「この女」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|森絵都

「この女」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|森絵都

【ネタバレ有り】この女 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:森絵都 2011年5月に筑摩書房から出版

この女の主要登場人物

甲坂 礼司(こうさか れいじ)
大阪市の釜ヶ崎で日雇い労働をして生計を立てている二十四歳。文学の才能があり、大学生の大輔の教授経由で、二谷啓太から、妻・結子の生い立ちを基にした小説執筆を依頼される。

二谷 結子(にたに ゆいこ)
二谷啓太の妻で小説のモデル。元ホステスで派手な身なりをしている。二谷とは別居しており、夫の仕事ぶりについて快く思っていない様子。縛られることが嫌いで自由気まま。小説にも非協力的で礼司を振り回す。二谷と結婚する前に、一度結婚していて、八歳の息子がいる。

藤谷 大輔(ふじたに だいすけ)
ブルジョワな文学部の大学生。大学の講義でプロレタリア小説を書くことになり、ひと夏釜ヶ崎で日雇い労働を体験する。肝心の小説は書くことが出来ず、礼司に代打を依頼。結局教授から見破られるも、礼司の書いた『釜の花』は教授から評価され、二谷啓太と礼司を結びつけることになる。

二谷 啓太(にたに けいた)
結子の二番目の夫でホテルの社長。チープ・ルネッサンスを謳いホテルの買収を繰り返している。ある思惑を持って、妻の結子の小説を依頼する。

松ちゃん(まっちゃん)
釜ヶ崎で慈善活動をするおじさん。何かと礼司の世話を焼く。元共産党幹部、元右翼団体幹部、元暴力団幹部。

桜川一郎(さくらがわ いちろう)
釜ヶ崎を中心に三十以上ものチェーン店を展開するパチンコ王。結子の母親が夫の死後、桜川の愛人として結子ともども面倒をみてもらうことになるが、複数の愛人を一つのマンションに住まわせている。

敦(あつし)
結子の弟分。桜川の愛人寮で一緒に生活していた。チンピラ風だが、興信所を経営しており、結子を守っている。

この女 の簡単なあらすじ

大阪市の釜ヶ崎で日雇い労働をして生計を立てている二十四歳の甲坂礼司は、ホテルを経営する二谷啓太から、妻の結子をモデルにした小説の執筆を依頼されます。破格の報酬額に目がくらんだ礼司は、二谷から説明を受けるまま仕事を受けますが、いざ結子と対面すると、彼女の自由奔放ぶりに振り回される毎日。小説に非協力的な結子は、でたらめなことばかりを口走り、取材すらままなりません。辛抱強く結子のわがままに付き合っていた礼司は、結子も釜ヶ崎出身ということを知り、二人は距離を縮めていきます。しかし、依頼主の二谷の思惑は実は別のところにあり……。

この女 の起承転結

【起】この女 のあらすじ①

1994年夏

甲坂礼司は、大阪市釜ヶ崎で日雇い労働をして生計を立てている二十四歳です。

このあたりはあいりん地区とよばれ、大阪万博の好景気時は大勢の労働者たちで活気づいていましたが、徐々に仕事も減り、かつて活躍した労働者たちの高齢化と、バブル崩壊によってすっかり寂れ、世間一般からは劣悪な無法地帯、言うなれば日本のスラム街とみなされている区域です。

礼司は十九歳で釜ヶ崎に流れ着き、それから五年の間、過酷な重労働で汗を流しながら生活してきました。

一年前の夏、礼司は大学生の大輔という青年と出会います。

若者が少ない町なので、二人はあっという間に打ち解け、骨がきしむほどの肉体労働をした後、安酒を酌み交わします。

聞くと、大輔は大学のゼミの課題のプロレタリア小説を書くために、ひと夏釜ヶ崎で生活することに決めたというのです。

礼司のすぐに音を上げて退散するという予想とは裏腹に、大輔は毎日現場に出て、弱音を吐きながらも働きました。

異質な存在だった大輔は、次第に労働者のおっちゃん達からも可愛がられるようになり、ついに小説を書き始める段取りは整いました。

が、肝心の小説は一向に進まず、困った大輔は礼司に代筆を頼みます。

原稿用一枚につき五百円で五十枚分。

酔った弾みに、昔小説家志望だったとこぼしたことがあり、大輔はそれを覚えていたのです。

ワープロを使うことを条件に渋々承諾した礼司は、釜ヶ崎を舞台にした『釜の花』を書きあげ、それが大学の教授から絶賛されます。

出来が良すぎたせいで、すぐに大輔が書いたものではないと見破られしまいますが、それがきっかけとなり、教授の知り合いの有名なホテルチェーンの社長・二谷啓太から妻の結子を主人公にした小説を書いて欲しいと依頼されます。

【承】この女 のあらすじ②

ヒロイン結子

二谷啓太の話はざっくりとしたものでした。

妻の結子の人生は波乱万丈で興味深いので、自費出版したら受けるのではないかと思い、大輔のゼミの教授から礼司を紹介してもらったというのです。

報酬は三百万で、前金として百万。

出来が良ければ報奨金も弾むという二谷の言葉に、礼司は即決即答して依頼を受けます。

原稿用紙二百枚で、前半は主人公・結子の生い立ちから少女時代、後半は成人後の二部構成で納期は三か月以内が条件でした。

うますぎる話に、同席した大輔はこの話はやめた方がいいと礼司に忠告しますが、札束を目の当たりにした礼司は、大輔の言葉が耳に入りません。

住所不特定の礼司では、二谷からの指示が受けられない為、大輔が一人暮らししている神戸のお洒落なマンションに居候させてもらうことになります。

小説のモデルの結子は、二谷社長との面談にはおらず、現在別宅で生活しているとのことで、礼司は顔合わせするために、二谷社長に指定されたホテルへ出向きます。

ラウンジで待っていると、どぎつい化粧をしてド派手な恰好をした結子が姿を現しました。

不躾に礼司を一瞥し、二谷なら来ないと言います。

政治家が集まる夜にわざわざ抜けてここに来るはずがないと言うのです。

結子はすでに酔っていて、それでも尚シャンパンを飲もうとホテルのスタッフを呼びつけます。

付き合えと言う結子に、帰りの運転を理由に礼司が断ると、家まで送っていけと命令します。

送ってくれるなら小説にも協力してやると高飛車に言います。

観念した礼司は、車ではなく自転車で、結子を送ることにします。

車ではなく自転車の荷台でも結子は妥協しませんでした。

話してみると結子は、最初のどぎつい印象とは違っていました。

自分の生い立ちをでたらめに礼司に話すのは毎度のことで、礼司を呼び出しては自転車で家まで送らせるわがままぶりを発揮しましたが、礼司は嘘の中にも真実のかけらがあるはずと思い、辛抱強く結子に付き合いました。

そのうちに、結子も釜ヶ崎に住んでいた時期があることがわかり、二人は距離を縮めていきます。

【転】この女 のあらすじ③

思惑

二谷結子は、二度結婚しており、最初の結婚で男の子を産んでいました。

二谷社長とは、離婚後ホステスをしている時に出会い、熱烈にプロポーズされ再婚し、三年前から別居しているようです。

チンピラ風情で興信所をやっている義理の弟・敦とは、十五歳で家出するまで一緒に暮らしており、今でも仲が良く、なにかあると敦が駆け付けてきます。

礼司ははじめ散々敦に噛みつかれましたが、釜ヶ崎繋がりが功を奏し、今では敦とも良好な関係になっていました。

実は礼司の前にも三人作家の卵が送りこまれ、二谷社長が結子の身辺を嗅ぎ回っていたことを敦から知らされます。

結子は家出をするまで、難波のパチンコ王と呼ばれる桜川一郎の愛人宅で家族で世話になっていたことがあり、二谷社長は結子をだしに桜川との駆け引きをすすめるのが小説の目的だったこと発覚します。

桜川は釜ヶ崎を中心に三十以上ものパチンコチェーン店を展開する権力者です。

二谷社長は政治家とつるみ、あいりん地区を中心としたカジノ合法地帯をつくろうと水面下で動いていたのです。

そうなれば、釜ヶ崎は一掃され、高齢化のおっちゃん達は行く場所がありません。

ベガス構想を知った礼司は、釜ヶ崎で世話になっている松ちゃんに全貌を話し、桜川に頼み、ベガス構想撤廃に向け動き始めます。

礼司が忙しく動き回っている頃、大輔はある宗教団体に傾倒していました。

留守が続き、久しぶりに礼司と対面した時には、無邪気で可愛げのあった大輔とは別人になっていました。

病的に痩せこけ、カルマだの最終戦争だの修行だのと口走り、親との縁も切って来たと礼司に話します。

言葉を失くす礼司に、大輔は釜ヶ崎での体験が自分を目覚めさせてくれたと話し始めます。

それまでの自分は空っぽで、釜ヶ崎で過酷な毎日を送っている間、初めて生きていることを実感できたと。

大輔の告白に礼司は衝撃を受けます。

必死の説得も大輔には届かず、礼司は打ちひしがれます。

結局大輔は宗教を選び、礼司の前から姿を消しました。

【結】この女 のあらすじ④

1995年1月15日の昼下がり

ベガス構想に反対する礼司は、二谷社長から追われる立場になっていました。

大輔の一件で気落ちしている礼司を、結子はそばで励まします。

そんな二人の様子に敦は、一緒になる考えはないのかと礼司に探りを入れますが、礼司は及び腰です。

実は礼司には生まれつきの障害がありました。

左右不認と識字障害です。

幸い高校一年生までは家庭が裕福はこともあり、ワープロを使うことで障害によるハンディキャップを感じる場面は少なかったのですが、高校二年生の春、父親が詐欺にひっかかかり大金を失うとそれまでの優雅な生活は一変しました。

礼司も高校を中退してアルバイトを始めますが、識字障害が足枷となり、務まる仕事はビラ配りと皿洗いだけでした。

困窮した生活に息子の障害に苦悩した母親が自殺未遂をし、いよいよ家の中は殺伐とします。

礼司は家を出ることを申し出、両親は安堵の溜息をつきました。

以来会っていません。

高校中退、識字障害、保証人なしの礼司は家も仕事も見つけられず、辿り着いた先は釜ヶ崎でした。

結子から東京行きを誘われ、障害持ちの自分が釜ヶ崎の外を出てやっていけるのか自信を持てずにいると、松ちゃんから叱咤激励が飛びます。

まだ若く将来がある礼司の行く末を、松ちゃんは案じていました。

結子は二谷と別れ、東京でネイルサロンを開くために動き出しています。

結子のたくましさが眩しく、礼司はもう一度自分を信じてみようと決意、腹をくくり東京行きを決めます。

ただ、気になることはベガス構想です。

松ちゃんは東京行きを決めた礼司に、ベガス構想のことは自分がなんとかするから、礼司にはもう忘れろと説明しましたが、情報通の敦から、松ちゃんが暴力団と共謀し、裏で物騒な計画を練っている話を聞かされます。

大輔の教団入りを止められなかった礼司は、今度こそ大事な人の暴走を止めたいと、結子に話します。

心配する結子でしたが、男気を見せる礼司の熱意に押され、無事で帰ってくることを約束させ、礼司の背中を押します。

明後日の決戦を前に結子とオムライスを頬張りながら、自分とは無縁だと思われた幸せを噛みしめます。

それは、阪神淡路大震災が起きる二日前の、平和でのどかな日曜日でした。

この女 を読んだ読書感想

釜ヶ崎のドヤ街で生きていた礼司と、破天荒なヒロイン・結子の恋愛模様を、世の中の潮流を交えながらコミカルに描いた本作。

阪神淡路大震災が起こる直前で物語は終焉を迎えます。

阪神淡路大震災にオウムサリン事件と、日本中を震撼させた大事件が次々と起きた1995年。

ドロップアウトした人間たちの復活劇が繰り広げられる爽快なストーリーでありながら、小説では書かれていない、悲惨な結末が主人公たちを待ち受けているのが辛く、ラストの幸せを噛みしめているシーンは涙なしでは読めません。

読み応え十分な傑作です。

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