「車軸」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|小佐野彈

車軸 小佐野彈

著者:小佐野彈 2019年6月に集英社から出版

車軸の主要登場人物

藤木真奈美(ふじきまなみ)
ヒロイン。勉強はできるがルックスに自信のない大学3年生。県会議員をしていて居丈高な父を軽蔑する。

聖也(せいや)
歌舞伎町で人気のホスト。枕営業にもためらいがない。

潤(じゅん)
聖也のお得意さん。オープンリーゲイとしての生きたかを模索中。

アイリーン(あいりーん)
台湾からの留学生。語学力があり物言いもきつい。

車軸 の簡単なあらすじ

上京して孤独なキャンパスライフを送っていた藤木真奈美でしたが、数少ない友人のアイリーンからホストクラブに誘われます。

店の人気ナンバーワン・聖也に焦れ込んでいくうちに生活が一変、金遣いが荒くなり学業も手が付きません。

故郷の両親と縁を切って退学届も提出した真奈美は、夜の仕事をしながら東京で生きていくことを選ぶのでした。

車軸 の起承転結

【起】車軸 のあらすじ①

田舎議員の娘が都会でホストデビュー

大学進学を機に岩手県を出て3年目の夏を迎えた藤木真奈美でしたが、友だちと呼べるのはアイリーンくらいしかいません。

田舎の県議を3代に渡って務めている真奈美の父親、台湾の立法院の有力議員でもあり医師でもあるアイリーン。

親が政治に関わっているという他は共通点が少ないふたりですが、不思議と馬が合い行動をともにしていました。

初対面から遠慮なく真奈美のことを「地味な顔」と評したアイリーンから、ある日の講義の後にホストクラブに誘われます。

旧コマ劇場前の広場で合流したのは潤、同性愛者であることをカミングアウトしていて女性には興味がないそうです。

店名は「AND A」、初回の客は2時間5千円、飲み直しの場合は1万5千円、場内指名は3人までが無料… 説明されてもシステムをよく理解できない真奈美でしたが、毎月父から送金してもらっている30万円は手付かずのままなので何とかなるでしょう。

1ページごとに宣材写真が収まった「男メニュー」から聖也を選び、この日を境に潤ともお茶をしたりコンサートに行ったりする仲になりました。

【承】車軸 のあらすじ②

偽お嬢さんを本物旅へエスコート

「AND A」に通うようになってから2カ月ほどで、真奈美は個人的に旅行に連れていってもらえるほどの「太客」になっていました。

聖也がハンドルを握るのはブルーのBMW・M3、行き先は紅葉シーズンの見頃な箱根、宿泊先は宮ノ下の富士屋ホテル。

海外旅行が大好きな商社マンの父親の影響で、安っぽい旅館やカップル向けのリゾート施設を選ばずに本物志向にこだわっています。

「本物」という言葉を聞いた途端に真奈美が思い出してしまったのは、貧農から一代で身を起こした曽祖父が建てた藤木家の日本家屋です。

真奈美が物心がついた時には増改築を繰り返されたために、ちぐはぐな構えになっていて風格がありません。

大広間には支援者や後援会の会長が出入りしていて、真奈美のことをしきりに「お嬢さん」と持ち上げていました。

何よりも嫌いだったのはテーラードジャケットで着飾った父で、袖口からは紛れもなく農民の手がはみ出しています。

自らが「偽物」であるような気持ちにさいなまれていた真奈美は、せっかくのホテルのディナーも落ち着いて味わえません。

【転】車軸 のあらすじ③

見切り発車でガス欠に

つい先ごろまでは1週間に1度は顔を合わせていた真奈美と潤は、あの箱根旅行があってからは会っていません。

「AND A」では近くに座ることはあっても、同じ聖也を指名している客同士として言葉を交わさないのが暗黙のルールになっていました。

久しぶりに潤から電話がかかってきて、聖也を「共有」することを持ちかけられます。

次の日がお店の定休日に当たる水曜日の夜、3人にとっては特別な夜となるために安っぽいラブホテルを選ぶ訳にはいきません。

場所は恵比寿のウェスティンホテル、16階のスイートルーム。

すべてはオートマチックに進んでいき、真奈美はふたつの車輪のあいだの車軸になった気分です。

聖也が売上ナンバーワンの地位をキープできるように、真奈美は1本50万円もするドンペリやリュッグを入れるようになっていました。

仕送りはとっくに使い果たしていて、実家を出るときに持たされたアメックスのプラチナカードもそろそろ限度額に近づいているでしょう。

【結】車軸 のあらすじ④

脱輪してバラバラの3方向に

年末年始を台湾で過ごすというアイリーン、ニュー・イヤー・コンサートをウィーンで見るという潤。

請求書を受け取った父から呼び出しを受けていた真奈美は、東北新幹線と山田線を乗り継いで帰郷していました。

3年ぶりに対面した父は記憶の中の鬼ような姿とは違い、単なるひとりの老いた人間に過ぎません。

自分の体の中に流れている農民の血が我慢できなかったこと、お金を使い果たすことでこの家も真奈美自身も浄化されていくような気がしていたこと。

「ごめん、なさい」とだけ告げて席を立った真奈美は近所のATMで50万円を引き出すと、カードを折り曲げてタクシーに飛び乗り東京に引き返します。

2度とこの地に足を踏み入れることも大学に復学するつもりもない真奈美に声を掛けてきたのは、旧コマ劇前を右に折れた先にある風俗案内所のスカウトマンです。

男のアドバイスに従って学園系のデリバリーヘルス店で面接と研修を受けると、すぐに客が付き始めます。

久しぶりに潤と会ったのは2月の頭、量販店で買ったペラペラのダウンコートを着ているために真奈美に何があったかすぐに悟ったでしょう。

途切れがちな会話の間を埋めるために、ふたりは「AND A」に向かって真っすぐに歩いていくのでした。

車軸 を読んだ読書感想

地方から出てきた純真な女子大学生が、眠らない街・新宿の繁華街へとのみ込まれていく様子に圧倒されました。

裕福な家庭に生まれ育ちながらも水商売で名を挙げる聖也、性的マイノリティーのメッカとも言える3丁目で愛に生きる潤。

自分の信じた道を突き進むふたりの男たちのをつなぎ止めるために、体を張って「車軸」の役割りを担う真奈美にも力強さが伝わってきます。

終盤の急転直下の展開からあっという間の真奈美の転落は、およそハッピーエンドとは程遠いです。

せめてもの救いは土地と血縁の呪縛から解放されたことと、お金では買えない自由を勝ち得たことでしょうか。

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