「揺籠のアディポクル」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|市川憂人

「揺籠のアディポクル」

著者:市川憂人 2020年10月に講談社から出版

揺籠のアディポクルの主要登場人物

尾藤健(びとうたける)
主にタケルと表記されます。13歳。突如極端に免疫力のなくなる病気にかかったため、無菌病棟クレイドルでの入院を余儀なくされます。

赤川湖乃葉(あかがわこのは)
主にコノハと表記されます。13歳。タケルより長くクレイドルに入院しています。左手には義手を嵌めています。タケル達が入院している病院は彼女の父親の病院であるといいます。

柳(やなぎ)
タケルとコノハを担当する女医。タケルは優しそうなおばさんという印象を持っています。

若林(わかばやし)
タケルとコノハを担当する看護師。男性。顔立ちは整っているが無表情で、タケルは蛇のように冷たいという印象を持っています。

揺籠のアディポクル の簡単なあらすじ

中学生の少年、タケル。

突如無菌病棟での終わりの見えない入院生活が始まります。

病棟には自分以外にもう一人だけコノハという同い年の少女が以前から入院していました。

当初は険悪だったものの、次第に交流を深め彼女のことを意識するようになったタケル。

しかしある日、嵐の到来した時、2人以外に誰もいないはずの病室でコノハが殺害されてしまいます。

抜群のリーダビリティで綴られる青春ミステリです。

揺籠のアディポクル の起承転結

【起】揺籠のアディポクル のあらすじ①

出会い

冒頭、嵐の日2人しかいないはずの病棟内でコノハが殺されたというタケルのモノローグから始まります。

そして時間は少し遡ります。

タケルがコノハと出会った二週間ほどが経ちますが、コノハはタケルを鳥頭と呼び歩みよりの様子を見せません。

柳から薬をコノハに渡すよう頼まれたタケル。

しかし長い入院生活で自暴自棄になっているのか、受け取ろうとしません。

タケルはコノハの手を取って無理やり受け取らせようとしますが、触らないでと強い拒否反応を見せられ、コノハは即座に自分の手を消毒します。

感染の危険から病棟内では他の患者に触れないようにという指示を受けていました。

タケルはそれを忘れていたことを反省しながらも、あんな態度を取らなくてもいいではないかとコノハへの苛立ちを抑えきれませんでした。

その後、2人は徹底的に顔を合わせずに生活します。

そんな最中、タケルの病室のネームプレートが外されていました。

コノハの仕業だと考えたタケルはさらに腹を立てます。

柳は精神から来る影響からかコノハの最近の体調が悪いことを告げ、タケルにコノハと話すよう頼みます。

タケルがコノハの前に顔を見せると、コノハは驚愕の表情とともに目に涙を浮かべます。

ネームプレートを隠したのはコノハの仕業ではなく、彼女はネームプレートが外されていたことからタケルが死んでしまったのだと誤解していたようです。

自分が死んでいなかったことに対して涙するコノハを見てタケルの苛立ちは消えていました。

タケルは若林辺りが自分とコノハをショック療法で仲直りさせるためにネームプレートを隠したのだと悟ります。

ある日コノハは治ったらクレイドルを出ていきたいかと尋ねます。

出られるのは嬉しいと答えるタケルに、コノハは「普通は」そうだろうと返します。

コノハはきっと自分は治らないと考えていると察したタケルはコノハだって治るかもしれない、治らないと考えてるとかえってよくないと励まします。

【承】揺籠のアディポクル のあらすじ②

嵐の日

タケルは次第にコノハを意識している自分に気付きます。

タケルはコノハの裸体を想像し触れたいと思うと同時に、それはコノハの命を危険に晒すことだと考え罪悪感に陥ります。

病院周辺に巨大な嵐が訪れた時、屋上の貯水タンクが倒れ天井を破壊するとともにクレイドルと外界との唯一の出入り口である一般病棟との渡り廊下を封鎖してしまいます。

柳たちに連絡を取ると、病院も対応で手一杯であり、クレイドルは外より安全な上、保存食も備蓄されているので嵐が収まるまで待機していて欲しいと言われます。

一日を過ごしお互いの部屋で眠ったタケルとコノハ。

夜中に目が覚めたタケルは廊下に血の付いたメスが落ちているのを発見します。

さらに血痕がメスの落ちている場所からコノハの部屋へと続いていました。

タケルがコノハの部屋に入ると、そこにはメスで胸を刺されたコノハが息絶えていました。

犯人はまだクレイドルの中にいると考えたタケルはクレイドルの中を探しますが、どこにも自分以外の人間はいません。

クレイドルは普段でも柳の虹彩と柳のIDによってしか出入りできず、今は貯水タンクが道を完全に塞いでいます。

誰も入って来られるはずはありませんでした。

タケルは自分が犯人なのではないかと考えずにはいられませんでした。

自分が犯人でないことを確認するために柳が自分達に書かせている日記を確認すると、やはりコノハを殺したなどという記述はありません。

しかしある日の夕食の際に病院の娘というだけあって医薬品に詳しいコノハが、数時間の記憶を失わせる薬があると語ったことが日記には書いてありました。

自分はコノハを殺した後その薬を飲んだのかもしれないと考えます。

そんな薬などあるものかと思う一方で自分はこの日の夕食のことを覚えていませんでした。

さらに日記を読み返すと、タケルは自分がネームプレートを隠したのに、自分がそれを忘れていることを知ります。

【転】揺籠のアディポクル のあらすじ③

アディポクル

タケルがコノハの遺体を調べると、彼女には性交の痕がありました。

さらに廊下の血痕の位置から犯人は左利きであることを推理します。

タケルは右利きであり、左利きの男と言えば看護師の若林がいます。

タケルは若林が犯人だと確信し、若林は貯水タンクが倒れた時クレイドル内にいたのだと推理します。

タケルはコノハの仇を討つために外に出て若林を探すことを決意します。

クレイドルの出入り口を破壊し渡り廊下に出ます。

若林が脱出したとすればこの渡り廊下の窓からです。

渡り廊下は二階ですが、飛び降りても死ぬような高さではありません。

しかし窓の鍵は内側から施錠されていました。

疑念を抱きつつもタケルは何か方法があるのだろうと考え、カーテンを繋いだロープで外へと出ます。

すると一般病棟がまるで廃墟のような建物であることに気付き、ここはどこなのかと疑問に感じます。

タケルはある日担架で運ばれ、気が付くとクレイドルの中にいたのです。

一般病棟の中に入ると人っ子一人おらず、残された資料から柳達がアディポクルという感染症を研究していたと知ります。

アディポクルとは英語で死蝋の意味であり、この病気にかかると人は蝋のようになって死ぬといいます。

さらにコノハはアディポクルに感染したものの、左腕を切断し一命をとりとめたことを知ります。

タケルはコノハの異様に白い肌を思い出すと同時に、自分も男にしては肌が白いことが気にかかりはじめます。

病院の屋上に出ると、そこには大海原が広がっていてタケルは自分のいる場所が絶海の孤島であることを知ります。

若林を見つける以前に、自分がここから出られるのか不安に思いつつも若林に復讐するため島を探索します。

【結】揺籠のアディポクル のあらすじ④

ずっとここにいる

タケルは蝋化した若林と柳を病院から離れた箇所で発見します。

タケルの考えでは若林が犯人だとすれば、柳をクレイドル内で殺したはずであり、こんな場所に死体を運ぶわけはありませんでした。

若林が本当に犯人なのかという疑念は強まります。

病院内に戻ったタケルはかつてクレイドルに入っていた患者たちの死亡年月日がとても近いことに気付きます。

タケルはコノハのアディポクルは完治しておらず、自分や死んだ彼らが実験動物としてクレイドル内に入れられたのではないかと知ります。

しかしコノハと接触すると蝋化すると知ってなお、なぜ若林はコノハと性交したのかという疑問が浮かびます。

若林もすでにアディポクルに感染して自棄になっていたのだと考えたタケルはその証拠を探そうとします。

その最中ある医学書で解離性同一性障害、俗に言う多重人格の項を見て、別人格は利き手が違うこともあると知ります。

自分が犯人である可能性が出てきて焦るタケルは柳の書いたカルテを確認します。

自分が多重人格であればそれが記されていないはずはないからです。

そこには彼がアディポクル発症の後遺症で脳が損傷し、エピソード記憶を48時間しか維持できないと書かれていました。

タケルはクレイドルでコノハの死の真相を考えて10年もの月日を過ごしていたことを知ります。

コノハと性交したのはタケルであり、コノハは自ら命を絶ち、自動掃除機を利用してメスを廊下に運んだのでした。

タケルが彼女との性交を覚えていなかったのは日記に書かなかったからですが、それは彼女と肌を重ねることに罪悪感を覚えていたからでした。

コノハは、自分はもう長くないと察したものの、自分が死ねばタケルは自らが死ぬまで傍にいるだろうと考え、タケルに外の世界に出てもらうために殺人の被害者を装ったのです。

タケルが回りくどいと文句を言いながらコノハに口づけをすると同時に彼の身体は蝋化していきます。

揺籠のアディポクル を読んだ読書感想

救いがないと思うと同時に、美しい話です。

若林の性別が途中まで明言されずに、看護師だから女性だろうとなんとなく錯覚していたら犯人を検討している段階でいきなり男性であると言われびっくりします。

そんな風にラスト意外にも何度もどんでん返しを仕掛けてくるのがこの作品の魅力です。

文章も読みやすく、常に次の展開が気になるので、著者の小説の中でも読者を牽引する力は最も優れているのではないでしょうか。

10年の間にアディポクルの流行で世界がとんでもないことになっているようでして、場合によっては、彼ら以外に生存者はいないのかもしれません。

そこはどこか今の現実と地続きなような気がしますね。

後半タケルが敵視していた若林の思いの丈が明らかにされるシーンは世界が滅んでいるはずなのに心が温まるという不思議なシーンでした。

彼がコノハとの大切な思い出を忘れていた経緯に思春期特有の感情が凝縮されている気がして、青春ミステリの傑作であると感じました。

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