著者:立花楽少 2019年9月に文藝春秋企画出版部から出版
私のブッダの主要登場人物
私(わたし)
物語の語り手。実家は大正時代に創業された薬屋。理系だがスピリチュアルな出来事も受け入れる。
幸子(さちこ)
私の妹で故人。生前はお酒が好きで浮き沈みが激しかった。
瀬川奈津美(せがわなつみ)
私の店の新客で女子高生。精神的に不安定でリストカットを繰り返す。
田村伊蔵(たむらいぞう)
私の店の常連客で高齢。町工場の経営者だが職人かたぎでビジネスに疎い。
佐々木和雄(ささきかずお)
伊蔵の部下。従業員の中でもいちばんの古株。
私のブッダ の簡単なあらすじ
妹の自殺について自責の念に駆られていた「私」でしたが、「シャミ」と名乗る不思議な僧侶の声をききます。
シャミとの対話を接客に役立てていく中で、特に個人的にも親しくなったのが瀬川奈津美と田村伊蔵です。
ふたりを引き合わせたことによって奈津美は就職先が決まり、伊蔵は亡き妻とゆかりのある上海でシャミとそっくりな仏像に出会うのでした。
私のブッダ の起承転結
【起】私のブッダ のあらすじ①
東京近郊にある300床あまりの総合病院で薬局長をしていた私ですが、長引く景気低迷と政府による医療費抑制のために56歳で退職を余儀なくされました。
父親が死んでから3年ほど閉店していた下町の調剤薬局を再開しましたが、一緒に働いていた妹の幸子がくも膜下出血で倒れてしまいます。
手術を受けて一命を取り留めましたが、これまでは当たり前にできた商品棚の品出しやレジの計算なども満足にこなせません。
アルコールを多量に摂取した揚げ句に首をつってしまったのは、桜の花が咲き始めた頃です。
葬儀が終わって遺品の整理もあらかた方がついたある日の明け方、私の枕元には美しく整った青年が現れました。
名前はシャミ、ニコニコとしていて慈しみにあふれた表情、服装は東南アジアによく見られる黄土色の僧衣。
幸子の死に負い目を感じていた私に「諸行無常」、寿命を全うした逝去だと慰めてくれます。
心なしか気持ちが楽になった私でしたが、朝日が射し込み始めた頃にはシャミの姿はありません。
【承】私のブッダ のあらすじ②
夏の暑さが落ち着いて調剤客の波もひと段落したある日の11時過ぎ、制服とミニスカートを着た女の子が包帯を買いにきました。
左手首には3本ほどの新しい傷が並んでいて真ん中のは筋まで達しているほと深く、乾き具合からして毎日のように切っているのでしょう。
「瀬川奈津美、17歳」と記された処方箋にしたがって手当てをしてあげると、他に客もいないこともあって多弁になっていきます。
父親の会社が景気が悪いこと、下に弟がいるために高校を出たらすぐに働かなければならないこと、本当は大学に行きたいこと。
奈津美の悩み事をシャミに取り次いでみると、返ってきたのは「五蘊盛苦」という言葉です。
彼女の場合は向こう見ずな若さとエネルギーが行き場を失っていて、ひとり相撲をしているのに過ぎません。
「大学よりも実学」という私のアドバイスに心を動かされた奈津美は、卒業後は居酒屋のチェーン店でフルタイムのアルバイトを始めました。
たまに店にやってきてはキャリアアップについて熱く語っている様子を見ていると、私の胸も自然と弾んでいきます。
【転】私のブッダ のあらすじ③
定期的に前立腺ガンの治療薬をもらいにくるの70歳前後の田村伊蔵ですが、クレームが多いのでスタッフからは敬遠されていました。
仕方がなく私が対応することになると、一代で築いて従業員30名を雇うようになったという大田区の金型工場について打ち明けます。
旋盤の腕前はピカ一ながらも口下手な伊蔵、外交的で交渉術にも優れていた妻。
その妻が乳ガンでこの世を去ってからは、すっかり生きる気力が湧いてきません。
事務員に欠員があったために信頼できる人を探しているという田村のため紹介したのは、勤め先の店長とうまくいっていない奈津美です。
昼間は田村製作所でお茶くみから掃除にカバン持ち、夜間はビジネススクールに通ってドラッカーの経営学。
主治医のホルモン療法と私が処方する1日1錠の飲み薬によって、伊蔵の血液中の腫瘍マーカーの数値も正常に近づいてきました。
症状が安定していて食欲もある今だからこそ、伊蔵にはどうしても行ってみたい場所があります。
【結】私のブッダ のあらすじ④
伊蔵の妻は母方の祖母が上海市在住の中国人で、引退した後は夫婦でご先祖様のルーツを巡るのが夢でした。
妻の遺影を抱いて上海まで行くことを決意した伊蔵を、長年に渡って彼の下で会社を支えてきた佐々木和雄は応援してくれます。
インターネットでお手頃価格のツアーを予約して、現地でのナビゲート役を引き受けたのは奈津美です。
ビジネスクラスの飛行機、空港からは貸し切りのワゴン車、宿泊先は35階建てのホテルで部屋の窓は全面ガラス張り… 生まれて初めての海外旅行に感激しっぱなしだったという奈津美でしたが、本来の目的であるお墓参りも忘れていません。
市街地から高架橋を渡って田園風景を抜けた先にある王仏寺は、若い頃のブッダをモチーフにした本尊が有名でしたが撮影は禁止されています。
お茶やお菓子などのお土産を山ほど抱えて帰ってきた奈津美が、私にそっと差し出したのは1枚の絵はがきです。
宝石のような飾りとキラキラの法衣を身にまとった仏像は紛れもなくシャミで、写真の中からニッコリと笑いかけてくるのでした。
私のブッダ を読んだ読書感想
ノスタルジックな街並みの中にひっそりと営業中の、昔ながらの個人経営の薬局がストーリーの舞台に。
単なるお薬の受け渡しだけでなく、時にはお悩み相談まで引き受けてしまう店主が頼もしいです。
この店をドアをたたく人たちも進むべき道に迷うティーンエイジャーから、人生の終活に励むナイスミドルまでとバラエティーに富んでいます。
売上至上主義とマニュアル対応を貫く、ドラッグストアにはない人間的な温かみを感じますね。
仏教の開祖の名前が本書のタイトルになっていますが、宗教的なメッセージは少なくなくお説教もありません。
主人公が不思議な体験するシーンはSFタッチで描かれていて、ラストに待ち受けているサプライズも遊び心満点でした。
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