「ボラード病」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|吉村萬壱

ポラード病

著者:吉村萬壱 2014年6月に文藝春秋から出版

ボラード病の主要登場人物

大栗恭子(おおぐりきょうこ)
ヒロイン。勉強もスポーツも苦手な小学5年生。クラスや地域社会に溶け込めない。

野間又男(のままたお)
大栗家の隣人。年下の女性と同居している。恭子がつけたあだ名は「ヌオトコ」。

花田(はなだ)
革の加工が得意で縫製業を興す。母子家庭の恭子たちを気遣う。

木村アケミ(きむらあけみ)
恭子のクラスメート。ぽっちゃりとした体形で行動もスロー。

藤村(ふじむら)
恭子の担任。人と人との結び付きや郷土愛を生徒にたたき込む。

ボラード病 の簡単なあらすじ

シングルマザーに育てられている小学生の大栗恭子が住んでいるのは、8年前に壊滅的な被害を受けた漁業の町・海塚です。

復興に異を唱えるものや地元の海産物の安全性を疑うものは、次から次へと隔離施設に収容されていきます。

かつては自分の父が反体制派に加担していたことを知った恭子も監禁されてしまいますが、独房で懸命の抵抗を続けていくのでした。

ボラード病 の起承転結

【起】ボラード病 のあらすじ①

少女の不安と暗たんとした海を慰める魔法の言葉

B県海塚市内の小学校に通っている大栗恭子が住んでいるのは、小さな庭に面している一軒家です。

家賃の5万5000円を稼ぐために母は朝からホテルに出勤して、恭子が下校する午後3時頃に帰宅して午後6時から再び職場に戻ります。

母は「ホテル」としか言いませんが、恭子には何となく大人のカップルが利用する場所だと察知していました。

近頃では財布工場を経営する花田から組み立ての内職を回してもらっていますが、不器用な母では1日20個ほどがやっとです。

家の門を出るとすぐ右側には「野間又男」という表札が掛かっていますが、国語の成績が悪い恭子には「ヌオトコ」としか読めません。

妻なのか娘なのか分からない年齢の離れた女性と暮らしていて、恭子がヌオトコから話しかけられたのは町内の清掃活動に駆り出された時のことです。

港の外れには船をロープでつなぎ止めるための柱が設置されていて、正式名はボラードで何があろうとも倒れないと教えてくれました。

母とふたりだけでこの先もやっていけるのだろうかと漠然とした不安に包まれていた恭子でしたが、「ボラード」と唱えてみると少しだけ世界が広がったような気がします。

【承】ボラード病 のあらすじ②

お通夜のお約束と口にしてはいけないこと

恭子と同じ5年2組の女子児童・木村アケミが亡くなったために、海塚メモリアルホールで行われるお通夜にクラスのみんなで参加しました。

式の最後にあいさつのために立ち上がったのは娘と同じくかっぷくの良いアケミの父親で、地元でクリーニング店を経営しています。

長い避難生活から戻ってきた8年前のあの日から家族のために頑張ってきたこと、アケミは海塚産の新鮮で安心な魚をいっぱい食べて丸々と太っていたこと、友だちにも恵まれた海塚が大好きだったこと。

アケミをこの町の復興のためのシンボルとして刻み付けたいと父親が宣言した瞬間に、満場の拍手が湧き起こるのがお定まりのパターンです。

亡くなる前日に「ふるさと」をテーマにしたクラス討論会で担任の藤村の質問に答えられなかったため30分以上立たされていたことや、給食の時間にイスから転がり落ちた後も放ったらかしにされていたことについては誰も触れません。

藤村はいつの間にか学校からいなくなって話題にならなくなり、代わりに佐々木という若い女性の先生が恭子たちを受け持つことが決まりました。

【転】ボラード病 のあらすじ③

隔離されるかカニになるか

ある日の夜に母が急な腹痛に襲われて動けなくなったために、恭子は救急車を呼んで西沢病院まで付き添いました。

診察室のベッドには空きがなく、赤い血がにじんだ包帯を巻かれた人たちがうめき声を上げています。

救急隊員だけでなく警察官までが周囲ににらみを利かせているのは、騒ぎ出した患者を警棒で打ちのめしてどこかへ連れていくためです。

ようやくここが病院ではなくて収容施設だと気が付きましたが、母を置いて恭子はひとりで家に帰るしかありません。

ひとりになった恭子を自宅に招いて食事をごちそうしてくれたのはヌオトコで、カップラーメンや輸入品の缶詰めばかりを出していた母とは大違いです。

海塚で採れたものが1番安心でおいしいというヌオトコは、完食した恭子をなめ回すように見ていました。

ヌオトコと一緒に今度は公園で石を拾うボランティアに参加した時に、「海塚市民はおかしい」という胸に秘めた思いが恭子の中で確信に変わります。

公園内には学校でも歌わされた「海塚讃歌」がエンドレスに流れていて、リズムに合わせて石に群がる人々はカニにしか見えません。

音楽がピタリと止まったのは、群れをかき分けるように現れた背広姿の男が恭子の腕をつかんだ瞬間です。

【結】ボラード病 のあらすじ④

偽りの監獄の中で真実で叫び続ける

30歳をこえた恭子は鉄格子のはまった窓から、枯れ葉の中に立っている何本かのイチョウの木を眺めていました。

耳を澄ませると遠くの方からかすかに波の音が聞こえてくるので、海塚市の沖合いにある幾つかの小さな無人島のうちのひとつでしょう。

冷えきった部屋の中でイスに腰を下ろして、木製の机の上に置かれたノートに短くなった鉛筆でいろいろなことを思い出しながら書き留めていきます。

避難先から海塚に戻ってきた時には父も弟もいたこと、弟はすぐに死んで父も反対運動をしていたために捕まったこと、残された母も恭子もずっと監視されていたこと、海塚はうそで塗り固められた町であること。

でっち上げた海塚は今にも崩れそうで、難破しかけている船のようなものです。

自分たちのような「同調」を拒む人間こそが、海塚とこの世界を辛うじてつなぎ止めているボラードだと恭子は信じています。

小学生の頃と変わらずに文章で自分の気持ちを表現するのはうまくない恭子でしたが、うそだけは書かないつもりです。

ボラード病 を読んだ読書感想

閉鎖的な海辺の町で経済的にも精神的にもギリギリな母親と暮らしている、どことなくミステリアス女の子が主人公です。

8年間の避難を余儀なくされていたという町民たちには、現実の世界のあの事故を思い浮かべてしまいました。

やたらと安全性をアピールするとれたてのお魚や、「絆」を押し付けてくる学校の先生の存在も不気味ですね。

スクールカーストでは最下位を行ったり来たりしているような恭子が、大人たちも顔負けの洞察力でこの町の真実へと迫っていく姿がスリリングでした。

さすがの恭子も海塚の熱狂に飲み込まれてしまったかと思いきや、ラストで待ち受けているどんでん返しが圧巻です。

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