「自由高さH」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|穂田川洋山

「自由高さH」

著者:穂田川洋山 2010年8月に文藝春秋から出版

自由高さHの主要登場人物

須永英朗(すながひでお)
主人公。不動産関係の仕事についていて経済的にゆとりがある。趣味は日曜大工。

中曾根高大(なかそねこうだい)
元ばね職人で現在は金属加工メーカーの顧問。客の要求よりも自分の可能性を探求してきた。

岸田秀雄(きしだひでお)
須永の友人。商船大学の出身で海外への渡航歴が豊富。

岸田真由美(きしだまゆみ)
秀雄の妹。須永とは短期間だけ恋人同士だった。

中曾根景(なかそねけい)
高大の妻。店子の世話を焼くのが好き。

自由高さH の簡単なあらすじ

不動産会社に勤めている須永英朗は社員寮になじめないために、使われていないばね工場を借りて手入れをしていきます。

大家の中曾根高大は腕利きの職人でもありやり手の経営者でもありますが、お金には執着心がないために家賃は格安です。

中曾根の理解もあり友人の妹・岸田真由美の助けもあって須永は自分だけの隠れ家を造り上げるのでした。

自由高さH の起承転結

【起】自由高さH のあらすじ①

快適寮を飛び出して劣悪ばね工場に転がり込む

大手不動産会社に勤めている須永英朗は、東京都江東区東陽町にある社宅で暮らしていました。

須永が入社する1年前に大幅なリフォームが行われていて、最新仕様のキッチンとバスタブに冷暖房も完備されています。

部屋の快適性については申し分はありませんが、休日に同僚と顔を合わすわずらわしさや真上に住む上司の子供が立てる騒音が悩みの種です。

寮を出ることを決意した須永は通勤圏内で物件を探し始めましたがこのエリアは家賃が高く、正当な理由がないために会社からの補助も出ません。

転居をあきらめかけていた須永が墨田区の業平橋で木造瓦ぶきの工場を見つけたのは、飲み会の帰りに酔い醒ましのために徒歩で帰宅していた時です。

中高スプリングというコイルやばねの小口受注を取り付ける会社で、創業者の中曾根高大はすでに現場を離れていました。

生産の機能も業平橋から埼玉県北葛飾郡へと移転されていて、建物自体は誰も使っていません。

仕切りの壁もなく全面がコンクリートで打ちっぱなしと居住スペースとしては最悪ですが、須永は中曾根とひと月4万円の破格で賃貸契約を結びます。

【承】自由高さH のあらすじ②

オールシーズン歓迎な秘密の基地

土曜日になると業平橋に通うようになった須永は、学生時代の知り合いや会社の仲間にお願いして屋内の掃除に取りかかりました。

ばねを削る時に発生する鉄粉が数10年分も積もっているために大変な作業で、ほとんどのメンバーはすぐに足が遠のいていきます。

たびたび来てくれたのは越中島の商船大生だった頃にこの辺りに住んでいた岸田秀雄で、本人からすると週末の趣味のようなものです。

掃除が終わった後はコンクリートの上に木材で床を張っていきますが、やすりをかけてから柿渋と呼ばれる防水・防虫用の液を塗らなければなりません。

そんな中で秀雄のインドネシアへの出張が決まったために、代わりに妹の真由美に電話をかけてみました。

兄の友だちでもあり元交際相手でもある須永からの久しぶりの連絡に困惑しながらも、真由美は秘密基地のような雰囲気をすっかり気に入ってしまいます。

春にはお花見、夏にはかき氷、秋にお昼寝、冬には鍋パーティーと須永は一年を通じてここを開放するつもりです。

【転】自由高さH のあらすじ③

お金では買えない満足

柿渋の塗布作業を続けていた須永たちは、北側の壁に額縁を見つけました。

「国際社会貢献、金属加工、中曾根高大」と書かれた賞状が掛けられていて、大切なものらしく汚れないうちに中曾根に渡しておきます。

「自由高さH」というばねにかかる付加について書いた論文で評価を受けた中曾根ですが、寄付金が少なかったために叙勲には至りません。

結局のところは金だと愚痴をこぼす中曾根の脳裏によぎったのは、62歳にして経営していた印字工場を畳んで引退生活に入った古い友人の言葉です。

墨田区内の地価がここ数年で急激に上昇していること、工場と土地を売却するのであれば今がチャンスであること。

火災保険や相続税の金額と照らし合わせてみると須永から月ごとに受け取る家賃は微々たる現金収入で、遊ばせているようなものです。

全てを手放して田舎に移住して身も心も楽になるのも魅力的ですが、妻の景は須永のことを気に入っていて何かと世話を焼いていました。

子供がいない老夫婦にとっては息子のような存在でもあり、自分たちの選択が間違っているとは思えません。

【結】自由高さH のあらすじ④

タワーよりもひと足先にお披露目

大勢の人を呼んで大きな物音と強烈なにおいを巻き散らしていた須永でしたが、半年ほどで上げ床と仕切り壁を完成させました。

きれいに磨かれた天窓から室内には明るい光が射し込んできて、柿渋が浸透した板の表面に反射してツヤツヤと輝いています。

真由美と景はあっという間に打ち解けていて、休憩時間にはお茶を飲んだりガーデニングやハーブの話で盛り上がるほどの仲です。

真由美のことをすっかり須永の妻だと勘違いしているようですが、ここでの新婚生活を想像してみると悪い気持ちはしません。

敷地内にはゴールデンウィーク前になると咲く鬱金桜が植えてあって、木々の向こうから見え隠れしているのは一般公開が間近に迫った新しい東京のシンボルタワーです。

いくらか部品を納品している中高スプリングは、タワーの愛称として「東京ひのみやぐら」を提案していましたが採用はされていません。

「スカイツリー」よりも「やぐら」のほうがしっくりくると須永や真由美は慰めますが、中曾根は「どちらでもいいよ」と素っ気なく答えるのでした。

自由高さH を読んだ読書感想

一部上場の企業に就職しながらも、社員寮での生活に居場所のなさや息苦しさを感じてしまう須永英朗はいかにも今どきの若者ですね。

見るからに昭和の職人さんといった風情のある中曾根と、なぜだか意気投合してしまう展開に笑わされます。

船乗りの親友から元カノまでが無報酬でリノベーションのために駆け付けてくれるのも、須永の人柄のおかげでしょう。

ストーリーの舞台になっているのは昔ながらの町工場が軒を連ねる江東区から墨田区にかけてで、背景に建設途中の東京スカイツリーがそびえ立っているのも印象的です。

新しいものが次々と生み出されていく今の時代の流れの中でも、物作りにかける心意気と人と人とのつながりを感じました。

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