著者:北条裕子 2019年4月に講談社から出版
美しい顔の主要登場人物
ヤノサナエ(やのさなえ)
主人公。運動神経も学力も平凡な高校2年生。顔はかわいくカメラの映りもいい。
ヤノヒロノリ(やのひろのり)
サナエの弟。足が早くてかけっこは常に1番。
ヤノキョウカ(やのきょうか)
サナエたちを女手ひとつで育てている。看護師として多忙で町内会の行事にも熱心。
広子(ひろこ)
サナエの幼なじみ。生徒会長をしていて人気者。
斎藤(さいとう)
キョウカとは中学時代からの付き合い。他家の子に対しても本音で向き合う。
美しい顔 の簡単なあらすじ
田舎町で平和に暮らしていたヤノ一家の日常生活が一変したのは、未曽有の大地震がこの地方を襲った時です。
母のキョウカが遺体で発見されて残されたサナエは、全国ネットで悲劇のヒロインとして有名になっていきます。
キョウカの親友・斎藤に喝を入れられてようやく目を覚ましたサナエは、弟のヒロノリとふたりで親戚のもとへ身を寄せるのでした。
美しい顔 の起承転結
【起】美しい顔 のあらすじ①
その日は雪がちらついていたことと、やけに空が濁っていたことを除けばいつもの朝と変わりはありません。
返却された定期テストの点数が悪かったためにヤノサナエがとぼとぼと自宅に向かっていると、今年小学校に上がったばっかりのヒロノリが「ねえちゃん」と嬉しそうに通学路を駆け抜けてきました。
激しい揺れを感じたのはまさにその時、背後からはガレキと化した家屋を飲み込んで押し寄せてくる波が。
ヒロノリをおぶって高台に避難したサナエは、一瞬にして生まれ育った集落が水没していきます。
フェンス越しに目の当たりにしたのは逃げ遅れた人たち、その中には保育園の時から17年間一緒だった広子の姿も。
指定避難場所であるS体育館はひどい冠水のために、とりあえず向かう先は公民館です。
配給されたのは毛布1枚にペットボトルの水が1本、近所の人の好意でクッキーを分けてもらいましたが空腹は収まりません。
きょうだいで毛布にくるまって一夜を明かすと、翌朝から我が子の身を案じているであろうキョウカとの合流を目指します。
【承】美しい顔 のあらすじ②
東京からさまざまなテレビ局や新聞社の腕章をつけた人たちがやって来たのは、地震発生から7日後のことです。
離ればなれになった親子の感動的な再会というのは格好の被写体で、サナエはS高校のミスコンで準優勝をしているだけにルックスも申し分はありません。
どういった気持ちですか、どんなことを考えているんですか、お母さまに会えたらなんと声を、何かメッセージを… マイクを突き付けられているうちにハイになってきたサナエは、避難所の人たちのために進んで作業に加わります。
お年寄りの世話やケガをしている人の着替え、給水所での水くみに日用品の買い出しまで。
行動範囲が広がっていくサナエの側を、取材カメラはついて回るようになりました。
支援物資の中にあったコスメをもらって、普段はしないメイクをしてみるとますます美しい顔に。
すっかりエンターテイナーのように持ち上げられているサナエを見て、キョウカの1番の友だちである斎藤は眉をひそめてしまいます。
【転】美しい顔 のあらすじ③
自分の歩く歩調とリズムにうっとりとしていたサナエでしたが、ダンボールで「遺体安置所」と書かれた建物の前で思わず立ち尽くしてしまいました。
外壁には視界を覆うほどの広さで張り紙がしてあって、収容されている遺体の特徴や所持品が列記されています。
入り口に立っている警察官に住所と氏名を告げると、分厚いファイルをめくってキョウカの身元と照会してくれます。
警官に案内されるまま中に入ると、床にはいくつものブルーシートに包まれた担架が。
サナエが覚えているのはファスナーを半分だけ開けたこと、その瞬間にシンバルを打ち鳴らすような悲鳴をあげたこと。
外で待ち構えていたリポーターやアナウンサーからはあらゆる質問が飛んできましたが、サナエは口を閉ざしたままでいっさい応えません。
そのうち潮が引いたように報道陣は隣町へ取材拠点を移して、残されたのはサナエに対する中傷ばかり。
一気に有名人になった彼女をねたむ声は多く、いちいち確認はしてしませんがネット上も荒れているでしょう。
【結】美しい顔 のあらすじ④
食べ物はボランティア団体の炊き出し、飲み物は壊れた自動販売機から確保、自衛隊が用意してくれるお風呂に入ってダンボールの仕切りの中で就寝… ひまがあると割れたガラスの散らばった町をさ迷い歩くような毎日を送っていたサナエに、斎藤はおもいっきり平手打ちを食らわせてきました。
キョウカが勤め先の病院で亡くなったこと、自力では歩行できない入院患者を連れ出そうとして逃げ遅れたこと、下半身が損傷しているほどのひどい有り様だったこと。
すべては元に戻らないとしても、自分にしかできない仕事が必ずどこかにあるという斎藤。
その言葉でようやく吹っ切れたサナエ、キョウカの姉にあたる女性が沼津にいたことを思い出します。
子どもがいないという姉夫婦に連絡を取ってみると、すぐには迎えにきてくれて当面の生活の心配はありません。
サナエはひとまず働いて、専門学校にも通いつつ福祉関係の資格も取得するつもりです。
転校先の学校でリレーのアンカーに選ばれたというヒロノリと、休みの日に遠浅の海岸へと遊びに行きます。
よーい、ドンのかけ声とともに、ふたりは砂浜に引いたスタートラインから走り出すのでした。
美しい顔 を読んだ読書感想
豊かな自然とゆっくりと流れていく時間、具体的な地名こそ登場しないもののヤノサナエが生まれ育ったのはそんな牧歌的な場所でしょう。
あの震災をテーマにした小説は数多くあるものの、「絆」や「復興」といったキャッチフレーズが一切でてこないこの物語は異色です。
悲劇のヒロインとして女子高校生をまつり上げていく、マスメディアの欺まんにも鋭く迫っていて考えさせられました。
いつしか自分の若さを切り売りしていたかのようなサナエのことを、斎藤が厳しく戒める終盤のシーンが胸に迫ります。
新天地での姉と弟の元気な姿にほっとしつつ、ふたりに輝かしい未来が待っていることを祈るばかりです。
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