著者:森沢明夫 2019年11月に小学館から出版
ぷくぷくの主要登場人物
ボク(ぼく)
物語の語り手。「ユキ」と名付けられた金魚で品種は琉金。ずんぐりと太っていて泳ぐのが遅い。
イズミ(いずみ)
ボクの飼い主。厚紙加工を専門とするメーカーの事務員。読書の時間を大切にするインドア派。
チーコ(ちーこ)
イズミの親友。不幸な生い立ちだか底抜けに明るい。
前田太陽(まえだたいよう)
コーヒーショップのアルバイト店員。夢は小説家になること。
白土(しらと)
イズミの上司。心配性だが面倒見はいい。
ぷくぷく の簡単なあらすじ
体に特徴的な白い模様があるためにいじめを受けていた金魚の「ボク」を、夏祭りの縁日でお持ち帰りしたのはイズミという人間の女性です。
イズミも体に黒いアザがあって恋愛に臆病な体質でしたが、ボクとの暮らしや友人のチーコのアドバイスで前向きになっていきます。
イズミの恋人となった前田太陽という作家志望の青年は、ボクとイズミをモデルにして執筆に取りかかるのでした。
ぷくぷく の起承転結
【起】ぷくぷく のあらすじ①
物心がついた時にはボクは養魚場で飼育されていて、周りには同年代で形も大きさもそっくりな無数の金魚が泳いでいました。
ボクがエサを横取りされたりからかい半分で体当たりされたり追い回されたりするのは、頭の上に白く色素が抜け落ちた部分がありみんなと少しだけ違うからです。
ある程度の大きさに育ってきたボクは青い水槽に移されて、色とりどりの華やかな浴衣を身にまとった人間たちが行き交うちょうちんの下へと運ばれます。
ボクを丸い枠に薄い紙が貼られた網ですくい上げたのは、同じ会社でも1番に仲の良いチーコと一緒に遊びに来ていたイズミです。
イズミはボク頭の白い部分をひらひらの雪のようだとほめて、「ユキ」という名前を付けて自宅に持ち帰ってくれました。
特殊な形の箱を作る会社で働いているイズミは、商品管理部といういちばん地味な部署の末端で事務職をしています。
アパートでひとり暮らしをしているイズミは時間さえあれば本を読んでいて、たまにチーコと電話で話す他は訪ねてくる人もいません。
【承】ぷくぷく のあらすじ②
イズミが金魚鉢の中で泳ぐボクを眺めたり話しかけたりする時間が減っていったのは、雪の降る夜に紺色の大きな傘をさして帰ってきてからです。
傘は職場の6つ年上の先輩から貸してもらったようで、社内でも花形の部署・企画デザイン室で敏腕を振るう「日なたの人」です。
普段は「日陰の人」であるイズミとは接点がありませんが、たまたま帰り道に一緒になって駅まであいあい傘で送ってくれたのがきっかけで親しくなっていきます。
それ以来外でお酒を飲んで深夜になって帰宅することも多くなったイズミは、水の替え忘れやエサのやり忘れも少なくありません。
イズミのいない空っぽな夜を僕が何とか耐え抜くことができたのは、金魚鉢の中に緑色の藻を2本プレゼントしてくれたからです。
日中に窓際の光を浴びた藻の表面には夜になるとぷくぷくと無数の小さな空気の泡がつき始めていき、これまでとは比較にならないほどボクの呼吸は楽になりました。
間もなく先輩は大手企業からヘッドハンティングされたようで、イズミは以前のようにボクと静かな日々を過ごします。
【転】ぷくぷく のあらすじ③
アパートの向かいには1軒のコーヒースタンドがあって、ここで働いている前田太陽とイズミは親しくなっていきます。
お互いに心をひかれていくふたりでしたが、どうしてもイズミは男女として最後の一線をこえることができません。
めずらしくイズミが欠勤していることを商品管理部の課長・白土から聞いたチーコは、得意先から直帰してお見舞いにきてくれました。
3歳の時にやけどを負って鎖骨から胸までに黒いアザがあること、これまで幾人かの男性とお付き合いをしたものの反射的に相手を拒絶してしまうこと。
青白い月明かりの下でイズミのアザを見たチーコは、自分自身の秘密を打ち明けます。
生まれてすぐに家族を捨てた父親、介護士と風俗嬢を掛け持ちしながら女手ひとつでチーコを育ててくれて母親、リストカットを繰り返していた中学校時代。
今日までチーコが何とか生きてこれたのは、「心は傷つかない。
ただ、磨かれるだけ」という母の言葉があったからです。
イズミもこれを座右の銘として、思いきって気持ちをぶつけて前田の懐に飛び込んでみることにします。
【結】ぷくぷく のあらすじ④
満開になった桜の花びらがアスファルトに散り始めた頃、金魚鉢の上からボクをのぞき込んでいるのはイズミに招き入れられた前田です。
かつて会社の先輩と紺色の傘を分けあったように、イズミと前田はその日の夜のうちにひとつの布団をふたりで分け合いました。
真夏の日射しが窓から射し込む頃には前田が泊まっていくことも増えて、気がつけばボクがイズミのところに来てから1年が過ぎています。
アルバイトがない日は前田は小説を書いているようで、コーヒースタンドの店員はいつか作家として食べていけるまでの仮の姿でしかありません。
ノートパソコンをこの部屋に持ち込んで黙々とキーボードをたたいている前田は、ときどきモニターから顔を上げて何かを妄想するようにボクを見詰めていました。
ようやく新作のアイデアがまとまった前田は、イズミだけでなくボクにも聞こえるような大きな声で発表します。
金魚を主人公にしたラブレターのような物語ですが、詳しいあらすじは読んでからのお楽しみだそうです。
ぷくぷく を読んだ読書感想
同じような金魚が泳いでいる養殖用の水槽の中で、ただ1匹だけ白いアザを持つ金魚が目立ってしまうのは仕方がありません。
アンデルセンの童話「みにくいアヒルの子」を思わせるようなオープニングでもあり、金魚の目線を通して異質な存在を排除してしまう人間社会を鋭く指摘していて考えさせられます。
ユキが抱えているものを「欠点」ではなく「個性」として認めてくれたのが、自身も体にコンプレックスを抱えているヒロイン・イズミで運命的です。
鉢の中で泳がせてかわいがっていたはずの小さな命から、大きなエネルギーを受け取り成長していく姿が感動的でした。
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