「実験」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|田中慎弥

著者:田中慎弥 2010年5月に新潮社から出版

実験の主要登場人物

下村満(しもむらみつる)
主人公。これまでに4冊ほど単行本を出している専業作家。苦しみながら生きる人たちを堅実に描写する。

下村玉恵(たまえ)
下村の妻。よく働き料理も得意。気が強く不満を口にしない。

三田春男(みたはるお)
下村の幼なじみ。体は大きいが運動は苦手。高校を出てから職に就いていない。

実験 の簡単なあらすじ

小説家として鳴かず飛ばずの状態が続いていた下村満が母に言われて訪ねたのは、小学生の頃に親しくしていた三田春男です。

久しぶりに再会した春男は相変わらずの実家暮らしで、精神的にも危うい状態で今にも自ら命を絶つ危険があります。

ひそかに新作のネタにするつもりだった下村ですが、妻・玉恵のひと言で春男は生きる気力を取り戻すのでした。

実験 の起承転結

【起】実験 のあらすじ①

行き止まりの作家が陰うつな北へとドライブ

文芸雑誌の新人賞に輝いてから4年が過ぎた下村満ですが、人口27万ほどの地方都市では小説1本での暮らしはうまくいきません。

30歳になる少し前からお付き合いを始めて、賞をとった時に籍を入れた玉恵の稼ぎの方が多いくらいです。

ある日の夕食が終わった時間帯に実家の母親から電話がかかってきて、三田春男の様子を見てきてほしいと頼まれました。

春男はふたつ年下で学年が違いますが、親同士が仲良く近所に住んでいたこともあり小学生時代はずっと一緒に行動しています。

最近になって心療クリニックに通い始めたという春男は、就職活動に失敗したのが原因でほとんど外に出ません。

当面は短いエッセイの下書きくらいしかやることがないために、日曜日の午後に抹茶とコーヒーゼリーを買って車に乗り込みます。

下村たち夫婦のアパートがあるのは海が近く明るい南側、三田一家が住んでいるのはトンネルを抜けた丘の上にある北側。

赤茶けた屋根が連なるこの地区に来ると、理由もなく暗く沈み込んでしまうのはいつものことです。

【承】実験 のあらすじ②

友を実験台にして執筆開始

両親の負担を減らすために真夜中に起きて遺書を書いたこと、庭のカエデの木に掃除機のコードを巻きつけて首を括ろうとしたこと。

三田家の奥の部屋に案内された下村とふたりっきりで向かい合った春男は、罪悪感のような気持ちを告白してきました。

帰り際には春男の母親から「うつ病について」という医療機関のパンフレットを手渡してきて、時々は顔を見せてほしいと頼まれます。

次の日の朝には玉恵が出勤した後で新しい小説に取り掛かるためにノートを広げますが、あらすじや登場人物に関するアイデアが浮かんできません。

整ってはいるが安全過ぎて緊張感がない、というのが下村の作品に対する新聞の時評や評論家のおよその評価です。

主人公、うつ状態、自殺願望… 思い付いたキーワードを書き付けて担当の編集者に電話をしてみると、なかなかインパクトがあると食いついてきました。

小説の結末で主人公が死ぬのか助かるのかは決めていないために、ある種の「実験」と言えるでしょう。

【転】実験 のあらすじ③

NGワードの連発で発想が膨らむ

再び春男の元を訪問したのは2日後で、手土産というよりも罪滅ぼしのような気持ちでメロンを持っていきました。

日本では15人〜20人にひとりくらいはうつの状態、自分を責めるのはメランコリー型、世の中のせいにするのはディスティミア型。

先日のパンフレットによると春男のようなディスティミア型に励ましの言葉は逆効果だそうですが、あえて「頑張れ」や「負けるな」などとたき付けてみます。

自分が世の中に貢献している手応えがあるのかと、口だけは達者な春男の方も負けてはいません。

下村の書く小説は出版社にたいした利益をもたらしている訳でもなく、生活をするための品物を売っているスーパーや雑貨屋の店員の方がよっぽど役に立っているでしょう。

車のダッシュボードにノートを入れておいたのは、春男との一連のやり取りを出来るだけ細かく記録しておくためです。

鉛筆を握りしめた下村の手は止まることはなく、小説の映像やキャラクターの声までが芽吹いてきました。

【結】実験 のあらすじ④

死の誘惑を伐り倒せ

外からの刺激を与えるために、日曜日には下村、玉恵、春男の3人で市街地にあるパスタの店でランチをしました。

一生異性と関係を築かずに過ごすつもりだという春男のことを、玉恵は家の中で雨宿りをしているようだと例えます。

下村との結婚生活はいろいろと大変、毎晩のように手放せなくなったアルコール、おせっかいで干渉してくる義理の母親。

それでも誰かを好きになって愛し合えば、必ず向こうから幸せは転がり込んでくるというのが玉恵の持論です。

買い物をしてから帰るという玉恵は商店街へ、久しぶりに生身の女性と会話をして疲れ果てた様子の春男は三田家へ。

ふたりがいなくなった車内は驚くほど軽く、重荷を降ろしたような気分でハンドルを握ります。

母親の話では次の日の朝早くに、春男は以前に首をつろうとしたカエデをノコギリで切断しようとしたそうです。

原稿の催促で電話をかけてきた編集者から主人公は自殺するのか聞かれると、「とにかく死なないラストにします」と答えるのでした。

実験 を読んだ読書感想

ストーリーの舞台になっているのは戦前から海運業と漁業で栄えた町で、現在では過疎が進んでいるという背景を主人公の下村満と重ねてしまいました。

ショッピングモールや新興住宅街が広がる町の北から、ノスタルジックな南へと車を走らせるシーンが印象的です。

過去へとタイムスリップしていくかのような感覚ですが、懐かしい友人との再会は必ずしも温かいものではありません。

今にも一線を踏み外しそうな三田春男を利用して、ベストセラー作家の仲間入りを狙う下村の魂胆は見え見えですね。

下村と春男の美しい友情で締めくくるとはいかないものの、それぞれの将来にわずかな光が射し込んでくる結末に救いがありました。

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