「薄情」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|絲山秋子

薄情 絲山秋子

著者:絲山秋子 2015年12月に新潮社から出版

薄情の主要登場人物

宇田川静生(うたがわしずお)
主人公。季節労働を転々として定職に就いていない。お金よりも自由な時間がほしい。

蜂須賀(はちすか)
静生の高校時代の後輩。国立大の出身で大企業に勤めていた。上昇志向が強く折り合いが付けられない。

鹿谷(しかたに)
静生の友人で木工職人。自身の工房をコミュニティとして開放している。

土井佐智江(どいさちえ)
静生の父の知人。かなりの高齢だが手芸教室やシルバー会の活動に熱心。

薄情 の簡単なあらすじ

父の代理で葬儀に参列した宇田川静生は、同じ高校に通っていた年下の女性・蜂須賀と久しぶりに顔を合わせます。

蜂須賀と交流を重ねることでこれまでの他人に無関心な生き方に疑問を抱き始めましたが、彼女が本当に愛していたのは世捨て人のようなアーティスト・鹿谷です。

鹿谷との不倫が明るみになり蜂須賀は地域からつま弾きにされますが、静生だけは変わらずに付き合いを続けていくのでした。

薄情 の起承転結

【起】薄情 のあらすじ①

キャベツ畑から帰還した男と名古屋落ち女

不景気や人員削減のために2〜3度ほど会社を辞めた宇田川静生は、ハローワークで見つけた高原キャベツの収穫作業をしています。

場所は群馬県の嬬恋村、期間は5月のゴールデンウィークの終盤から5カ月、村内にある空き家を他のアルバイトたちとシェア。

10月末にキャベツの収穫が終わって実家の高崎市に帰ると父親が急性肝炎で入院していたために、代理でお葬式に出てほしいと頼まれます。

亡くなったのは父の友人の母親に当たる土井佐智江で、「シニアで歩こう会」のメンバーとして高齢者から子どもにまで慕われていたそうです。

佐智江から手芸を習っていた蜂須賀もそのうちのひとりで、静生とは同じ高校の出身でした。

静生が2年生で蜂須賀が1年生の時には学園祭の運営委員で一緒に活動したこともありますが、卒業後は連絡を取っていません。

名古屋大学に進学して愛知県でも1〜2を争う人気の会社に就職したこと、いま現在では仕事を辞めて群馬町で両親と暮らしていること。

お互いに近況を報告し合ったふたりは電話番号を交換して、数日後に飲みに行くことを約束します。

【承】薄情 のあらすじ②

境界線の上の変人たち

国道17号の外に出て県道を北上すると旧市内と旧郡部の境目のような地帯があり、都内から移住して自作の木工品を販売している鹿谷のプレハブ小屋が建っています。

「変人工房」という呼び名がいつの間にかついたこの場所には、どこか世間の感覚からずれた人たちが集まっていました。

家庭菜園で栽培した野菜を交換し合ったり、キッチンを使ってコーヒーを入れたり料理を作ったりしても構いません。

嫌いな相手とは口もきかないどころか力ずくで撮み出すという一面もありましたが、静生のことは気にいっているようです。

静生は缶ビール、鹿谷はワインボトルを空けていつものように昼間から飲み始め、お摘まみは嬬恋産のキャベツです。

北海道の方ではキャベツを自動で刈り取るコンバインのような機械が開発されたそうで、ゆくゆくは嬬恋にも導入されるでしょう。

すべてがオートメーションが進めば農家にとってはあり難いですが、静生のような住み込みのバイトを雇う必要はありません。

アルコールで少しぼうっとした頭の中で、静生はいつまでこの不安定な状態を維持できるのかと不安になっていきます。

【転】薄情 のあらすじ③

神様のための空っぽと消える街

静生の父の兄は神社の宮司をしているために、年末年始には手が足りないほどの大忙しです。

冠婚葬祭から地鎮祭、氏子へのお知らせの作成や直筆での宛名書きと発送、お礼やお守りの準備…キャベツのシーズンオフになると特にやることがないために、静生も伯父夫婦の手伝いをしていました。

還暦を過ぎてもまだまだ元気で引退をするつもりはないおじですが、自分たちに子供がいないために静生のことを跡取りに考えているようです。

静生の方も神主という仕事を次の世代に伝えるために、自分が「入れ物」になるのも悪い気がしません。

12月の大はらいが終わってひと段落した頃、年内最後の休みを取った静生は蜂須賀をドライブに誘いました。

川は埋め立てられて遊歩道に、友だちの家は取り壊しになって駐車場に、個人経営の八百屋やお米屋さんは廃業してチェーン店に。

車窓を流れる風景は思い出の中のものとはすっかり変わっていて、蜂須賀は「なんでも消えていく街」と淡々と話しています。

それなりの職歴がある彼女は近々都内に面接を受けに行くそうで、再就職が決まれば静生とのつながりも自然と消滅してしまうでしょう。

【結】薄情 のあらすじ④

炎上にも閉鎖的な慣習にも負けないふたり

年明けには初詣で春になると大神祭、夏には刈り払いマシンで境内の草刈りをしていました。

混合ガソリンがなくなったためにホームセンターまで出かけた静生は、変人工房から濃い灰色の煙が立ち上っているのを目撃します。

作品の仕上げに使うオイルが引火してのが原因だそうですが、現場にいたのは鹿谷と蜂須賀のふたりだけです。

市の援助を受けて借りていた建物で火事を出してしまった鹿谷は、もうこの土地には居られません。

東京で音楽をしているという鹿谷の妻は事後処理に当たっていて、蜂須賀は彼女から慰謝料を請求されたそうです。

工房の常連たちも今では鹿谷など最初から存在しなかったように振る舞っていますが、彼らなりの気遣いなのでしょう。

今回の件で孤立しているという蜂須賀のお見舞いに行った静生は、気晴らしになるよう温泉で有名な松井田に連れて行きます。

誰かを抹消してしまう薄情さも余所者を考えなしに賛美することも同じだと気がついた静生は、これからもこの町で生きることを決意するのでした。

薄情 を読んだ読書感想

これといった目標もなく地方都市で目の前の雑事をやり過ごすだけの、何とも覇気のない宇田川静生の日常から幕を開けていきます。

生活に困らない程度に自分の好きなことだけをしていくのかとフ思いきや、突如として神への道を歩み始めたりと捉えどころのないキャラクターです。

地域の名物おばあちゃんのお通夜で偶然にも再会を果たした、蜂須賀とのロマンスを期待してしまうところはちゃっかりしています。

常にステップアップを狙っていて田舎町では物足りない彼女との仲が、一向に進展しないのも無理はありませんね。

終盤で待ち受けているあの人との秘密の関係にはビックリでしたが、地方であれ都会であれ自分らしく生きることを考えさせられるラストでした。

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