著者:井上荒野 2012年3月に角川書店から出版
結婚の主要登場人物
古海健児(ふるみけんじ)
主人公。表向きの職業は宝石鑑定士。いくつもの変名を使いこなし口がうまい。
千石るり子(せんごくるりこ)
古海の10年にわたる相棒。家族や結婚生活のすべてを捨ててきた。
初音(はつね)
古海の妻。優しくて無邪気だが計算高い一面もある。
円地マユリ(えんちまゆり)
シャンソン歌手。東京進出に失敗して地元のクラブでくすぶっている。
穂原鳩子(ほばらはとこ)
家事代行サービス会社の管理職。探偵なみに執念深い。
結婚 の簡単なあらすじ
偽名を使い分けて女性たちから多額の現金を貢がせているのは、宝石に関する豊富な知識を持つ古海健児とビジネスパートナー・るり子です。
10年以上に荒稼ぎしてきましたが、4年前に引っ掛けた穂原鳩子という女性がふたりに迫ってきます。
過去に同様の手口にあった女性たちを引き連れて鳩子がやって来る前に、古海は自宅に妻を置き去りにして逃走するのでした。
結婚 の起承転結
【起】結婚 のあらすじ①
柊亜佐子が鳥海真司と名乗る男と初めて会話を交わした場所は、多摩センターのカルチャースクールに通いつめて受講していたエッセイ教室です。
仕事で旅をすることが多くて以前の結婚が駄目になったという鳥海は、ようやく運命の人に会えたと言って亜佐子の左手の薬指にピンクダイヤのリングをはめてくれました。
指輪の代金とふたりの新居のマンションの頭金を亜佐子が払うと、それっきり鳥海からの連絡はありません。
円地マユリは地元の港町で開催されているワインの会に参加した時に、大海銑次と知り合います。
今を逃せば絶対に買えないというエメラルドのリングを250万円で買いましたが、後で鑑定士に見てもらったところ3000円にしかなりません。
マユリが歌手として出演するクラブ「ラウンジペコパン」に、客として訪れたのが亜佐子です。
「大海銑次」と「鳥海真司」が同一人物であることを認めたくないマユリは、イミテーションのエメラルドを亜佐子に投げつけて逃げ出しました。
【承】結婚 のあらすじ②
亡くなった母親の遺品の中から大量のイヤリングやブローチを発見した千石るり子は、電話帳で調べた古海健児という宝石商に鑑定を依頼しました。
すぐに古海を深い仲になったるり子は当時の夫と離婚した後で宝石を持ち逃げして、武蔵小金井にある単身者向けマンションでひとり暮らしを始めます。
本業でバーの経営をしていたゆり子が思い付いたのは、古海に狙い目の女性を紹介する仕事です。
コンビを組んでから10年間にかなりの金額を荒稼ぎしてきたふたりにとっては、4年ほど前に仙台で50万円を貢がせた穂原鳩子も「客」のひとりにすぎません。
今になって鳩子が小金井のマンションの電話番号を調べあげてコンタクトしてきたために、るり子は焦りを感じてヒステリックになっていました。
一方の古海は50万を鳩子に返しさえすれば許してもらえると、あくまでも他人ごとのような反応です。
もし鳩子が警察に行けばるり子との関係も終わりますが、全てはなるようにしかなりません。
【転】結婚 のあらすじ③
群馬県で生まれ育った穂原鳩子が、東京の大学を卒業した後に就職したのが家事代行を請け負う人材派遣会社です。
マニュアル通りに業務をこなすのが得意な鳩子はみるみるうちに出世していき、仙台支社に転勤が決まります。
単身赴任のさみしさを紛らわすために、「仙台の歌舞伎町」と呼ばれる国分町に通っていた鳩子はあっという間に鳥海真司に夢中になりました。
鳩子が勤め先を辞めて受け取ったお金の大部分を、ローン返済に当てた瞬間から鳥海の態度が一変します。
これまでの甘い言葉が退職金目当てだったことをようやく気が付きましたが、鳥海の指定する講座に振り込んだ50万円は戻ってきません。
佐世保の「ラウンジペコパン」の名前を教えてくれたのは国分町のバーテンダーで、鳩子は円地マユリや他の被害者と同盟を組織して乗り込むつもりでした。
手掛かりとなるのは鳥海が結婚したら絶対に住もうと言っていた、東京の郊外にある丘の上に階段状に建っているマンションです。
【結】結婚 のあらすじ④
長野県の短大に在学中に父親が亡くなって経済的に苦しかった初音が、デパートのイベントブースでひと目ぼれしたのが古海健児です。
初めてのお泊まり旅行の行き先は草津温泉で、2日目の夜に初音は妊娠したと言ってしまいました。
とんとん拍子に新居が見つかって本当のことを告白しにくくなったために、古海が出張しているあいだに流産したことにします。
うそをつき続けてきた古海に、うそをついた女性は初音しかいません。
結婚から3年後、一度家を留守にするといつもは1週間くらいは帰ってこない古海が、玄関のインターホンを鳴らしたのは平日の午後3時すぎという中途半端な時間帯です。
たちの悪いクレーマーにつかまってトラブルに巻き込まれているという古海は、小ぶりの旅行カバンにありったけの衣類を詰め込んでいます。
夕方には帰ってくるとだけ言い残して足早に立ち去っていく古海の後ろ姿を、初音は塔のようなマンションの群れに覆われた丘の上から見送るのでした。
結婚 を読んだ読書感想
多くの女性たちのあいだを渡り歩く、結婚詐欺師・古海健児の巧妙な手口に圧倒されます。
平凡な主婦やバリバリのキャリアウーマン、場末の歌手に資産家のお嬢様、東北地方・仙台から九州の最西端・佐世保まで。
ターゲットとなる女性たちも千差万別ですが、それぞれが心の奥底に満たされない気持ちを抱えていることだけは同じなのかもしれません。
外では無数の顔と名前を使い分けている悪漢・古海も、プライベートでは良き夫に徹して安らぎを求めているのが切ないです。
多くの女性を欺き続けてきた古海が、妻・初音のうそだけは見抜けなかったのも皮肉でした。
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