著者:木村紅美 2018年2月に講談社から出版
雪子さんの足音の主要登場人物
川島雪子(かわしまゆきこ)
月光荘という下宿屋の大家。メインストーリー上では七十歳。
湯佐薫(ゆさかおる)
一浪して東京の大学に合格し、月光荘に入居した。
小野田(おのだ)
月光荘の下宿人の女性。テレフォンオペレーター。薫と同じくらいの年齢。
理江(りえ)
薫と同じ学科の女友だち。
拓二(たくじ)
大学の演劇サークルの友だち
雪子さんの足音 の簡単なあらすじ
東京の大学に合格した薫は、月光荘という下宿屋に入ります。
やがて、大家のおばあさんから食事に招待され、同じ下宿人である女性といっしょに食事するようになるのですが……。
しだいに、蜘蛛の巣にかかったように、女たちにからめとられていくような圧迫感を覚えていきます。
雪子さんの足音 の起承転結
【起】雪子さんの足音 のあらすじ①
湯佐薫は品川に出張してきたとき、川島雪子が熱中症で亡くなった、という新聞記事を読みました。
享年九十歳。
彼女は、薫が大学時代に下宿していた月光荘の大家でした。
薫は一浪して東京の私立大学に合格し、上京したのです。
当時、雪子には中年の息子がいて、同居していました。
この息子がよく大声をたて、壁をたたいたりするので、近所の者たちは嫌っていたものです。
息子は、薫が大学二年の暮れに亡くなりました。
翌年、薫が三年の六月のこと、雪子さんから食事の誘いの手紙が届いたのでした。
雪子さんの部屋へ行って、ビールも食べ物もごちそうになりましたが、その後の誘いはことわっていました。
七月に、同じ下宿人の小野田という女性も交えて、雪子さんの知り合いのいる喫茶店に行くことになりました。
そこのマスターが手術から復帰したので、そのお祝いです。
喫茶店で、薫は、盛岡で少年時代をすごした松本竣介という画家を研究していることを話します。
小野田は岩手出身ですが、あまり良い思い出がない様子です。
そのうち、話の流れから、薫は、小説を書いていることをうちあけました。
雪子さんも小野田も、薫に注目します。
その日以来、雪子さんは、薫の身体を心配して、小遣いをくれたり、栄養のつくものを、と食事を食べさせてくれるのでした。
【承】雪子さんの足音 のあらすじ②
応募しようと思っている小説の新人賞は、八月末が締切です。
しかし、薫はぜんぜん書くことができないでいました。
なのに、雪子さんは薫の執筆を応援するために、毎日のように出前ということで、食事を差しいれてきます。
お小遣いまでくれます。
後ろめたい気はするものの、ただで栄養のある食事にありつけ、お金がもらえることに、しだいに麻痺してきます。
お盆明けに、雪子さんは女友だちと一泊旅行に出かけました。
その間の食事は用意してあるとのことです。
部屋にあがっていくと、着飾った小野田がやってきました。
雪子さんから招待されたというのです。
たまには若い者同士でお食事を、ということです。
薫は縛りつけられているような気持ちになりました。
やがて、新人賞へ作品を投函することになりました。
雪子さんは投函するところにまでついてきました。
薫が送ったのは、小説ではなく、偽のデータでした。
薫は、雪子さんをだまして、お小遣いを期待するようになっていました。
一方、かってに部屋の掃除をされたり、食べきれないほどの食事を強要されたりするたび、薫のイライラはつのっていきます。
小野田が夏休みの海外旅行から帰国するという日、薫は苛立ちを爆発させます。
もうこれきりにしてほしい、勝手に掃除しないでほしい、と怒鳴ったのです。
雪子さんは、「掃除ってなんのこと?」と、とぼけるばかりでした。
【転】雪子さんの足音 のあらすじ③
夏休みが終わると、お近づきになりたいと思っていた理佐と、連絡がつかなくなりました。
また、友人の拓二とも連絡がつかなくなりました。
あやしんでいると、ふたりは付き合い始めたということがわかります。
薫は、思いを寄せる女の子を、友達に盗られてしまったのでした。
すっかり気落ちして、しばらく寝込みました。
心配した雪子さんが、おじやを差しいれてくれました。
薫は、自分のほうから切った雪子さんとのつながりを、復活させることにします。
八月に応募した小説は出来が悪かったので、年末にまた応募する、と嘘をついて、雪子さんに取り入ります。
雪子さんと小野田といっしょに食事するのは、とても居心地が悪い。
でも、ずるくなって、いいとこ取りをしようと、薫は思うのでした。
十一月になって、雪子さんが二泊三日の旅行に出かけました。
留守中、薫は小野田とふたりだけで食事します。
彼女も、薫が小説を書いているものと信じており、応援しようとしてくれています。
翌日の晩、差しいれにきた小野田を、部屋に招き入れました。
小野田は、雪子さんが、小野田と薫を養子にしたがっていることを教えてくれます。
小野田が、すがりついてきました。
自分を抱いてほしい、と。
愛情がなくてもいい、小説を書くための道具として扱ってくれればいい、と言います。
しかし、薫はどうしてもそんな気になれないのでした。
翌日、薫は引っ越すことを考えます。
【結】雪子さんの足音 のあらすじ④
十二月に入り、薫は理佐に会って、ぎこちなく話をしました。
話のなかで、彼女が八月に出した手紙を読んだのかと訊かれました。
バイトへの誘いの手紙だったそうですが、薫は受け取っていません。
雪子さんと小野田が一泊二日の旅行に出た晩、留守番をあずかった薫は、雪子さんの部屋をあさって、理佐から自分に来た手紙をさがします。
が、見つからないので、合鍵を使って、小野田の部屋にまで踏み込みます。
そこは、悲惨なゴミ屋敷状態でした。
手紙は見つかりませんでしたが、少なくとも、こんな生活をしている女と寝なくてよかった、と思うのでした。
ふたりが旅行から帰ってきてまもなく、薫は江戸川に引っ越しました。
それ以来、月光荘方面に足を向けることはありませんでした。
さて、現代へともどります。
薫は二十年ぶりに月光荘を訪れました。
敷地は雑草におおわれ、建物は朽ち果てそうでした。
それでも、小野田のかつて住んでいた201号室には生活感があります。
いま住んでいる人に話を聞くと、薫が出たあと、雪子さんは下宿人たちと適度に距離をとっていて、慕われていたようです。
それは、薫が引っ越すにあたってアドバイスしたことでした。
それから、小野田がいまだに住んでいて、夏休みの旅行中らしいことを知ります。
月光荘をあとにした薫は、タクシーで駅に向かう途中、すっかり歳をとった小野田を見かけました。
ふり返ってみたその姿は、たちまち小さくなって、見えなくなったのでした。
雪子さんの足音 を読んだ読書感想
第158回芥川賞候補作です。
2017年下期に候補になったものです。
それほど親しくもない女性たちから、勝手にどんどん距離をつめてこられた大学生・薫のとまどいや苛立ちが描かれています。
それは私にとってはすごく共感できる内容でした。
もし自分が同じ目にあったら、やはり薫と同じような嫌悪感と息苦しさを覚えたと思うのです。
相手の女性たちに悪気は少しもないために、薫は無下に突き放すことができず、そのためにますます悪いほうへと転げ落ちていくのですね。
最後に、薫は逃げるように引っ越していくわけですが、それもしかたのないことでしょう。
作品では、薫が二十年後に当時を振り返る、という構成になっています。
当時嫌だったこともふくめて、彼の胸にはなにかしら蘇るものがあり、それは明確に説明されてはいませんが、読み終わってとても切なく感じました。
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