著者:宇佐見りん 2022年5月に河出書房新社から出版
くるまの娘の主要登場人物
秋野かんこ(あきのかんこ)
17歳。現在不登校ぎみの高校生。
母(はは)
かんこの母。脳梗塞の後遺症に悩む。作中に名前は出てこない。
父(ちち)
かんこの父。一見普通の人だが、実はDV気質。作中に名前は出てこない。
あきら(あきら)
かんこの兄。
ぽん(ぽん)
かんこの弟。高校一年生。
くるまの娘 の簡単なあらすじ
かんこの家族はさまざまな問題を抱え、崩壊状態にあります。
兄も弟も家を出ていきました。
母は病気の後遺症に悩み、かんこは不登校ぎみです。
DV体質の父は、そんなかんこを怒鳴るばかりです。
ある日、父方の祖母が亡くなりました。
親子三人で車に乗って実家に向かう途中、かん子の脳裏を、これまでの家族の様子がよみがえってきます……。
くるまの娘 の起承転結
【起】くるまの娘 のあらすじ①
秋野かんこの家族は、かなりの問題を抱えています。
父親は一見普通ですが、スイッチが入ると、とんでもないDV男になって、家族に暴力をふるいます。
母は脳梗塞を患ったあと、後遺症に悩んでいます。
記憶に障害があり、言動も変です。
兄は昨年勝手に大学を中退し、家を出ていきました。
いまは職場の同僚と結婚し、別の家に住んでいます。
弟は母方の祖母の家にいて、この春から高校に通っています。
かんこ自身は体調が悪くて、よく学校を休んでいます。
そんなある日、父方の祖母が危篤だという報せが入りました。
兄は臨終に間に合いましたが、父は間に合いませんでした。
父はそもそも祖母と折り合いが悪く、ここ数年帰省していなかったのです。
兄は妻を迎えに、いったん自宅にもどりました。
かんこと母は、車で父を迎えに行きます。
三人で道の駅に行くと、そこにはすでに兄夫婦が待っていました。
かんこたち三人は、湖畔の駐車場に車を停めて、車中泊するつもりです。
昔は、家族で、よく車中泊の旅行をしたものでした。
兄夫婦はホテルを予約してありますが、先導してくれることになりました。
父が運転して、兄の車に続き、山道を走ります。
やがて、駐車場に入ったのでした。
【承】くるまの娘 のあらすじ②
兄夫婦はビジネスホテルに泊まります。
かんこたちは車中泊ですが、その前に、ホテルのとなりにある温泉に、日帰り入浴します。
休憩所で、かんこは問題集を解きはじめました。
父が指導してくれます。
昔から、これが父とかんこの関係です。
親子というより、師弟の関係なのです。
父の家はいろいろと問題がありました。
末っ子の父は、ひとりで図書館で勉強し、独学で志望の高校、大学と受験し、合格したのでした。
そんな父をかんこは自慢に思っていました。
自分が戦って勝ちぬいてきた父は、子供たちにも戦うことを求めました。
それに応えられないと、キレるのでした。
兄と弟はついていけなくて、家を出ていきました。
実はかんこも、一、二年前から、ついていけない自分を感じているのでした。
車中泊した翌日、父の実家に行きました。
父の兄と母とその家族が来ていました。
兄夫婦と弟も来ていました。
通夜は斎場で行われました。
通夜膳の席で、昔話が語られます。
祖母は奔放で、祖父は自殺をはかったこともありました。
そんな祖父も、子供たちに当たり散らしたようです。
祖父は以前に亡くなっています。
親族みんなの思い出話は、どこかねじくれていて、毒を含んだ澱として、各人の心のなかに、わだかまって残るのでした。
【転】くるまの娘 のあらすじ③
通夜が終わりました。
風呂に入りながら、かんこは、自分の家族が昔からひどい壊れ方をしていたことを思いだします。
風呂から上がって、寝る前、弟が昔のことを話します。
自分が声変わりしたとき、かんこが、気持ち悪い、と言ったため、しばらくしゃべれなくなった、というのです。
かんこはそのことをすっかり忘れていました。
いがみ合う家族のなかで、かんこは被害者であるだけではなく、加害者でもあったのです。
なにかとキレる父も、兄が大きくなると叱れなくなりました。
その兄が家を出て、弟も出ていきました。
かんこはすっかり鬱になって、身体が動かなくなり、登校できなくなりました。
そんなかんこを、父は、甘ったれるな、と叱るばかりだったのです。
告別式が終わると、母は遊園地に行きたい、と言いだしました。
昔、家族で行った遊園地です。
こんな機会はめったにないから、と母は言います。
行くのは、兄を除いた四人です。
父はすっかり怒り、母に運転を投げだします。
やがて喧嘩がはじまりました。
かんこもキレ気味です。
弟があきれ果てると、父は、「へらへら笑っているから中学でいじめられたんだ」と当たり散らします。
弟が泣きます。
いまのこととはなんの関係もないのに、と家族の間に炎が立ちのぼるのでした。
【結】くるまの娘 のあらすじ④
母は「心中する」と言って、夜の山道を乱暴に運転します。
みんな自分の病気のせいだ、と言われつづけて、限界を感じたのです。
でも、結局は車を止めました。
父は、母がかんしゃくを起こしただけ、という解釈で片づけてしまいます。
かんこは、それは違う、と思うのです。
かんこは兄に電話して、遊園地に来てもらいます。
遊園地に着くと、しかし、母が楽しみにしていたメリーゴーランドは本日休止でした。
昔、家族があの馬に乗っているところを写真に撮ったものです。
あの楽しい日々を取りもどしたくて、ここまで来たのです。
悲嘆する母のために、かんこひとりが馬のそばに立って、写真を撮ってもらいます。
父も兄も弟も、そっぽを向いて行ってしまうのでした。
その日から、かんこは車上生活をはじめました。
家には、シャワーを浴びたり、洗濯したりするのに入るだけです。
学校へも通えるようになりました。
文句を言っていた父も、やがてなにも言わなくなりました。
秋のある日、実家の整理をしに行っていた父が帰ってきました。
父はかんこを乗せて、車を走らせます。
実家には、祖母が残したアルバムがあったそうです。
それは、三人の兄と姉の分だけで、自分の分だけはなかったそうです。
かんこは涙を流します。
父がいつものようにキレるのがわかります。
アクセルを踏みこめば、車は交差点に突っこみ、地獄が生ずるでしょう。
ただ、まだ世界はなんとか均衡を保っています。
くるまの娘 を読んだ読書感想
「推し、燃ゆ」で芥川賞を受賞した著者による長編小説です。
きわめて異常な一家が描かれています。
なかなか理解がむつかしかったですが、キーとなっているのは父親のようです。
一見普通のようでいて、ちょっと自分の意にそわないことがあると、すぐにキレます。
それに対する娘、かんこの姿勢は、ただ怖くて逃げ惑う、ということではなく、父を尊敬し、父の期待に応えたい、ということのようです。
そのあたりが、ステレオタイプなエンタメとは違うところでしょうか。
さらに、最後は、そんな無茶苦茶な父の悲劇も種明かしされ、父も娘もなんだかかわいそう、と思わされるのでした。
家族とか、家族愛とかについて、一筋縄ではいかない重厚な物語を提供している、と感じたものです。
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