「甕の鈴虫」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|竹本喜美子

甕の鈴虫 竹本喜美子

著者:竹本喜美子 2010年1月に講談社から出版

甕の鈴虫の主要登場人物

寿々子(すずこ)
ヒロイン。読書家の小学生で勉強もできる。都会の生活にばくぜんと憧れる。

幸恵(ゆきえ)
寿々子のおば。美しい容姿で趣味で短歌も詠む。家庭よりも恋と夢を大切にする。

満男(みつお)
幸恵の幼なじみ。進学をあきらめて家業を継ぐ。

両角公秋(もろずみきみあき)
幸恵の元夫。自分が主役でないと気が済まない。

修治(しゅうじ)
寿々子のクラスメート。転校早々に頭角を現す。

甕の鈴虫 の簡単なあらすじ

田舎暮らしに退屈していた女の子・寿々子の世界を広げてくれたのは、結婚生活に失敗して実家に転がり込んできた叔母の幸恵です。

やがては新しい恋人を見つけた幸恵は出奔、置いてきぼりを食らったような気になった寿々子はひたすら物語の中に逃げ込みます。

学業で成果を挙げた寿々子は大学受験も1発でクリアして、生まれ育った町を出ていくのでした。

甕の鈴虫 の起承転結

【起】甕の鈴虫 のあらすじ①

痛む胸を抱えて帰還

湖のほとりにある両角旅館に嫁いだ父の妹・幸恵が、胸の病気のために帰ってきたのは寿々子が7歳半になった時です。

実家は信州の山の中にある寒天屋で、毎年11月から12月になると「天屋衆」と呼ばれている季節労働者たちの手を借りなければなりません。

大勢が出入りして住み込みで働いているために、冬のあいだは高原のサナトリウムに入所して養生していました。

春になって天屋衆が引き上げて家の中が落ち着いてきた頃、日当たりのいい2階の6畳に空きが出来たために迎え入れます。

幸恵がセーラー服を着て通っていたのは湖を見下ろす坂の上にある諏訪高女、同い年の満男に言わせると彼女が登校するだけで町の男たちの視線を集めていたそうです。

その満男は上の学校には行かずに実家の農家の手伝い、国語の先生を目指していた幸恵も1日中部屋の中で本を読んでいるだけ。

お盆が終わる頃には廊下の隅に置いてある甕の中で、幸恵が育てた鈴虫が幼くかすれたような声で鳴き始めます。

【承】甕の鈴虫 のあらすじ②

飛び立つおばちゃんと期待でふくらむ卵

例の肺の病をうつした張本人でもある両角公秋とはすでに離婚が成立していましたが、ある日のことフラリと訪ねてきました。

幸恵が彼との面会を拒んだのは病気になったことを恨んでいる訳ではなく、老舗の温泉旅館の跡取りとして育てられて子供がそのまま大人になったような性格が嫌だったからです。

翌年の冬に駆け落ちを決行した幸恵は、両親や兄へ宛てた手紙を置いていきます。

ずっと一緒にいたいという人に巡り合えたこと、相手とはサナトリウム時代に意気投合、東京の劇団に所属していて翻訳劇を書いたり演じたりもする人。

わずかな現金をかき集めて着の身着のままで出ていったようですが、台所に置いてあった梅干用の鉢がありません。

鈴虫が卵を産み付けた土を鉢に移して持っていったようで、無事にふ化していれば新居となった本郷のアパートで美しい声を響かせていることでしょう。

幸恵の影響で寿々子も本屋から半月ごとに少年少女世界文学全集を取り寄せてもらい、空想の翼を羽ばたかせています。

【転】甕の鈴虫 のあらすじ③

両翼をもがれた少女

テストになれば学年でトップの点数を取っていた寿々子も、4年生になって北海道から修治という児童が転校してからは常に2番でした。

父親は農大の先生をしていて知的、母はハンバーグやアップルパイが得意で家庭的。

まさに寿々子が理想とする3人家族で、わが家の人の多さと騒がしさに恥ずかしさを覚えてしまいました。

男子の学級委員に指名された修治は、女子の委員を任されていた寿々子にさまざまな本を紹介してくれます。

「シャーロック・ホームズ」シリーズでは「まだらの紐」、シェイクスピアなら「ハムレット」、ロマン・ローランの「魅せられたる魂」… 前の学校では入退院を繰り返していたために友だちができなかったという修治も、寿々子とはあっという間に仲良しです。

修治の父に転勤の辞令が出たのはまだ春には遠い3月、今度の引っ越し先はアメリカのミシシッピー州なために簡単には会えそうもありません。

幸恵と修治をいっぺんに奪われたような気持ちになっていた寿々子は、放課後になると小学校のとなりにのある町立図書館に足を運びます。

ある日のこと新聞を片手に寿々に話しかけてきたのは、教師を退職してからここで働いている原田という司書です。

【結】甕の鈴虫 のあらすじ④

寒天とケヤキの故郷にさようなら

原田が指し示したのは紙面の歌壇コーナーで、赤いエンピツで囲まれたところに一般の読者の投稿作品がありました。

信濃より、嫁ぎ越し甕の鈴虫は、故郷恋ふるかひりひりと鳴く。

信濃を出る時に鈴虫を持って行ったことと、全国紙の東京版に載っていることを合わせて幸恵の歌で間違いはないでしょう。

あの時の卵が無事にかえって、毎年秋になると元気に鳴いていることが分かっただけでも寿々子たちはひと安心です。

日本中が高度経済成長期に突入していくと、ゼラチンで作るゼリーが人気になり寒天で固めたようかんは売れません。

天屋衆も高齢になり手作りから工場生産が主流になったのを機に、父は寒天屋を廃業します。

寿々子の母校が廃校になって図書館の建て替えが決まったのは、都内の大学に合格してこの町を出る年です。

古びた建物はあっという間に撤去されてすっかり更地になっていましたが、大昔から立ち続けているケヤキの木だけは変わっていません。

手のひらを幹に力いっぱい押し当てて別れを告げた寿々子は、一目散に春の日差しの中へと駆け出していくのでした。

甕の鈴虫 を読んだ読書感想

起床は午前3時、天草を洗って煮て凍らせて、半透明に固まった生天を棒状に切り分けて、朝日が射し込む時間帯に完成した寒天をずらりと干し場に並べて… この作業を延々と繰り返すという重労働も、ユーモアを交えて描かれているのでそれほど悲惨さはありません。

同じ長野の山奥を舞台にした「ああ野麦峠」などと比べてみても、天屋衆の能天気さが際立っています。

家の中に見知らぬ他人がいるのが当たり前という状況に、文学少女を自称する寿々子がウンザリしてしまうのは無理もありませんね。

そんな寿々子を外の世界へと連れ出すことになる幸恵や、短くも忘れがたい友情を築き上げていく修治のようなキャラクターも秀逸です。

コメント