「プール葬」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|新井千裕

プール葬

著者:新井千裕 2014年12月に中央公論新社から出版

プール葬の主要登場人物

彼(かれ)
主人公。30代の半ばのプール管理員。余計なことを考えずに一生を乗り切るのが目標。趣味で物語を書いている。

清美(きよみ)
彼の元恋人。総合病院の内科に勤めている。強すぎる愛情を持てあましている。

叔父(おじ)
彼の母の弟。市役所の職員から議員に転身。政治的な野心はないが世話好き。

老人(ろうじん)
猫が大好きな放浪者。学校の先生をしていたこともあるインテリ。

プール葬 の簡単なあらすじ

学業をドロップアウトして親戚のコネで市営プールに就職した「彼」が、捨て猫の導きで知り合ったのは全国各地を悠々自適の旅をする老人です。

以前にお付き合いをしていた清美から頼まれた彼は、死期が迫っている老人と飼い猫のために夜間のプールを解放して自由に遊ばせてあげます。

間もなく老人と猫が亡くなり、彼らの遺骨を清美が東北の海へ撒きにいくのでした。

プール葬 の起承転結

【起】プール葬 のあらすじ①

ぬるま湯につかったような1人と1匹

高校を卒業した彼は大学の哲学科に進みましたが1年で中退して、会社員やアルバイトを試しましたがどれも長続きしません。

たまたま空きがあった温水プールの管理人の仕事を紹介してくれたのは、市会議員をしていて太いパイプを持っている母方の叔父でした。

10カ月ほど勤めてみると管理体制が雑な職場で、年齢が30歳ほど離れている同僚たちとも必要以上に関わる必要がありません。

夜が開けたばかりのプールの底に目を閉じて手を組みながら、ひつぎの中の死者のように横たわるのが彼の楽しみです。

塩素濃度をチェックして水温を計って問題がなければ夜勤は終わりで、朝の公園で缶ビールを飲みながらサンドイッチを食べます。

指定席に腰掛けていると真っ白な猫が現れて太ももの上にすり寄ってきたために、抱き上げて股間をのぞき込んでみました。

公園内には10匹をこえる野良猫が住み着いていて、市やボランティア団体が予算を出して不妊や去勢の手術をしています。

オスの猫ですが去勢はされていないようで、捨てられて間もないのでしょう。

管理社会からはみ出しているという点では似たり寄ったりの彼が、この猫に付けてあげた名前は「コーガン」です。

【承】プール葬 のあらすじ②

夜のプールサイドでハートにドキドキ

プールサイドでかすかに動く光に彼が気が付いたのは、管理人室で鉛筆とノートで書きものをしていた時です。

バスケットを提げた白髪まじりの痩せた老人で、公園のトイレで顔を洗ったり芝生の上で寝そべって文庫本を読んでいる姿を何回か目撃していました。

ビニール袋に入った空きカンをプールに投げ込もうとしているようですが、この施設のマスターキーを握りしめています。

数週間前に彼が紛失してしまったカギに間違いないために、老人を警察に突き出す訳にもいきません。

以前に中学校の国語教師をしていたこと、定年退職後は北から南へと放浪の旅を続けていること、旅の途中で猫と仲良くなったこと。

バスケットから出てきたのはコーガンで、子ども用のプールで遊ばせるなど遣りたい放題をして帰っていきました。

彼が不吉な予感に襲われたのは、老人が左の胸の部分にハートマークがプリントされた青いTシャツを着ていたからです。

彼もまったく同じデザインのものを着せられていたことがあり、作ったのは1年前まで一緒に暮らしていた清美という2歳年上の女性です。

良くも悪くも愛情の深いタイプで、その息苦しさから逃げ出した彼は今の転居先も勤め先も報告していません。

【転】プール葬 のあらすじ③

こう丸の違和感を告げるコーガン

いつものように勤務が明けてからコーガンとじゃれ合っていた彼は、自分のこう丸の左側に鈍い張りを感じました。

インターネットで調べてみると公園の敷地に隣接する総合病院に泌尿器科があったために、受付で問診票に症状を記入します。

チリチリパーマにひげ面で親分肌の担当医による丁寧な触診によって、あっさりと判明した病名は陰のう水腫です。

注射器でかなりの量の水を抜きましたが、しばらくは通院を続けて様子を見ることになるでしょう。

待合室のソファでテレビを眺めながらぐったりとしていると、看護師の制服を着た清美に呼び止められて地下の食堂に連れていかれました。

清美の話というのはプールで会った例の老人のことで、数日前に公園で倒れているところを見つかってこの病院に入院しているそうです。

命に関わるほどの病気を抱えているという老人は先が長くなく、動物病院に預けているコーガンのことを心配しています。

清美からはコーガンの泳ぐ姿を見せて元気づけたいと相談されましたが、老人には外出許可が下りないために彼がプールで映像を撮ってこなければなりません。

【結】プール葬 のあらすじ④

ネコ動画とネコジャラシでお見送り

8月が終わろうとする晴れた日の明け方に計画は実行に移されて、バスケットに隠れていたコーガンは鳴き声を上げながら水の中へと滑り込んでいきました。

円形の軌道を描きながら泳ぐコーガンの中心には、海水パンツ姿でスマートフォンを構える彼がいます。

柔らかな逆光の中で白く揺らめくコーガンの姿は天使のようで、30秒ほどの撮影時間でしたが病床の老人を慰めるには十分です。

相変わらず夜勤から解放されるとビールとサンドイッチを持って公園に向かう生活を送っていた彼ですが、ベンチで待っていたのは清美でコーガンではありません。

清美は全身を白装束で包んでいて、首から提げた四角い箱には同じ日にこの世を去った老人とコーガンの骨が入っています。

これからお寺を巡りながら老人の生まれ故郷である東北に散骨しに行くという清美は、自分自身を見つめ直してみるそうです。

ふと見上げると巨大な招き猫のような形をした白い雲が流れていたために、彼は草はらに生えていたネコジャラシをひっこ抜いて青く澄んだ秋の空に振りかざすのでした。

プール葬 を読んだ読書感想

朝日が射し込み始めた誰もいないプールにプカプカと浮かびながら、「埋葬ごっこ」を楽しむ何とものんきな主人公です。

サラリーマンや学生たちが電車に乗り込んでいく時間帯に、公園内のベンチでお酒と片手に食事をする姿は世の中の流れに逆らっているかのようですね。

身勝手な飼い主から放り出された猫のコーガンと、社会からのあらゆる束縛から解き放たれたような老人とのつかの間の交流には癒やされます。

漠然とした不安を抱えている主人公の内面と、夜のプールの水面に生じる波紋がリンクしているのかもしれません。

ちょっぴり切ないラストの別れにも、人生のエアポケットを漂っていた主人公の背中を押すような力強さがありました。

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