著者:金子薫 2021年7月に新潮社から出版
道化むさぼる揚羽の夢のの主要登場人物
天野正一(あまのしょういち)
機械工。金属の加工を生業としてきた男性。道化のアルレッキーノでもある。
小川道夫(おがわみちお)
機械工。天野が地下工場で知り合った友人。
ジャーナ(じゃーな)
機械工。蛹に入れられたときに声を失い、小川が名付けた。道化芝居ではピリラの名前。
シャーン(しゃーん)
機械工。蛹に入れられたときに声を失い、小川が名付けた。道化芝居ではピレロの名前。
野村(のむら)
地下街の役所の担当者。
道化むさぼる揚羽の夢の の簡単なあらすじ
天野正一は機械工として、広大な地下世界の工場に連れてこられました。
長い蛹生活を生き抜いた彼は、ほかの者たちといっしょに、金属加工により蝶を作ることになりました。
そんな工員たちを、見まわりの管理官たちが、容赦なく鉄棒で打ちのめします。
やがて天野は懲罰として、再び蛹に入れられることになるのですが……。
道化むさぼる揚羽の夢の の起承転結
【起】道化むさぼる揚羽の夢の のあらすじ①
天野正一は機械工として、地下工場に招集された数百名のうちのひとりでした。
彼らはみな、蛹型の拘束具に何日も押し込められたあと、半日かけて地下へ歩かされ、そこで「翅」と呼ばれるつなぎの作業服を支給されました。
天野は洗脳されたように、自分は蛹から羽化して蝶になったのだと喜びます。
工員たち全員に個室の住居があてがわれ、毎朝工場に出勤することになりました。
工場では、金属を加工して蝶を作ります。
監督官が作業場を見まわり、行員たちを鉄棒で打ち据えます。
監督官たちは、打ち据えたい、と思ったら、打ち据えなければならず、それが彼らの存在理由です。
そして、打ち据えられることが工員たちの存在理由です。
蝶を作ることには、実はなんの意味もないのだと、天野は理解します。
もとの幼虫になることを望んだ天野は、監督官の目を盗んで幼虫を作り、部屋に持ち帰ります。
部屋の内装も変え、そこを幼虫の天国にしようともくろみます。
天野は、地下でできた友人たちのうち、口のきけないふたりを仲間に入れて、幼虫作りを手伝ってもらいました。
ふたりとも、天野が考えもしなかったような幼虫や葉を作ります。
しだいに天野の楽園は、完成へと向かうのでした。
【承】道化むさぼる揚羽の夢の のあらすじ②
天野の部屋で、幼虫の楽園が完成まぢかになったある日、突然、四人の監督官たちが踏みこんできました。
天野と、口のきけないふたりは、さんざんに打ちのめされたあげくに、再び、蛹型の拘束具に入れられることになりました。
天野は、懲罰は自分ひとりにして、あとのふたりは許してやってくれ、と叫ぶのですが、三人とも蛹に入れられたのでした。
蛹の内部で、天野は、道化のアルレッキーノとして再生します。
やがて懲罰が終わり、外に出されました。
天野は作業場に立ちましたが、かつてのようにうまく蝶を作ることができません。
天野は道化のふるまいをはじめます。
監督官に叩かれそうになりますが、おどけた芝居を見せて、やりすごすことができました。
それ以降、天野は機械工ではなく、道化師になりました。
そんなある日、口のきけないジャーナとシャーンと、彼らの名付け親である小川が、天野の部屋にやってきました。
「これ以上監督官に打ちのめされるともたないから、道化の仲間に入れてくれ」と、小川は言います。
天野はしぶりますが、結局は受け入れ、四人での道化活動が始まりました。
そのうちに、別の友人ふたりも加わって、六人の道化師で活動するようになります。
【転】道化むさぼる揚羽の夢の のあらすじ③
六人の劇団員による劇団天空座は、旗揚げ公演を行いました。
作業場で作業員たちを前に、道化芝居を見せたのです。
大いに受けました。
監督官たちにも、文句を言われながらも許しをもらうことができました。
彼ら六人は、蝶作りを免除され、芝居をすることで給料をもらえることになったのです。
ところが、そのとたん、天野のなかから道化のアルレッキーノはいなくなってしまいました。
どうやればアルレッキーノを呼び戻せるだろうか、と思案していたとき、天野の部屋を訪れた者がいます。
野村というその男は、天野が選ばれたので来てほしい、と言います。
野村の部屋へ行くと、さらなる地下への階段をおりていくことになったのでした。
地下には、人造の街がありました。
街には人造の湖と、人造の森があって、人造の蝶たちが放たれていました。
天野の仕事は、蝶を調べて、死んでいるのと生きているのを選り分け、調査書をつくることです。
天野は、できた調査書を、役所の係の野村と丸尾に報告します。
上の工場で蝶を作っていたのは、ここに放つためだったのです。
同様に、木や草を作っている工場もあるのです。
天野は、この街全体が天空座の舞台かもしれないし、この街全体が巨大な蛹なのかもしれない、と空想します。
彼は自分の存在理由がわからなくなっていくのでした。
【結】道化むさぼる揚羽の夢の のあらすじ④
天野はしだいに精神を病んでいきます。
終始、道化の服ですごし、役所への報告も、それで行います。
報告のとき、天野は、「上へ帰りたい」と申し出ますが、却下されます。
そこへ、天空座で獏を演じていたふたりが現れ、役所のふたりを食べてしまったのでした。
その日から、天野は浮浪者として暮らすようになりました。
森に住み、ときどき街へ出て、子供たちに道化の芸を見せます。
いまや、天野の芸を見て喜んでくれるのは、子供たちだけなのでした。
天野は、子供たちからもらうお菓子やわずかなお金で、かろうじて生きている状態です。
そうして、浮浪者生活が限界になったころ、獏に食べられたはずの役所のふたりが、やってきました。
退職の手続きをとり、失業保険で精神の治療をしましょう、と言われます。
しかし、天野はそれを拒み、上から蛹を借りてきてくれ、と頼みます。
彼は罰を望んでいるのでした。
結局天野の要求は受け入れられ、またもや蛹に入ることになりました。
一方で、道化のアルレッキーノは、蛹に入ることを拒否しています。
子供たちが、新たな道化芝居だと思って見守るなか、天野の意識は、混沌とした歓喜の世界へと入りこんでいくのでした。
道化むさぼる揚羽の夢の を読んだ読書感想
第35回三島由紀夫賞の候補作です。
不条理の文学とでも呼べばよいのでしょうか。
幻想と現実が混ざったような不思議な世界で、主人公の天野が苦悶します。
それはたぶん、自分の存在意義がわからない、ということに対する苦悶なのだろうと思います。
天野は機械工となり、道化となり、はては地下街で蝶の調査員となりますが、自分の存在意義はわかるどころか、ますますわからなくなっていくようです。
そうして最後に、天野は行き詰まってしまい、蛹に戻るのです。
いわゆるディストピア小説というのでしょうか。
この世には明るい出口なのはないのだ、と主張するかのような作品でした。
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