著者:遠野遥 2019年11月に河出書房新社から出版
改良の主要登場人物
私(わたし)
物語の語り手。経済学部の学生でひとり暮らし。男性として生まれた自分に強い不快感を抱く。
小林(こばやし)
私と同じ水泳教室の生徒。同世代と比べて体格もよくませている。
池田つくね(いけだつくね)
私のバイト仲間。ガールズ・ロックバンドでも精力的に活動中。
カオリ(かおり)
専門学校を辞めて風俗嬢に転身。勝手の分からない客でも優しくリードできる。
改良 の簡単なあらすじ
小学生くらいから性同一性障がいを意識し始めた「私」が、女装をすることで生きづらさから逃れていきます。
コールセンターでのバイトや大学生活では男性として振る舞っているために、少しずつそのギャップが悩みの種に。
見知らぬ男に襲われた際に命の危険を感じますが、たまたま履いていた女性用の靴を武器にして難を逃れるのでした。
改良 の起承転結
【起】改良 のあらすじ①
私が初めて体は男だけれども心が女であることを自覚したのは、1年ほどスイミングスクールに通っていた小学生の時です。
同じクラスの小林という男子児童が教えてくれて、帰り道に近くの公園に無理やりに連れていかれました。
茂みの中では中学生らしきカップルが行為に及んでいましたが、私にはまるで興味が湧いてきません。
興奮した小林は私の下半身を触ってきますが、背が高くてよりも力が強くケンカになればまず勝てないでしょう。
逆らう気力を失くした私に満足した様子の小林から言われた、「男みたいに見えるけど、おまえは女」は成長するにつれて脳裏に深く刻み込まれていきます。
ファッション雑誌を活用してメイクアップの勉強、女物の服を店頭で買うのはハードルが高いためにネット通販。
これでウィッグでも装着してマスクで顔の下半分を隠せば、街を歩いても女性にしか見えないはずです。
まるで気の合う友人ができたように嬉しかったですが、大学やバイト先では明日も男として生きていかなければなりません。
【承】改良 のあらすじ②
いつものように出勤してヘッドセットをつけ、端末のスイッチをオンにするとすぐに電話が回ってきました。
いただいたご意見は、関係部署に伝えて、検討させていただく… たいていはクレーマーのような顧客からで、対面ではなくマニュアル通りに回答するだけで済みます。
この職場を紹介してくれた池田つくねはやたらと不満をこぼしていましたが、時給が高いために辞めるつもりはありません。
都内を中心に週1回ペースでライブを行っているつくね、このアルバイトと週3回の講義の他にはほとんど予定がない私。
シフトチェンジを頼まれることはありましたが、ある時勤務の終わりにたちの悪い相手に付きまとわれていることを相談されました。
自宅まで送っていった私はそのまま泊まっていきますが、つくねはスティックで練習用のドラムを打ち鳴らすのに夢中です。
缶ビールをもらってシャワーを借りた私は、用意された寝袋にくるまっているうち眠気に襲われて一向に性欲を感じません。
【転】改良 のあらすじ③
メイクやコーディネートだけでは飽きたらない私は、しぐさの研究もして美しくなる努力を続けていました。
近頃では女の格好をして外出するようになりましたが、せいぜい深夜営業のスーパーや夜道を歩くくらいで踏み留まっています。
私が今の姿をいちばんに見てほしい相手は、大学に入学したばかりの頃にデリバリーヘルス店で指名したカオリです。
黒髪のショートカット、礼儀正しい、丁寧、話しやすいとホームページの書き込みに間違いはありません。
お互いに裸になって恋人のように体を重ねるだけで、連絡先や本当の名前さえ知らないのも都合がいいでしょう。
インターホンが鳴り玄関に出ていくとカオリが立っていましたが、灰色のロングスカートを履いた私を見た途端に奇妙な表情を浮かべました。
男の子はお化粧をしてはいけない、スカートも履いてはいけない、つらかったね、気づいてあげられなくてゴメンね… 耐えがたいような気持ちになった私はベッドサイドの鏡を蹴り飛ばし粉々にすると、目についたパンプスを適当につかんで部屋を飛び出します。
【結】改良 のあらすじ④
あと私が心当たりがある相手はつくねくらいしかいない上、先日のストーカーの件も気になっていたために訪ねてみることにしました。
途中で目に付いたドラッグストアでお土産にお酒でも買っていこうかと棚を物色していると、20代の後半かと思われる男性が声をかけてきます。
しつこく追いかけてきた彼の態度が一変したのは、店を出て街灯の下で私が男であることに気が付いた瞬間です。
多目的トイレの個室に引きずり込まれてウィッグを剥ぎ取られて服を裂かれされそうになり、必死に抵抗しますが180センチをこえるであろう大男には敵いません。
恐怖に突き動かされるように私がつかんだのは足元に脱げてしまったパンプス、ヒールの部分はアイスピックのように突き刺すのに最適です。
幼い頃にぜんそくで苦しんでいたこと、心配した親がスイミングを習わせてくれたこと。
小林の「おまえは女」は思い出したくもない言葉でしたが、水泳のおかげで肺活量が鍛えられてたことだけは感謝しています。
息苦しさに耐えながら彼を振り切った私を、つくねが住むアパートの明かりが出迎えてくれるのでした。
改良 を読んだ読書感想
肉体的な性別と精神的な性別の不一致に思い悩む主人公、そんな彼に社会や周りの人たちが「男らしさ」を押し付けてくるのが印象的です。
少年時代に遭遇した小林に呪いのようなひと言を掛けられて、青年期にカミングアウトしてみたカオリとも理解し合えないままで終わって。
せめてもの救いは男女の壁を気にすることもなく付き合える、つくねのような存在に巡り合えたことでしょうか。
ピンチに追い詰められた主人公を救った武器が、「女性らしさ」の象徴とも言えるハイヒールだったのが何とも皮肉ですね。
「多様性の尊重」や「ジェンダー・フリー」といった、はやりのワードでは片付けられないほどの結末に衝撃を受けました。
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