著者:柴崎友香 2014年7月に文藝春秋から出版
春の庭の主要登場人物
太郎(たろう)
三年前に離婚して、アパート「ビューパレス サエキ�V」に住む男。三十台前半。営業職。
西(にし)
同じアパートに住む女性。三十七、八歳。漫画やイラストを描くのが仕事。
牛島タロー(うしじまたろー)
CMディレクター。「春の庭」の家の住人だった。当時三十五歳。
馬村かいこ(うまむらかいこ)
小劇団の女優。牛島タローの妻。当時二十七歳。
森尾実和子(もりおみわこ)
水色の家を借りた一家の主婦。
春の庭 の簡単なあらすじ
太郎は離婚したあと、古いアパートに越してきました。
それから三年後、新しく引っ越してきた女性から、となりの水色の家が、昔「春の庭」という写真集が撮影された家であることを聞かされます。
やがて、その家に入る機会がきました。
春の庭 の起承転結
【起】春の庭 のあらすじ①
太郎は三年前に離婚し、「ビューパレス サエキ�V」という古いアパートに入居しました。
離婚前は美容師をしていて、舅の経営する美容院の支店の店長をつとめていました。
いまは小さな会社で、営業の仕事をしています。
ビューパレスは来年解体される予定で、八部屋のうち、住人が残っているのは四部屋だけです。
ある日、太郎は二階に住む女性、西さんが、ベランダから、となりに建つ水色の家を見ていることに気づきました。
彼女は、スケッチブックを出して、家をスケッチしているようです。
別の日の朝、出勤しようとしてアパートを出ると、ちょうど西さんが出てきました。
あとをつけると、あの水色の家をぐるぐるとひとまわりして、アパートにもどっていきました。
土曜日、西さんが、太郎の部屋のベランダから水色の家を見たい、というので上げてやりました。
西さんは満足し、夕食のために居酒屋へ招待してくれました。
居酒屋で西さんは、「春の庭」という写真集を見せてくれます。
それは、あの水色の家で撮影されたものでした。
なかは和風で、住人の夫婦も撮影されています。
西さんは、水色の家と自分のかかわりを語ります。
【承】春の庭 のあらすじ②
西さんは、中学までは名古屋で、高校からは静岡で、団地の、廊下も階段もない家に住んでいました。
そんな西さんが、友人のひとりが持っていた「春の庭」の写真集を見たのが、高校三年のときです。
それは、当時三十五歳のCMディレクター、牛島タローと、その妻で小劇団の女優だった馬村かいこ二十七歳が、家と自分たちを撮影した写真集でした。
写真集は、世間でそれなりに評判をとっていました。
それまで自分が暮らしてきたのとは違う世界に、西さんは魅入られました。
東京の大学に進学すると、写真部に入りました。
部室には「春の庭」がおいてありました。
大学を卒業して、写真とは縁遠くなった西さんは、漫画やイラストを描いて生活するようになりました。
やがて、二十年がすぎたころ、ネットで「春の庭」の写真集が販売されているのを見て、購入したのでした。
そして、あの家がよく見えるビューパレスに引っ越してきて、毎日眺めていたのです。
でも、ある日、空き家だった水色の家に、森尾さん一家が引っ越してくると、家の空気がすっかり変わってしまったのでした。
……というように、打ち明け話をしてくれたあと、西さんは二冊買った写真集のうちの一冊を、太郎にくれました。
太郎も少し興味を持って、水色の家を見るようになりました。
それとともに、住んでいる町全体に興味がわいてきました。
アパートの古い住人に、水色の家の住人の変遷を訊いたりもしました。
職場の同僚が結婚して退職したりして、時が過ぎていきます。
【転】春の庭 のあらすじ③
ひとりが退職したこともあり、太郎は夏を仕事で忙しくすごしました。
十月になって、ふと水色の家を見ると、西さんが家のなかにいて、目があいました。
びっくりしていると、お酒に誘われ、事情を聞かされました。
九月の中頃、西さんは、森尾家の前で、小さな女の子が道路のまん中に立っているのを保護し、家に帰してあげたのです。
お母さんが、喘息持ちの長男の看病で疲れて、うとうとしている隙に、長女が外に出たのでした。
このことが縁で、西さんはときおり森尾家に出入りするようになりました。
家のなかの、「春の庭」の写真とは違うところも、同じところも、しみじみと眺めることができました。
西さんが漫画を描いて見せると、子どもたちが喜びます。
引っ込み思案で友達ができなかった奥さんも、西さんと親しくなれて、喜んでいます。
年が明けて、退職した同僚から、毛ガニや水産物が届きました。
西さんに相談した結果、森尾家に持っていくことになりました。
西さんは、まだ浴室だけは見れていないので、太郎に協力を頼みます。
さらに西さんは、家の都合で千葉へ帰ることになっていると教えてくれました。
森尾家に行ってみると、実は森尾家も福岡へ引っ越す予定だとわかりました。
太郎は、美容師をしていたときの腕をいかして、長男の髪を切ってあげます。
奥さんが毛ガニを茹でたので、太郎たちはビールを飲みながら、おいしくいただきました。
【結】春の庭 のあらすじ④
皆がいい加減酔ったころ、子供が西さんの背中にぶつかり、彼女は手と顔にケガをしてしまいます。
西さんは、これをチャンスとばかりに、お風呂場で傷を洗わせてほしい、と頼みます。
太郎は、西さんに付き添って、浴室に行きました。
写真だときれいなタイルの浴室だったのに、いま、太郎の目には、平凡な森尾家の浴室としか感じられませんでした。
しかし、西さんはいたく感激した様子でした。
太郎は西さんを、夜間診療している病院へつれていきました。
手の傷が縫合されました。
治療が終わるころ、森尾家の夫がやってきて、丁重にお詫びした上で、治療費を全額払ってくれました。
一週間後、西さんと太郎は、森尾さんから家具をもらってほしい、と言われました。
西さんは一人用のソファと、調理器具をもらいました。
太郎は、大型冷蔵庫と、ソファをいくつももらいました。
ソファの多い部屋で暮らしたかったのです。
太郎の部屋はソファで埋まりました。
森尾さんも西さんも引っ越していきました。
二月に姉が訪ねてきて、子供のころのことなど語りました。
ある日太郎は、好奇心から、森尾家のいなくなった水色の家に忍びこみ、気に入った二階の和室でごろ寝しました。
目をさますと、一階で人の声がします。
庭で死体が発見された、と物騒なことをしゃべっています。
馬村かいこに似た女性がいます。
でもそれは、ドラマの撮影だったのでした。
春の庭 を読んだ読書感想
第151回芥川賞受賞作です。
なんだかつかみどころのない作品だな、と思いつつ読み進みました。
明確な事件が起こるわけではなく、淡々と日常が描かれているだけです。
でも、そのうちに、だんだんと、不思議な気分になってきました。
なんとはなしに甘く、なんとはなしにもの悲しく、なんとはなしになつかしい。
そんな、ちょっと形容しがたい感情が、そこはかとなく湧き起ってくるのです。
セピア色に退色した、古い古い写真を見ているような感覚、と言えばよいでしょうか。
どうしてそんな気持ちになるのか、全然説明することができません。
ただ、それが、この作品の持つ力なのだろうなあ、と思うばかりでした。
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