著者:木村紅美 2021年10月に河出書房新社から出版
あなたに安全な人の主要登場人物
工藤妙(くどうたえ)
四十六歳の女性。元教師で、いまは無職でひとり暮らし。
本間秀樹(ほんまひでき)
六十九歳。元薬剤師。東京から東北へ移住。
忍(しのぶ)
三十三歳の男性。元警備会社社員。現在は便利屋。
瑠奈(るな)
中学生。忍の姪。
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あなたに安全な人 の簡単なあらすじ
東北地方の家でひっそりと暮らす工藤妙は、昔教師をしていたとき、生徒の死に関わったようです。
一方、同じ地方で、兄夫婦に遠慮しつつ、便利屋をしながら暮らす忍もまた、昔警備員をしていたとき、ひとりの女性の死に関わったようです。
ふたりは、便利屋とそのお客として、知り合います。
しだいにふたりの過去が明らかになっていきます……。
あなたに安全な人 の起承転結
【起】あなたに安全な人 のあらすじ①
工藤妙は、東北地方の、亡くなった両親の家で、ひっそりと暮らしています。
人々が感染症の広がりを恐れるなか、親が残した遺産をたよりに、外出も必要最小限にとどめて、生活しています。
ある日、浴室の排水口が詰まったので、便利屋の忍を呼んで、直してもらいました。
料金とともに、亡くなった本間秀樹が引越しのあいさつに持ってきたせんべいの詰め合わせを、彼に渡しました。
本間は、以前は東京に住んでいたのですが、東北が気に入って、移住することにしたのです。
ところが、入居予定のマンションでは、感染症を心配して、別の場所で一定期間隔離生活することを要求してきました。
本間は、妙の近所の、空き家となっているクリーニング店の二階に仮入居しました。
彼が挨拶として近所に配ったせんべいの詰め合わせは、感染症への恐怖からほとんど捨てられました。
本間は疎外感を覚えたのか、自殺したのでした。
さて、しばらくたったある日のこと、妙のところに、及川陸の父親から電話が来ました。
癌を患っている彼は、陸の死の件でどうしても会いたいと言うのですが、妙は拒否したのでした。
一方、忍のことですが、彼は以前警備の仕事をしていて、人を怪我させました。
いま、彼は東北の実家にもどり、兄夫婦に遠慮しながら暮らしています。
便利屋を始めましたが、依頼はあまりなく、貧乏です。
そんなある日、前回、排水口の掃除をしたお客の妙から、不審な男を追いはらってほしい、という依頼が来たのでした。
【承】あなたに安全な人 のあらすじ②
妙から連絡を受けた忍は、車の都合がつかず、電車とタクシーを乗り継いで、忍の家に行きました。
すでに深夜です。
家のまわりを見まわりましたが、特に怪しい人はいませんでした。
謝礼を受け取ると、手の火傷を治療しましょう、という申し出をことわって、忍の家を出ました。
電車はもうないので、無人駅の駅舎で寝ました。
他に、ホームレスの男が休んでいました。
翌日、姪の琉那に脅されました。
忍が、沖縄での警備で、デモの女性を突き飛ばし、その女性が一か月後に脳障害で亡くなった、という動画を入手したのです。
五万円くれないと、これを拡散する、と言います。
忍は火傷の手当てをしてくれたら五千円渡す、と約束します。
しかし、手当てが終わってバッグを探ると、謝礼の入った封筒がありません。
駅で、あのホームレスに盗まれたのかもしれません。
お金をもらえなかった姪は、父親に泣きつきました。
忍は二週間の外出禁止を言い渡され、家を出る決心をします。
一方、妙のことですが、しばらくたってから、車と塀に「人殺し」と落書きされてしまいました。
及川陸の父親がやったのではないか、と疑います。
父親は、息子の死が、教師であった妙の責任だ、と思い込んでいるのです。
妙は、便利屋の忍に、落書きを消してもらおうと考えます。
【転】あなたに安全な人 のあらすじ③
妙はファミレスで忍と待合せました。
忍によると、落書きは、家にある洗剤や除光液で落とせるのだそうです。
ふたりで家に戻りますが、妙は急に、「人殺し」の落書きを忍に見られたくない、と思いました。
「見るな」と命令し、自分で落書を消すことにします。
その間、忍を外で待たせます。
忍は落書を消しながら、陸のことを思いだします。
彼は、泳ぎが得意でないのに、従妹たちと海に入っていって、溺れ死んだのです。
父親は、学校でのいじめを苦にして自殺した、と考え、それを防げなかった教師、妙の責任を問うているのです。
でも妙は、自分には責任はない、と考えているのでした。
妙は落書を消し終わりました。
一方、忍ですが、今夜野宿することを話すと、妙が、家に泊めてくれることになりました。
シャワーを浴びたあと、部屋に入ると、夜食代わりのお菓子が置いてありました。
もちろん食べたのですが、それだけでは足りません。
忍は、妙がシャワーを浴びているすきに、台所に入って、食べ物をくすねました。
そのとき、食器棚の奥に茶封筒があるのを見つけ、これもくすねました。
部屋にもどって封筒をあけると、陸からの手紙でした。
夏休み前に、忍先生に送った手紙です。
最初で最後の手紙だと書いてありました。
夜中、妙は、誰かが家のそばまでやってきて、帰った、と言います。
本間が住んでいたクリーニング店の二階が怪しそうです。
ふたりで行って調べましたが。
無人でした。
ただ、その部屋には、本間がかつて挨拶用に配ったせんべいの詰め合わせが残っていました。
忍はそれを見て、以前、自分がもらったものが、亡くなった本間の贈答品であることを知ったのでした。
【結】あなたに安全な人 のあらすじ④
妙は十一年前の夏休み前に受け取った陸からの手紙のことを思いだします。
当時、心配になり、陸の家に電話しましたが、連絡がつきませんでした。
そのうち、なんでもないことだと自分に言いきかせ、連絡をとろうとするのをやめたのでした。
陸の父親があれ以来連絡してこないのは、現在危篤か、絶命したのかもしれない、と都合のよいように考えます。
妙は、忍を家に泊めてやりました。
忍は疲れきっていたらしく、何時間も眠るのでした。
二、三日、眠りたいだけ寝させたあと、妙は忍に、しばらくの間同居させてあげる代わりに、先日のような落書をされないように、日中見張っていてほしい、と依頼します。
それからふたりの奇妙な同居生活が始まりました。
食事は妙が用意します。
忍は妙と顔を合わせないようにひっそりと暮らしつつ、昼は外で見張りをします。
一度、妙がひどくおなかをこわし、次に忍が下痢をしました。
治った忍は、電子レンジを無断で使い、しかもコードを抜き忘れたため、妙に咎められました。
それ以来、忍の食生活がどんどん変わっていきます。
しだいに食べなくなっていったのです。
そんなある日、妙は忍を誘って、亡くなった本間のために、クリーニング店の空き店舗に、花を手向けに行きます。
忍は、妙の後ろからついてくるようです。
妙は後ろをふり向きません。
いまや忍は、仙人かなにかのような不思議な存在となっています。
あなたに安全な人 を読んだ読書感想
出だしから何やら不穏な空気に包まれた世界が続いていました。
新型コロナとおぼしき感染症の広がりに怯える人々。
移住してきて亡くなった男性と、その死への罪の意識。
過去に、人の死について何か関わりがあったらしい男と女。
さまざまの「ほのめかし」が並べられていますが、エンタメ小説のようには、状況について一気には説明されません。
そのため、読むほうとしては、不安定な空間に中ぶらりんにされたまま、「どうしたんだろう? 何があったんだろう?」と、落ちつかない気分にさせられるのです。
そして、その落ちつかない気分は、最後まで続くことになります。
いろいろな謎が、いくらかは明かされるものの、何割かは残されるからです。
その上、主人公ふたりのうちのひとりは、何やら不思議なものへと変化していっているようで……。
なんとも落ちつきません。
全体を覆うそうした不安感が、この作品の醍醐味なのかな、と思います。
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