「人もいない春」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|西村賢太

著者:西村賢太 2010年6月に角川書店から出版

人もいない春の主要登場人物

北町寛多(きたまちかんた)
主人公。肉体労働を転々とする。本をよく読むが中卒なのがコンプレックス。

新川(あらかわ)
寛多の友人。古書店の経営者。商売では押し引きが弱く家庭では恐妻家。

秋恵(あきえ)
寛多の恋人。ウェイターからレジ係までこなして生計を立てる。献身的で教養もある。

菅藤(すがふじ)
秋恵の同僚。更年期が原因で周囲に当たり散らす。

人もいない春 の簡単なあらすじ

日雇いの人足で食いつないできた北町寛多は、職場では上司や同僚との関係をうまく築くことができません。

異性にもひと1倍飢えていた寛多ですが、自分勝手で暴力的な性格が災いしてか行く先々でトラブルを起こしてしまいます。

ようやく年下で思いやりのある女性・秋恵と巡り合えたことで、これまでの生き方を反省し始めるのでした。

人もいない春 の起承転結

【起】人もいない春 のあらすじ①

ひとりぼっちの春から立ち直るための1歩

中学校を卒業してから実家を飛び出した北町寛多は、まともな就職活動をする訳でもなくその日暮らしを送っていました。

水道橋の製本所で働き始めたのは昭和60年の4月半ばのことで、文庫本のリボンをページの間に挟んでいくだけの単調な作業です。

手先が不器用な寛多は早々に工場長に目を付けられていたために、3週間で契約を打ち切られてしまいます。

休憩中に親しくなったはずの年上の大学生たちからも爪弾きにされて、事務室で源泉と弁当代を差し引かれた3万円を受け取って帰るしかありません。

社会に出てから2年間は自分ではそれなりに苦労を重ねたつもりですが、本来であればまだ学校に通っている年齢でしょう。

同世代の男女が来年には高校から大学に進学することを考えると、自分だけが春に取り残されてしまったような気持ちでした。

水道橋から神田川を渡って大曲に到着すると、背後には書籍の取次店が入っている白い建物がが見えてきます。

明日にはあの会社に履歴書を提出して、生活を安定させるための第1歩にするつもりです。

【承】人もいない春 のあらすじ②

月とともに消えた彼女

久しぶりに神保町までやって来た寛多は好きなだけ古本を漁ったあとで、最後に新川の近代文学書の専門店へ向かいました。

商売っ気がないくせにサービス精神だけは旺盛な新川は、来客があると近所の喫茶店から飲み物を取り寄せてくれます。

例によって寛多が無料でコーヒーか紅茶にありつこうとすると、使用済みのカップを回収しにきたのが20歳くらいの女性です。

25歳で結婚して1男1女を授かった新川は妻に逆らえない性格で、彼女のかわいらしい顔立ちにも興味を示しません。

ヘアスタイルや服装こそ派手なものの学業の成績は至って優秀だそうで、翌日からはほぼ毎日彼女を目当てに喫茶店まで直接出向いていました。

駅ビルの土産物の洋菓子、化粧箱に入ったお好み焼きせんべい、大量のビール券。

寛多にとっては陰暦の23日に月にお供えものをすれば願い事がかなうという言い伝え、「二十三夜の月待ち」のつもりでした。

当の本人にとってはありがた迷惑でしかなかったようで、喫茶店のマスターから新川を通じて送り返されてしまいます。

これ以降は寛多と口をきいてくれるのは風俗業に従事する女性くらいで、悲願が成熟するまでに数年の月待ちに耐えなければなりません。

【転】人もいない春 のあらすじ③

不満を圧し殺した食卓で飢えをしのぐ

新宿1丁目のアパートに住んでいた寛多は、近くにある中華レストランでアルバイトをしている秋恵のことが気になっていました。

長らく恋愛運から見放されていた寛多が、大学出でインテリの彼女と同せいにこぎ着けることができたのは物の弾みでしょう。

滝野川のマンションに部屋を借りたふたりですが、生活費をほぼ全面的に負担しているのは秋恵です。

中規模程度のスーパーに勤務するようになった秋恵は、指導役の菅藤からは四六時中嫌がらせを受けています。

別の働き場所を探しているという秋恵でしたが、このご時世に時給1,000円を出すところはそうそうありません。

無職の身である自分のことは棚に上げて、「もうちょっとだけ頑張ってみろ」と毎朝送り出します。

夕食時にテーブルに並ぶのはタイムセールの総菜やサラダに従業員割り引きの麺類、寛多の好物はコッテリとした油もの。

文句を言いたいのはやまやまですが、秋恵が今の仕事を辞めてしまうと自分ひとりの経済力では到底食べてはいけません。

【結】人もいない春 のあらすじ④

聖なる母の寝顔が眩しい

ふたりが寝食をともにしてから2カ月ほどがたった頃、秋恵はひどく熱がある様子なのに無理にでも出勤していきました。

二日酔いで起きれない朝や冷え込みが厳しい夜にはあっさりと無断欠勤を決行してしまう寛多としては、彼女の生真面目さには圧倒されます。

早退することもなくフルタイムでシフトをこなして帰宅した秋恵は、今にも倒れそうなほどフラフラの状態です。

薬局で買い占めて置いたカゼ薬、キンキンに冷え固まった保冷剤、ゆでて溶き卵を流し込んだ暖かいうどん。

何くれとなく世話を焼いていた寛多の胸のうちに浮かんできたのは、10年以上も顔を合わせていない実家の母親のことです。

江戸川で運送屋を営んでいた父親が犯罪事件を起こしたせいで一家離散、そのショックから母は幼い寛太に暴力を振るうようになっていきます。

発熱によって寝込んだ時だけは別人のように優しくなって、至れり尽くせりで看病してくれたことは今でも忘れていません。

過去にわが身に受けた優しさを今度は他の誰かに分け与えるために、寛多は夢の中の聖母像のような秋恵の顔を見つめるのでした。

人もいない春 を読んだ読書感想

仕事は短期契約のアルバイトばかり、稼いだお金は居酒屋や夜のプレイスポットで浪費、やたらと高いプライド。

実際にいたらお近づきになりたくはないであろう主人公の北町寛多にも、不思議な愛着が湧いてくることでしょう。

時代設定は昭和の終わり頃で、「野球少年」を自称する寛多が後楽園球場で日本ハムファイターズのナイターを見に行く場面も懐かしいです。

アルコールと一夜限りの快楽に逃げ続けていた寛多にも、少しずつ人間的な感情が芽生えている変化も見逃せません。

ついには救いの手を差し伸べてくれた秋恵と、まっとうな人生を送ることができるように祈るばかりですね。

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