横たわっていると、閉じたまぶたの裏側にはあのビニール傘をさして歩いている自分の姿が。
古い毛布と懐かしいにおいのするタオルにくるまった私は、久しぶりにぐっすりと眠りに落ちていくのでした。
ビニール傘 を読んだ読書感想
この小説によると北新地にある回転すしが1皿2貫で90円、心斎橋のパチンコ屋が100円で500玉。
液晶パネルで注文したネタがレーンから流れてくるのと、けたたましい電子音を聞きながらレバーを弾くのとそれほど違いはないのかもしれません。
そんな格安の町で低賃金で働くふたりの男女が主人公、彼ら彼女が傘に払う500円というのも高いのか安いのか微妙な値段ですね。
雨天の空の下でスリリングなニアミスをしながらも、ドラマチックな巡り合いを演出しないところにも好感が持てます。
それぞれが将来への不安を抱えつつ目の前の恋愛に悩みながらも、命運が別れることになるラストが切ないです。
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