著者:三島由紀夫 1957年6月に講談社から出版
美徳のよろめきの主要登場人物
倉越節子(くらこしせつこ)
ヒロイン。28歳。幼稚園児になる息子がいる。高い家柄に育って服装や趣味が洗練されている。
倉越一郎(くらこしいちろう)
節子の夫。 仕事ひと筋で家では寝てばかり。
土屋(つちや)
節子の愛人。おしゃれで異性との交遊が派手。
与志子(よしこ)
節子の友人。結婚後も遊び癖が治らない。
藤井景安(ふじいかげやす)
節子の父。 政府の要職に就いている。
美徳のよろめき の簡単なあらすじ
上品な一族に生まれた倉越節子は結婚後も貞淑な妻として外面を保っていましたが、土屋という青年に出会ったのが道を踏み外したきっかけです。
予期せぬ妊娠や土屋の背後にいる別の女性の影から、少しずつふたりの間に暗雲が立ち込めていきます。
社会的に高い地位に就いていてスキャンダルが許されない父を守るために、節子は土屋と別れるのでした。
美徳のよろめき の起承転結
【起】美徳のよろめき のあらすじ①
節子が生まれたのはしつけの厳しい上流家庭で、他に好きな男性もいましたが親の決めた相手と結婚しました。
夫の倉越一郎との間に菊夫を授かりますが、仕事が忙しく夜の12時過ぎにならないと帰ってきません。
菊夫はお手伝いさんに連れられて朝早くから幼稚園に通い、帰ってきてからは友だちと部屋や屋外で遊んでいます。
節子は長い午後の時間をフレンチ窓の側の椅子に腰かけて、庭の日差しの満ち引きを眺めているだけです。
ある時に一郎と一緒に出掛けた舞踏会で、土屋という同い年の青年に再会しました。
彼とは結婚前からの知り合いでホテルのロビーや駅の待合室などでばったり顔を合わせたり、町のレストランや喫茶店でお茶を飲むような間柄です。
1曲だけふたりで踊っている最中に、土屋は明日の午後3時に節子の家の近くのプラットホームで待っていると耳元でささやきます。
明くる日に節子は約束の場所に行きませんでしたが、土屋が家まで押し掛けてくることを期待していました。
【承】美徳のよろめき のあらすじ②
春先あたりから土屋との密会を重ねるようになった節子が、旅行の計画を立てたのはシーズンオフでホテルが閑散としている5月のことです。
節子には与志子という女性にはめずらい美徳を持った友人がいて、一郎をごまかすために協力してくれました。
この夏にある別荘を借りようとしていた与志子はそのための下見に行く予定で、節子はその付き添いに行くということで話を合わせます。
ひと度うそをつくと際限なく繰り返すようになり、これまでのように道徳が節子を脅かすことはありません。
節子が自らの体調の異変に気がついたのは、5月のホテルで土屋との最初の一夜を過ごしてから1カ月後のことでした。
食事の好みも変わって季節外れのものを食べたくなったり、深夜にフライドポテトが欲しくなったりします。
与志子の家に遊びに行った帰りに彼女が坂下の病院を指さして、女性の院長で診断も確かだと言っていたのを思い出しました。
あらかじめ手術の日程を土屋に告げておいたのは、術後のよろめく体で彼に会いたくないからです。
【転】美徳のよろめき のあらすじ③
病院で処置を済ませて夜まで入院患者用のベッドを借りて休んでから帰宅すると、一郎には風邪気味だと称して寝込んでいました。
次の日に一郎と菊夫を送り出してから布団の中に戻った節子は、ひどく気持ちが落ち込んだために電話で与志子を呼び出して見舞いにきてもらいます。
この頃はナイトクラブで遊び回っているという与志子が昨夜隣の席で見たのは、映画女優と一緒に座っていた土屋です。
与志子が帰った後に涙を流した節子は、生まれて初めての嫉妬心を知りました。
寝床に身を委ねていると土屋との間で必要だったものが消えていき、何かが終わってしまったことを悟ります。
園遊会からカクテル・ビュッフェに慈善団体のバザーなど、身の回りには安らげそうな場所がいっぱいです。
もともと交遊関係が広い節子のもとには、さまざまな団体や個人からの招待状が絶えません。
節子は気晴らしのためにあちこち出向いてみましたが、いずれも土屋が側にいなければ楽しめませんでした。
【結】美徳のよろめき のあらすじ④
久しぶりに父・藤井景安に食事に呼ばれた節子は、いま新聞で話題になっているある人物の家庭内でのスキャンダルについて聞いてみました。
もしも自分に同じ災難が降りかかったとしても、景安は決して自殺はしないと断言します。
その一方では国家の正義を代表するような地位に就いているだけに、その日のうちに辞表を出して世間から身を隠さなければなりません。
節子が土屋と別れる決心がついたのは、「今の私はしあわせ」という父のひと言を聞いた瞬間です。
ふたたび節子の午後の時間は果てしなく長いものとなって、フレンチ窓の側に彫像のように座って微動だにしません。
お互いに連絡を取るのは数カ月はやめようと約束しましたが、ある時に節子は長い手紙を書きます。
5月に旅に連れて行ってもらった頃が幸せの絶頂期だったこと、泥仕合のような醜い別れにならないように最善を尽くしたこと、数々の楽しい思い出に心から感謝していること。
最後に「最愛の土屋様へ」と書き加えた節子は、この手紙をポストに入れずに破り捨てるのでした。
美徳のよろめき を読んだ読書感想
抑圧的な生い立ちと無味乾燥な結婚生活に飽き飽きしていた主人公の倉越節子が、舞踏会でのダンスをきっかけに土屋と急接近していくオープニングにドキドキです。
有り余る物とお金に恵まれた生活を送っていながらも、心の奥底では決して満たされることのない節子の苦悩も伝わってきました。
そんな妻の迷走にも徹底的に無関心を貫き通して、ただ会社と家とを行き来するだけの一郎の姿にも考えさせられます。
すべてに決着をつけたのが俗世間とは無縁の高い場所から見下ろしていたかのような、節子の父親・藤井景安のひと言だったのが何とも皮肉です。
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