著者:滝口悠生 2016年1月に文藝春秋から出版
死んでいない者の主要登場人物
服部春寿(はっとりはるひさ)
主人公。故人の長男。おしゃべりでお酒が好き。
服部寛(はっとりひろし)
故人の孫。事務用品のメーカーに就職するもののすぐに退職。現在の消息は不明。
服部浩輝(はっとりひろき)
故人の曽孫。中学1年生だが人生を達観している。
服部奈々江(はっとりななえ)
故人の義理の娘。見た目が派手で親族の中で浮いている。
美之(よしゆき)
故人の孫。高卒で無職の27歳。幼い頃から思慮深く内省的。
死んでいない者 の簡単なあらすじ
服部家の当主が85歳で大往生を遂げたために、子どもたちからまで曽孫と大人数が集まってお葬式が執り行われました。
喪主を任された春寿は式の後の食事と温泉を満喫つつも、父親が失踪したために引き取って面倒を見ている故人の曽孫のことで悩んでいます。
故人の孫の中でもうひとつの不安の種・良之は、周囲の心配をよそに故人の追悼のための弾き語りを披露するのでした。
死んでいない者 の起承転結
【起】死んでいない者 のあらすじ①
3カ月の間入院していた埼玉の父親が亡くなり、喪主を務めるのは5人の子どもたちの中で1番歳上の服部春寿です。
通夜会場となったのはお寺でも専用の斉場でもなく地区の集会所で、故人の実家から歩いて10分くらいの場所にありました。
故人は全部で10人の孫に恵まれた生涯でしたが、そのうちの3人がまだお葬式にきていません。
故人にとっては初孫で特にかわいがられた寛は5年前に行方不明になっていて、生きていれば36歳になるでしょう。
仕事で鹿児島県に赴任している30歳の正仁は向こうの天候が急に崩れて、飛行機の欠航が決まったため足止めを食らっています。
横浜の外れにある私立高校を卒業した美之は就職活動をすることもなくアルバイトもせず祖父の家に引っ越して、27歳になる今日まで同じ敷地内で過ごしました。
食事を作ってあげたり普通に会話を交わしたりと晩年の故人と最も親しかったはずの美之は、葬式が始まっても庭に立てたプレハブ小屋に閉じ込もっていて出てきません。
【承】死んでいない者 のあらすじ②
通夜が終わると総勢30人ほどで料理をつまんだりビールや日本酒を飲み始めたりと宴会のような雰囲気になり、大広間にはタバコの煙が満ちあふれていきました。
参列者に酒を注いで回っているのは春寿とそのきょうだいたち、1番下の弟・一日出の妻・奈々絵です。
一日出とは8歳年下の奈々絵は、年齢が離れていることもあり故人の子供たちよりも孫や曽孫から慕われています。
3人の曽孫たちは1番年上の浩輝のひと声で集会所の中庭に飛び出していき、普段はゲートボール場として解放されているコートの中で遊ぶのに夢中です。
父親の寛が板橋区のアパートから唐突に蒸発した後、浩輝は祖父に当たる春寿に引き取られて浦和で暮らしていました。
転校先の学校にも祖父母との生活にも文句を言わない浩輝のことを春寿は哀れに思っていましたが、本人はそれほど自分のことを不幸だとは思っていません。
刑務所で服役している、ホームレスになっている、東京の病院に入院している、駆け落ちして沖縄で再婚している。
寛に関するさまざまな情報が親戚のあいだでは飛び交っていましたが、いずれも推測の域を出ません。
【転】死んでいない者 のあらすじ③
通夜に振る舞われる料理がなくなってお客さんたちがあらかた引き揚げた後、春寿たちが向かったのは駅の向こう側にある健康センターです。
春寿と弟、妹たちの夫など男性たちはこの地方の風習に従って、これから朝まで起きて交代で火の番をしなければなりません。
センターの中にある天然温泉を利用した大浴場が近所でも評判がいいために、みんなでひとっ風呂浴びてリフレッシュしてから長丁場に備えることにしました。
通常であれば午後9時までしか営業していない施設でしたが、忌中の客と一般利用者を分けるために特別に延長してもらえます。
喪服を身に付けた者たちが大勢で入り口に現れると、ロビーには異様な雰囲気に変わりました。
屋内にある内風呂だけではなく、ガラス窓を隔てた先には露天の岩風呂とベンチまで設置されています。
美味しいものをたっぷりと食べた後に3世代で温泉につかりながら夜空の星を眺めていると、葬式ではなく旅行に来ているとしか思えません。
【結】死んでいない者 のあらすじ④
春寿が健康センターから帰ってきた時には午後10時を過ぎていて、わずかに残っていた弔問客の姿もありません。
女性たちは給油室で洗い物を片付けた後は近くに予約したビジネスホテルや嫁ぎ先に戻って、春寿を含めて5人の男たちで寝ずの番が始まります。
故人のお墓はこの近くのお寺にありきょうだいたちで管理をすることが暗黙の了解になっていましたが、問題は庭のプレハブに住み着いていていまだに顔を見せない美之のことです。
春寿にとっては何を考えているのかさっぱり分からない甥ですが、故人が寂しい最期を送らずに済んだことだけは感謝していました。
プレハブの中では孫や曽孫たちがこっそり持ち出したビールを飲んでいて、美之はギターを弾きながら故人が好きだったテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」を歌っています。
スマートフォンで撮影された動画はもう間もなくインターネット上にアップロードされて、美之の歌声の背後にはかすかにお寺の鐘の音が鳴り響いていることでしょう。
死んでいない者 を読んだ読書感想
大家族の最長老がこの世から去ったことによって、親戚一同が全国から集まってくる慌ただしいオープニングです。
それぞれが抱えている家庭の事情や、複雑な血縁関係や親戚同士の距離の付き合い方も少しずつ明らかになっていきます。
消息を絶っていた故人の孫・服部寛がふらりと現れるドラマチックな展開を期待してしまいましたが、見事に肩透かしを食らってしまいました。
もうひとりの問題児である美之のマイペースで常識はずれな振る舞いも、不思議と憎むことができません。
故人への思いを言葉ではなく、ギターのメロディーにのせてお届けするラストにも心が温まります。
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