「矢印」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|松尾スズキ

「矢印」松尾スズキ

著者:松尾スズキ 2021年11月に文藝春秋から出版

矢印の主要登場人物

俺(おれ)
物語の語り手。放送作家のアシスタント。面白い人間になりたくて常にネタを探している。

師匠(ししょう)
ラジオからテレビの構成まで大量のレギュラーを抱える。俺のことを「新人君」とかわいがる。

黒沢スミレ(くろさわすみれ)
俺の妻。美術教師の資格を持っているが趣味で絵を書くだけで満足。

山城(やましろ)
俺の弟子仲間。肉体改造が生きるモチベーション。

エリザベス(えりざべす)
師匠の元恋人。夫の暴力に耐えかねて亡命してきた。

矢印 の簡単なあらすじ

黒沢スミレという離婚したばかりの女性と「俺」が出会ったのは、師と仰いでいた人気の放送作家が自らの命を絶ったその日です。

遺産を横取りして気ままに暮らすつもりでしたが、同門の山城やかつて師匠が愛した女性・エリザベスに振り回されることに。

さらにはスミレのせいでアルコールが手放せなくなった俺は、措置入院のための医療機関へと送られるのでした。

矢印 の起承転結

【起】矢印 のあらすじ①

師匠のお導きで500万円が転がり込む

小学3年生の時のプールの時間に水死体のまねをした俺は、想像をこえた大問題になって地元に居づらくなりました。

東京に飛び出したものの何をやっても長続きをせずに、これまでのいきさつを文章にしてマネジメントプロダクションに送ってみることに。

俺の作文を気にいってくれたのが若くして社の重要なポジションにいる4歳上の男性で、この時から「師匠」と呼び後ろ姿を追いかけていきます。

クイズ番組から子ども電話相談室、映画のノベライズに雑誌のコラムと多忙な師匠でしたがある日を境に連絡が取れません。

合カギを預かっている山城と一緒に自宅のマンションまで様子を見にいきましたが、首を革のベルトでドアノブにくくりつけていて死後2〜3日といったところでしょう。

だらりと下がった左腕の手首には黒くて細い矢印のかたちをしたイレズミがあり、俺の顔を指差しているようです。

流し台の開き戸から1000万円の札束を発見した俺たちは、コッソリと山分けをしてから警察に通報します。

【承】矢印 のあらすじ②

100→70でベストセラー

新宿を歩いて帰る途中で師匠が大好きだった「地獄の黙示録」を上映している映画館に入りますが、客は俺と斜め後ろの女性しかいません。

そのまま3軒ほど離れたバーの止まり木で、グラスを傾けながらお互いに身の上話を打ち明けました。

名前は黒沢スミレで美大卒、20歳以上離れた建築関係の仕事をしていた夫、倒産して財産分与の代わりにもらったマンションも差し押さえ。

離婚届けをたった今提出したために法律的にはまだ再婚できないというスミレと、100日後の再会を誓って別れます。

最寄り駅のサウナで汗をかいていると声をかけてきたのは山城、今にも胸の筋肉が踊りだしそうなほどです。

ラーメンや炭酸飲料ばかり口にして樽のような俺の体を見て、山城からダイエットブログを開設することを勧められました。

ランニングマシンを1日3時間、腕・背中・腹の筋トレ、15キロのダンベルでスクワット、高たんぱく質低脂肪のメニューに栄養サプリメント… ブログを清書した単行本は3日ほどで重版がかかり、50万部を突破します。

「樽男 100キロ→70キロへの挑戦」というように、タイトルに矢印を入れたのが良かったのでしょう。

【転】矢印 のあらすじ③

終の住みかに落ち着いた矢先に

100日たったスミレを連れて婚姻届を片手に区役所に向かった俺は、例の500万円と本の印税を合わせて7000万円を手にしていました。

都内近郊のS市に1500万円で中古の2階建てを購入して、ふたりで仕事もしないでゆっくりと死んでいくつもりです。

車で20分ほどの距離には複合商業施設、電車で2駅先の繁華街には安い居酒屋があり暇つぶしには困りません。

屋台で油絵の個展を開いている自称・画家、木彫りの楽器を吹きながら運勢をみるミュージシャン兼占い師、裏稼業でタトゥーを彫る歯医者… 地方都市にもそれなりに遊び人がいるもので、酔うと気さくで笑い上戸になるスミレはあっという間に人気者に。

調子にのってシャンパンや高級ワインをおごっているうちに、俺たちの貯金は予定よりもずいぶんと早ペースで減っていきました。

スミレが菓子パンを買ってきたり簡単なおつまみを作ったりするせいで、俺のリバウンドと酒量もひどくなっていく一方です。

このまま共倒れになる前にスミレと別れる方法を考えていると、口の右端から下唇の中央にかけて矢印があるエリザベスという外国人女性が訪ねてきます。

【結】矢印 のあらすじ④

結ばれなかった恋人たちは強い口約束を交わす

ニュージーランドの大学で映画学科の助手をしていたエリザベス、映画の勉強をするために留学していた師匠。

ふたりはすぐに恋に落ちましたがエリザベスの夫は傷害事件を起こした揚げ句に、刑務所で服役中で離婚を認めてもらえません。

弟子にマンションのカギを預けていること、税金対策のために現金が置いてあること。

残っているものは全て自分のものにしていいと言ってから日本に帰った師匠は、風呂場の天井にもうひとつ1000万円の札束を隠していました。

矢印形は先住民の女性たちに伝わる文化で、口にする言葉に力強い力を与えてくれるそうです。

マンションの名義を書き換えたり在留カードの交付を申請したりと、手続きを代行しているうちにスミレはエリザベスの信頼を得ていきます。

常に誰かに依存して生きてきたスミレは、今後はエリザベスのお金にたかって生きていくのでしょう。

すっかりアルコールの依存性になってしまった俺は、気がつくとタクシーに乗せられています。

暗闇の中でウインカーが矢印のように点滅していて、海辺の高台にある心療内科の閉鎖病棟へと向かっているのでした。

矢印 を読んだ読書感想

水泳の時間におぼれたふりをして大騒ぎを起こしたという、何とも不謹慎なエピソードから幕を開けていきます。

こんな少年がまっとうな大人になれるとは思えませんが、ブラックユーモアが売りのバラエティー業界には向いているのかもしれません。

尊敬できるテレビマンに弟子入り、真面目にお仕事をして大成功、と簡単にはいきませんね。

恩師の自殺と魅力的な女性との遭遇が同日というのも運命的で、随所にちらつく矢印をたどっていくと終着駅は天国なのか地獄なのか予測はできません。

激動の展開に巻き込まれながらもすべてを受け入れているかのような主人公、そのクライマックスも衝撃的でした。

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