著者:藤岡陽子 2011年6月に光文社から出版
海路の主要登場人物
志木(しき)
ヒロイン。長年にわたり看護師をしてきた。大田区内から出ないまま40代を迎える。
月島英雄(つきしまひでお)
志木の雇い主。もともとは手先の器用な脳外科医。現在は地域の開業医として親しまれる。
水鳥(みずとり)
月島の部下で医療事務を担当。手際がよく耳も早い。
小池誠一(こいけせいいち)
志木の彼氏。口先だけで行動が伴わない。
篠沢巻(しのざわまき)
月島の元妻。夫の出世よりも平穏な暮らしを望んでいた。
海路 の簡単なあらすじ
看護学校を卒業してから大学病院に配属された志木でしたが、不規則な勤務や同僚たちとの付き合いがうまくいきません。
月島英雄が個人経営する診療所に転職したところ、無理もなく自分のペースで働くことができて人間関係も良好です。
ようやく居場所を見つけた志木でしたが、つらい過去を抱えていた月島は沖縄県の離島へと旅立っていくのでした。
海路 の起承転結
【起】海路 のあらすじ①
高校を卒業した春に准看護師の資格を取るための専門学校に通っていた志木は、昼間は授業を受けつつ夜間は指定の実地で助手をしていました。
試験に合格するまでは意地の悪い先輩たちにいじめられて、働き始めると正看護師の免許を持った同僚たちにきつく当たられます。
日々の仕事量にも押しつぶされそうになっていた時に出会ったのが、大学病院にガーゼや包帯を補充するアルバイトをしている小池誠一です。
関西の大学を出て上京してきたという彼は妥協をしたくないというのが口ぐせで、1度も定職に就いたことがありません。
あっという間に志木のマンションに転がり込んできて、一日中パソコンゲームをしているか志木の財布から1000円札を抜き取っていくか。
心機一転のために面接を受けにいったのは大田区馬込、昔は文士村と呼ばれていてやたらと坂が多いところです。
人通りの少ないところに「月島診療所」と木の板に書かれていて、志望動機も経歴も質問されることもなく即決で採用されました。
【承】海路 のあらすじ②
内科の患者から小さな傷の外科処置までをこなす月島先生、金庫内の計算からカルテの整理までを引き受けている水鳥。
自動車の運転がうまい志木、方向音痴でハンドルを握るのも嫌だという月島からは往診の際に頼りにされていきます。
やたらとおしゃべりな水鳥に戸惑うことはあるものの、以前の病院に比べればストレスは皆無といっていいでしょう。
その水鳥が言うには月島の専門は脳外科だそうで、並みの外科医が2〜3針で縫うところを5〜7針の細やかさで結合してしまうとのこと。
就職活動のためにお金を貸して、仕事の終わりにマンガ雑誌を買ってきて、今日の夕飯は牛肉が食べたい… 相変わらずくだらない用事で電話をかけてくる誠一、ついには診療所にまで押しかけてきました。
月島がいうには誠一はシガバチ、獲物を無抵抗にするために麻酔を打ち込む昆虫のような男だそうです。
恥をかかされて逆恨みした誠一、数日後に1枚の新聞記事を志木の目の前でヒラヒラとさせています。
J大学の月島英雄容疑者が逮捕、病棟の新築工事受注をめぐって業者から数100万円を詐取。
どちらを信じるのか二者択一を迫られた志木、迷わずに月島を選んで誠一と別れました。
【転】海路 のあらすじ③
月島診療所が閉院するという情報をいち早くつかんだのは例によって水鳥ですが、経営が厳しい訳でもありません。
3月いっぱいはこれまで通り患者さんを受け入れると言っていた月島でしたが、3週目に入った月曜日の朝になると連絡がつかなくなりました。
洗足池駅近くに購入した一軒家で、妻の巻とひとり息子の博一と暮らしていたのは離婚する前のことです。
旧姓の篠沢に戻った巻は宮城県仙台市に帰郷、月島は診療所の2階を改装して寝泊まりしています。
その住居スペースにも月島の姿は見当たらず、代理を頼まれたという若い医師が後を引き継ぐことに。
日頃から月島が親しくしていた個人タクシーの運転手によると、前日の夜に羽田空港まで送っていったそうです。
何日か前に郵便局までお使いにいった志木、行き先はその速達便の宛名に記載されていた渡嘉敷島でしょう。
看護学校の卒業旅行でサイパンに行ったのを最後に飛行機に乗っていない志木のために、水鳥がインターネットでチケットを予約してくれました。
【結】海路 のあらすじ④
那覇空港に到着してタクシーで移動、市内にある泊のターミナルからフェリーに乗船、渡嘉敷港で降りてマイクロバスに乗車。
他の乗客たちは見たい風景があって楽しそうですが、志木には遠く見知らぬ場所に来てしまった不安しかありません。
バスの運転手が営む「星砂荘」で沖縄そばとゴーヤチャンプルーをごちそうになったところ、具合が悪くなってしまいました。
この島の名医・山口先生が倒れてしまい、今は代役が来ているとのこと。
民家に看板だけ取り付けたような診療所を訪ねてみると、目の前の浜辺で月島がのんきに遊泳をしています。
月島がJ大学を辞めたのは裏金を受け取ったからではなく、組織の上下関係をないがしろにして医局や医師会から疎まれていたからだそうです。
自分を追い出した人たちを見返すために懸命に医学を学んで技術を磨いてきましたが、妻子に出て行かれてからはその情熱も残っていません。
大学の先輩である山口の手伝いをしながらこの地でのんびりするという月島は、翌朝東京に戻る志木をフェリー乗り場まで見送りに来てくれます。
大きく手を振る志木と丁寧にお辞儀をする月島、船と港のあいだの海にはひとすじの路が浮かび上がっていくのでした。
海路 を読んだ読書感想
特に憧れがある訳でもなく、他にやりたいこともなく特技がないために医療の現場に身を投じたという主人公の志木。
そんな主体性も熱意もない彼女が、いく先々で強烈な洗練を浴びてしまうのは仕方がないのかもしれません。
本来であれば心の寄りどころであり良き理解者となってくれるはずの小池誠一も、お荷物にしかならないのは手痛いですね。
初めて志木を心から必要としてくれてたのが月島英雄、地位も名誉も望まない理想的な町のお医者さんと言えるでしょう。
そんな月島の人間的な弱さが露になる終盤の展開と、人生の終着駅のような南の島の穏やかさが心に残ります。
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